1個大隊の戦力
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──1個大隊の戦力
ラインハルトはここにいる戦力が1個大隊だということに気づいていた。
彼の体はもう人間のものではない。肉を持つ生き物ではない。純粋な精神体だ。そうであるが故に周囲の気配を探って、1個大隊の戦力を、全てが人狼で構成された1個大隊の戦力を察知した。
彼は歓喜した。1個大隊の人狼。1000名の人狼。これほど強大な力が今の魔王軍のどこにあるだろうか? 近衛吸血鬼すらも1個大隊の人狼を前にしては苦戦するだろう。人狼ひとりひとりですら強力な戦力だ。
不意打ちはもちろん、相手に正面から戦闘を挑んでも勝利できる。たとえその相手の戦力が1個連隊の熟練歩兵だったとしても、勝利できる。人狼は戦闘に秀でたものたちだ。今回は砲兵を持たぬ歩兵大隊だったからこそ、3個師団を相手に攻撃には出られなかったが、そうでなければ彼らは3個師団を容易に殲滅しただろう。
流石の人狼たちも砲兵を相手にしては分が悪い。砲兵が刻印弾を使用して砲弾を放ってきたら、それこそ致命傷を負うだろう。
歩兵同士の戦いでは負けはない。だからこそ、六ヵ国連合軍は3個師団もの戦力を動員しても、城塞を陥落させられなかったのだ。3個師団の攻撃は防がれ続け、3個師団の軍団は思った以上の損害を出す羽目になっていた。
包囲を続ければ、いずれは兵糧が尽きると踏んだが、城塞には思った以上の物資が貯め込まれていた。兵糧は近代化され、年単位で保たれる。これまで友軍や六ヵ国連合軍から物資を奪い続けていたクラウディアたちは長期戦に備えられた。
「ラインハルト。私の創造主」
「クラウディア。君だったか、生き残りというのは」
そして、ラインハルトがそのような思索に耽っていたときに、クラウディアが姿を見せた。陸軍の軍服に少佐の階級章。彼女にその階級章を授けたのはラインハルトだ。
「随分と変わられましたな。何に魂を売り渡されましたか?」
「私の魂は私のものだ。売り渡したりなどしていない。私の魂、私の精神、私の意志。それは昔からずっと変わらないままだよ」
「なるほど。では、捧げたのは敵か、それとも味方か」
その言葉にヴェンデルの眉が少し動いた。
「いずれにせよ変わられた、私の創造主よ。本当に命令だけを守っているのか?」
「無論だ。私は命令の忠実な実行者。魔王陛下の残した命令を忠実に守っている。疑わしい点でもあったかね、クラウディア?」
「ああ。あなたは常に疑わしい。私はまだあなたが得たという真理について教えてもらっていない。あなたは不老不死の魔術師となり、その末に何を見た?」
クラウディアがそう尋ねる。
「真理だ。この世の仕組み。それを知っただけだ。大したことではない。それはただ単に真理というだけに過ぎない」
「あなたはいつもそうだ。謎を残す。だが、私は謎のひとつを解いたぞ」
「ほう?」
ラインハルトが目を細めてクラウディアを見る。
「まあ、それはいい。あなたは変わったが、本質は昔のままだと分かった。戦争に狂った男。闘争に惑わされた男。それだけの男」
クラウディアがそう言うのに、アルマがきっとクラウディアを睨みつけた。
「あなたに従って再び戦おう。戦列に復帰せよというのならば戦列に復帰しよう」
クラウディアはそう宣言した。
「ようこそ、我が戦友。我が娘。歓迎しよう。我々は再起するのだ。再び戦場に挑むのだ。私は確かに戦争に狂い、闘争に惑わされているかもしれない。だが、今は、今下されている魔王最終指令ではそれこそが必要とされるのだ」
ラインハルトがそう語る。
「戦争に酔い、闘争に溺れよう。答えは戦いの果てにある」
「了解。これよりそちらの指揮下に入る」
クラウディアは無表情にそう言って敬礼をラインハルトに送った。
「陸軍は人材不足だ。経験の豊富な将兵は歓迎する。君には陸軍改革を行ってもらいたい。期待しているよ、クラウディア」
「ええ。義務ならば、それを果たそう。それが軍人としての在り方だ。戦うためにしか作られなかった我々の存在意義だ。我々は戦うために生まれ、戦いに生き、戦いの中で死ぬ。それだけが我々人狼の存在意義だ」
クラウディアはそう返す。
「いかにも。君たちはそういう存在だ。不満かね?」
「不満を抱く心すらまともに作られなかった。あなたは創造主としては創造力が欠落しているよ、ラインハルト大将閣下」
「すまないな。だが、それこそが最良だったのだろう」
「最良、か」
ラインハルトとの言葉に、クラウディアはただそう呟いた。
「ヴェンデル。凱旋しよう。魔都ヘルヘイムへと」
「……了解っす。今、ポータルを開くっす」
ヴェンデルが少しラインハルトを見つめてから、ポータルを開いた。
「ヴェンデル。余計な詮索はしないことをお勧めする」
「どうですかね」
ラインハルトがポータルを潜るときに囁くような声でヴェンデルに言うのに、ヴェンデルは無表情にクラウディアを見ていた。
「大尉。大隊を集めろ。全部隊だ」
「了解、少佐殿」
ヴァルターがこの城塞に残っている他の人狼たちを集合させに向かう。無線はとっくの昔に壊れてしまっていて、直せる技術将校はここにはいなかった。
アルマが撤退し、ベネディクタが撤退し、バルドゥイーンがガルム戦闘団とともに撤退していく。残るはヴェンデルとクラウディアたちだけである。
「クラウディアの姐さんって呼んでいいすか?」
「ああ。構わない」
「クラウディアの姐さんはラインハルト大将閣下が何に代わったと思っているんです? そして、あの分かった謎と真理というのは?」
ヴェンデルがクラウディアに尋ねる。
「質問が多いな。それにラインハルト大将閣下を信頼していないのか?」
「あの人には前に裏切られているっすから当然です」
「そうか」
クラウディアが考え込むように手を顎に置く。
「ひとつだけ答えよう。私も確信が得られているのはひとつだけだ」
「それでいいっす」
「解けた謎。我々はどのようにして生み出されたのか」
クラウディアが語る。
「スレイプニルは知っているな。人工幻獣だ。あれは馬という生物の情報をベースに、瘴気でその構造を組み替えて作り出された化け物だ。人工幻獣というが、ようはラインハルト大将閣下が馬を切り貼りして生み出した代物だ」
スレイプニル。それは魔導生物学によって生み出された怪物。
「そして、我々もまた人工幻獣なのだ」
「我々も……?」
「そうだ。オオカミと人間の生物の情報をベースに作成されたのが、人狼だ。天然の環境では人狼は生まれない。ラインハルト大将閣下は手を加えて、初めて我々化け物は生まれる。ラインハルト大将閣下はただ情報を切り貼りしただけではなく、その精神にまで影響が及ぶように手を加えた。我々の精神のよりどころに手を加えてた。脳に手を加えた。だから、言ったのだ。我々は戦うこと以外のことはできないと。それは当然だ。精神が、生物の本質が、戦うことのみを追求しているのだ」
クラウディアは少し寂し気にそう語った。
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