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風向きが変わる

……………………


 ──風向きが変わる



「この未曽有の失態をどうなさるおつもりか!」


 フランク共和国国民議会では野党の政治家が吠えていた。


「3個師団の壊滅! ブリタニア連合王国軍は我々に救援を求めていたというのに、我々は援軍を戦闘が終わってから、ようやく差し向けた。彼らは3個師団の壊滅の事実を知っただけで戦死者の遺骨すら回収できていない。これで戦争が終わったと?」


 野党の議席から『そうだ、そうだ』とヤジが飛ぶ。


「戦争は終わっていない! 政府は次の選挙での票を狙って、国民を欺いた。重い罪ですぞ。まだ魔王軍の脅威が残る魔王領に十分な戦力もなく、我々の兵士たちはいるのです。戦争は終わったと政府は嘯いて、彼らを見捨てようとしている。何たる恥知らずか!」


 問い詰められているのはフランク共和国首相だ。


「我々は認識を改めつつあります。魔王軍の残存勢力の脅威をやや上方修正しました。そのため、一時的に撤兵は中止し、魔王領に脅威排除のために、六ヵ国連合軍各国と協議した結果我が国から6個師団を派兵します」


「つまり、戦争終結宣言は間違いだったと認められるのですな?」


「いいえ。戦争は終わりました。これは戦後処理の一環であり、新しく戦争を始めるわけでも、終わった戦争の続きを行うわけでもないのです」


「詭弁だ! 政治家として責任を取るべきだ! 国民を欺いた責任を取るべきだ!」


 この議会の様子はラジオ放送で逐一国民に伝えられていた。


 国民はまた戦争が始まるのかと暗澹たる気分になり、企業の株価が全体的に下落する。兵器産業などの軍事関係企業の株価だけがやや上昇するのみで、市場にも悪影響が生じ始めていた。


 未だに終わらない配給制もそろそろ終わるのではないかと思われていたのに、これでまた配給制が続くと食料品店などは店を畳み始めた。


「ガブリエルさま、まだ戦争が続くの?」


「そうです。魔族はまだ潜んでいるのです。彼らを皆殺しにして救済しなければなりません。そうでないと、彼らは救われないまま、この地上でさらなる罪に汚れてしまい、いつまでも罪人の立場から抜け出せないのです」


 ガブリエルが生まれ育った孤児院でもラジオ放送は聞こえていた。


「ガブリエルさま、頑張って!」


「ガブリエルさまは強いから、凄い!」


 孤児院の子供たちがわいわいと騒ぐ。


「ガブリエル・ジラルディエール大佐殿。お迎えに上がりました」


 孤児院に共和国親衛隊の軍服を纏った兵士たちが入ってくる。


「ああ。分かりました。では、みんな元気にしているのですよ。これから冷えますから、暖かくして眠ってください」


「分かったー!」


 ガブリエルはにこやかに微笑んで子供たちにそう言うと、孤児院を出た。


「ド・ゴール元帥閣下がお待ちです」


「ええ。分かっています」


 馬車で待っていたアルセーヌが言い、ガブリエルが頷いた。


「政府はあくまで戦争終結宣言は撤回しない構えのようですね」


「ええ。一度口から出てしまった言葉を引っ込めるのは政治家にとって致命的です。次の選挙にも影響するでしょう。ですが、現状、戦争は継続中であると判断せざるを得ないというのが六ヵ国連合軍加盟国の間でも広がりつつあります」


「いいことです。魔族をひとりでも多く救済しなければなりません」


「救済、ですか」


 アルセーヌはあの孤児院について調べていた。


 今の列強国家では主流の宗教の分派で、かなり異端の考え方をしている集団が運営してるとのことだった。言うならば、カルトだ。


 罪人は魔族として生まれ変わり、人間に殺されることによって罪は少しずつ清められていき、やがて天国に迎え入れられる。そういう考え方だった。


 はっきり言ってどうかしている。ガブリエル自身も魔族が生まれるのは瘴気の影響だと理解してるはずだ。なのに、ガブリエルは魔族は罪人の生まれ変わりで、殺すことで救済しなければならないと思っている。


 だが、その人物が人工聖剣という意味不明な兵器で、人間相手ならば数十個師団だろうと相手できるような化け物であったとすれば、その思想は無視できない。


 殺すことで、救済する。


「ド・ゴール元帥閣下は大統領選に立候補されると?」


「まだ分かりません。今の政府は戦争終結宣言を撤回はしないまでも、撤兵を中止し、増派に同意しました。ド・ゴール元帥閣下もお気持ちに変化が生じられておられるかもしれません」


「たったの6個師団では彼らの餌を増やすだけです」


 アルセーヌはガブリエルがはっきりとそう言ったのに少しぎょっとした。


 餌。確かに餌だ。中途半端な戦力を派遣して、また撃破されれば瘴気の源となる。だが、ガブリエルがストレートにそう表現するとは思わなかった。


「何個師団の派遣が最適だと思われますか?」


「中途半端はよくありません。再動員をかけ、戦時中の最大戦力で魔王領を隅々まで掃討するべきです。そうでなければ、彼らは報復するでしょう。この世でまた罪を犯し、その罪により天国の門に拒まれる。そんな彼らを我々は救わなければならないのです」


 再動員で最大戦力を? 戦時中は200個師団が動員されていたんだぞ。その規模の戦力が今の魔王軍を討伐するためだけに必要なのか?


 アルセーヌはどうも解せなかった。


「そこまでする必要はあるのか、とそう考えていますね」


「え、ええ。魔王軍は仮にも敗北したのですから」


「いいえ、いいえです。魔王軍はまだ負けてはいません。魔王軍の最悪の四天王ラインハルトは健在だと統合情報部は報告しているようです。無線でそう報告はあったのを傍受したと。魔王軍の無線を傍受してもラインハルトの名前が出たとか」


「そのように聞いています」


「であるならば、魔王軍は今もあの100個師団以上もの戦力を誇ったときと変わりない脅威です。あの男が生きているならば、罪人たちの魂は魔族という檻に囚われ、罪を重ね続けるでしょう。そうあってはならなのです」


「どうしてそう言い切れるのですか?」


 心底分からなかった。アルセーヌにはガブリエルがそこまでラインハルトを敵視し、過剰評価に近いだろう評価をしていることが分からなかった。


「あの男は罪人を生み出すのです。戦場で魔族が生み出される様子を見たことがありますか? 戦闘が膠着状態に陥り、塹壕と塹壕で睨み合いを続けているときに、戦場に漂う瘴気から魔族が生み出されるのを見たことがありますか?」


「いいえ」


「そうであれば分からないでしょう。あの男の脅威について。あの男の罪は一回殺した程度では救済できません。何度も、何度も、何度も、何度も、繰り返し、繰り返し殺すことによってしか救われません」


 そう語るガブリエルの表情に一切の笑みはなかった。


「着きました、陸軍省です」


「行きましょうか。ド・ゴール元帥閣下をお待たせするわけにはいきません。あの方に今の人類の運命がかかっているのです」


「はい、大佐殿」


 聖剣の乙女と副官は堅牢な陸軍省の建物に入っていく。


……………………

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[一言] 救済云々以外はすごく真理をついてる
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