討伐軍編成
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──討伐軍編成
「ガブリエル・ジラルディエール、出頭しました」
「ご苦労、ジラルディエール大佐。政府は正式に軍に魔王領占領軍への増派を行うことを決定した。全ての撤兵計画は破棄される」
ガブリエルが敬礼を送ると、ド・ゴール元帥が答礼する。
「それはなによりです。増派はやはり共和国親衛隊が?」
「残念だが、それは却下された。政府は共和国親衛隊を動かさない。増派されるのは通常の歩兵師団のみだ。それもたったの6個師団!」
「それでは意味がありません」
「そうだ。意味はない。連中は選挙の間だけ、問題を鎮静化させておきたいのだ。野党から対策不十分だと叩かれたから、少し部隊を派遣してお茶を濁そうというわけだよ。たったの6個師団? 六ヵ国連合軍全体としては18個師団となるそうだが、それっぽっちの戦力であの広大で、荒野に広がる魔王領をどう支配しろというのだ」
地図の上には六ヵ国連合軍を示す駒が置かれている。魔王領のどの地点に部隊を配置するかを参謀たちが検討しているようであった。
「では、できることをしましょう。魔都ヘルヘイムの奪還」
「政府にはそう進言している。最小限の戦力で選挙までの間、持たせるのであれば魔都ヘルヘイムを魔族どもから奪い返すのがもっとも手っ取り早い。政府もその方向で各国と調整を進めつつある。主力である我が軍の決定だから、他の国もそう文句は言わないだろうが、どうなるかは分からん」
地図上の魔都ヘルヘイムを元帥杖でド・ゴール元帥が叩く。
「元帥杖はお気に召しましたか?」
「……選挙に出ろと言いたいのだろう。だが、相手は政治家だった。私を討伐軍の司令官に任命することで選挙活動を行えないように手を打ってきた。どうするべきだと思うかね、ガブリエル大佐。連中の命令を無視して軍を除隊し、選挙に出るべきか、それともこの生贄に等しい将兵たちのためにできる限りのことをするべきか」
「将兵の命を後方でどうこうするというのは、それは心地の良いことでしょう。戦場では兵士は駒です。駒を進め、陣地を占領し、勝利の喜びに浸るのはさぞや酔えることでしょう。ですが、閣下が必要とされているのはここではありません」
「……分かった。軍司令官の地位は退こう。だが、君にも選挙の手伝いをしてもらうことになるぞ。構わないな?」
「私程度の存在にできることであれば」
「謙遜を。君は救国の乙女だ。少なくない注目が集まっている。君が私への支持を暗に訴えてくれれば、選挙活動はよりやりやすくなるだろう。どうかね?」
「構いませんが、政府は私を派遣しないのですか?」
「しない。君は派遣されない。これも政府の決定だ。救国の英雄がうっかり戦死でもしたら、連中は選挙で大敗すると分かっているのだ」
「選挙とは、政治家とはまるで魑魅魍魎の集まる万魔殿ですね」
「そうだ。人間のもっとも汚れた部分だ」
ド・ゴール元帥がそう言ってため息を吐く。
「だが、共和国と世界の未来のためには、その戦場よりも陰湿な場所に飛び込まなければならない。それでもまだ私を手伝う気はあるかね、ガブリエル大佐?」
「もちろんです。我々は成すべきことをなさなければなりません」
選挙戦になれば罵詈雑言が飛び交い、お互いの傷を抉り合う醜い争いになるだろう。ド・ゴール元帥にもガブリエルにも、これまで全く過ちを犯してこなかったわけではない。その点を政治家たちは攻撃するだろう。
それでもガブリエルもド・ゴール元帥もやらなければならないことは理解している。フランク共和国の未来のために、世界の未来のために、今の状況を変えなければならないのである。
どうあっても戦争終結宣言を撤回せず、現実を見ようとしない政府をひっくり返し、あの大戦は未だに続いているのだということを示さなければならない。人々に現実を知らせなければならない。現実に則った施策を講じなければならない。
さもなければ、魔王軍という現実はいずれ牙を剥き、人々を八つ裂きにするだろう。
「君の決意に感謝する。では、私は大統領に意志を伝えてくる。彼はただでは私を解任しないだろうが、私が辞めるという意志を明確にすれば、それをひっくり返すことはできまい。私はしっかりと自分の意志を伝えるつもりだ」
「元帥閣下の決断に敬意を示します」
「それは選挙に勝ってからにしよう」
ド・ゴール元帥は出ていった。フランク共和国では現役の武官は政治家にはなれない。政治家になるためには軍を辞めなければならない。
ド・ゴール元帥はこれまで軍でキャリアを重ねてきた。長い年月、軍人であり続けた。魔王軍との長きにわたる大戦を戦い抜き、元帥の地位を得た。だが、今、彼は進んでそれを放棄しようとしている。
そのことにガブリエルは感銘を覚える。
「その高潔さが共和国を、世界を救い、神々に仕えることになるのです」
ガブリエルはそう呟いた。
この日、ド・ゴール元帥は現役から退き、予備役上級大将に降格となった。
彼は同時に大統領選への出馬を表明。ガブリエルとともに国民に対して、戦争を本当に終わらせることへの協力をラジオで訴えた。
世論は政府の戦争終結宣言が嘘だったということへの怒りと悲しみに溢れ、同時に戦争に本当に立ち向かえる指導者を求めた。その結果、求められたのがド・ゴール元帥であったことに何の不思議もなかった。
そんなことが進んでいる間に、現政府による魔王軍残党討伐軍の編成と出征準備は進み、常備師団6個からなる討伐軍が六ヵ国連合軍の戦列に加わって、魔王領に向けて進軍を始めた。
第一目標は魔都ヘルヘイム。
魔王軍のシンボルであるあの魔王城のある都市と奪い返す。
奪い返せないならば、徹底して破壊し、更地にする。
それが六ヵ国連合軍の増派部隊に与えられた任務であった。
討伐軍は正式名称ではなく、軍における正式名称は魔王領占領軍第2軍となる。
だが、国民たちは討伐軍と呼ぶ。これから彼らは魔王軍の残党を殲滅しに向かうのだと信じて。それが弱弱しい戦力でしかなく、決して足りないというド・ゴール元帥の言葉は無視され、この討伐軍が任務を達成して、無事に帰ってくることを信じた。
討伐軍は雄々しく道路を行進し、国民たちは国旗を振って彼らを見送った。彼らは鉄道に乗り、魔王領まで伸びた長い線路を鉄道で移動する。
兵糧の保存性の向上と鉄道の開発はより大規模で長期的なな軍事作戦を可能にした。昔、20年前にはできなかった数百個師団が蠢く大規模な軍事作戦が今では普通に行える。人間は進歩を続けてきたのである。
だが、いかんせん、その素晴らしい技術も使う人間が頼りなくては真価を発揮できず、魔王軍との戦争は終わったという政府の主張を否定できない軍部は、たったの6個師団しかその大規模な軍事作戦が展開可能な鉄道を使っても、送れなかった。
戦争は終わったのだ。これは後片付けだ。
その考えがド・ゴール元帥とガブリエルによって否定される中、六ヵ国連合軍魔王領占領軍第2軍は国境を越え、魔王領へと入った。
彼らを待ち受けているのは何なのか。
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