城塞の主
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──城塞の主
「何を望む……?」
オオカミ化した人狼がそう尋ねる。
「闘争だ。戦いだ。戦争だ。魔王最終指令の遂行だ。『戦い続けろ』。それが魔王最終指令の全てだ。私はこれを厳格に遂行することを望む。そのためには君たちにも我々の戦線に加わってもらいたい。そして、戦争の地獄を人間たちに再び見せてやろう。再び戦争の悪夢に身を投じよう。私は戦争を望む。魔王最終指令の遂行を望む。それだけだ」
人狼の直感が目の前にいる男は正気ではないと訴えている。
だが、戦ったところで勝てる相手ではない。自分たちは逆らえば皆殺しにされるだろう。それだけは確かだ。戦えば、負ける。それならば従うしかない。
だが、この狂った男に従って生き延びられるのかという疑問も湧き出る。
「さあ、我々の戦列に加わりたまえ。即断即決が戦争で勝利する肝要だということは、君たちも理解しているだろう? ならば、決めたまえ。我々とともに来るのか、それとも我々とは別の道を歩もうとして──全員死ぬのか」
ラインハルトはぞっとする声でそう尋ねた。
「ともに戦列に加わらないならば、瘴気の源となってもらおう。君たち人狼のために消費された瘴気は馬鹿にならない。魔王軍に、魔王最終指令に従わないのであれば、存在させておく理由はない。瘴気に戻りたまえ」
「うちのボスと話し合いたい」
「人狼が話し合いでことを決めるとは。大戦末期ですらそんな光景は見られなかったが。だが、君たちがそれを必要とするのならば、そうしたまえ。私はここで待とう。君たちがどういう決断を下すのかを」
ラインハルトはそう言ってくつくつと笑い、人狼はオオカミの姿から人間の姿になる。大戦末期に採用された迷彩柄の軍服に付いた階級章を見ればそれが陸軍大尉のものであることが分かる。
「ボスと話してくる。お前たちはここにろ」
「しかし、大尉!」
「いいから、従え。何もするな。銃口は下げておけ。一応は味方だ」
「……了解」
陸軍大尉はそう命令を下すと、城塞のもっとも目立つ塔に向けて進んだ。
塔は観測班の拠点になる可能性があるとして、六ヵ国連合軍の砲兵から激しい砲爆撃を受けていた。そのため上部構造物はほぼ破壊され、半壊している。半壊で済んだのは、ここに立て籠もる魔王軍残党に砲兵はいないと分かったからだ。
「クラウディア少佐殿。魔王軍の本隊が接触してきました」
「魔王軍の本隊?」
ハスキーな声が陸軍大尉の声に応じる。
「そんなものがまだ存在していたとは驚きだな」
クラウディアと呼ばれた女性も人狼だった。
陸軍が大戦末期に採用した迷彩服に身を包み、肩まで伸ばしたショートヘアは黒で艶やかなものだった。この戦時下でどうやって髪質を維持したのか分からないくらいに。
しかしながら、そのような髪質に反して、顔には戦闘の傷跡が残っている。六ヵ国連合軍と銃撃戦を繰り広げた際に銃弾が頬の肉を割いて言った痕跡がしっかりと刻み込まれている。傷は癒えたが傷跡は癒えていない。
人狼が傷を癒すには黒魔術による手当てが必要だ。普通の人間に対しては呪いとなる黒魔術も人狼にとっては全く逆の効果をもたらす。
だが、大戦末期に黒魔術を使える従軍魔術師は前線で戦闘任務に忙しく、クラウディア自身も後送されて手当てされるよりも、戦い続ける道を選んだ。
そんな彼らに魔都ヘルヘイム陥落の知らせが入った。
魔王軍は崩壊した。誰もがそう判断した。
クラウディアは部下の1個大隊を纏め、前線を離脱した。
廃棄された城塞に撤退しようとした友軍の残した武器弾薬を貯め込み、彼らはもはや軍としては行動せず、自由気ままな山賊として暮らすことにした。
時として六ヵ国連合軍の輜重兵を襲って物資を奪い、時として他の敗残兵を襲って物資を奪い、そうやって暮らしてきたのである。
だが、何度も輜重兵を攻撃されて頭に来た六ヵ国連合軍の捜索によって拠点を特定され、包囲された。3個師団もの戦力に1個大隊の部隊ではあまりに頼りないように思われるが、人狼だけで構成された1個大隊の戦力というのは3個師団を相手に完全な勝利はできなくとも、絶対に敗北はしないだけのものがあるのだ。
そして、アルマたちがやってきて包囲は解け、今に至る。
「ヴァルター。魔王軍は復活したのか?」
クラウディアは陸軍大尉をヴァルターと呼んだ。
「分かりませんが、四天王のラインハルトは健在でした。いえ、前よりおぞましい存在になっていると言った方がいいかもしれません」
「前よりおぞおましい存在になった?」
「ええ。以前の不老不死で瘴気の取り扱いが上手いだけの四天王最弱という存在ではなく、もっとおぞましい存在に。今のラインハルトには自分でも勝てるかどうか分かりません。以前のラインハルトならば喉笛を食いちぎってやれたでしょうが……」
「そうか」
クラウディアは六ヵ国連合軍の将校から奪ったライターで煙草に火をつける。
「魔王軍は崩壊したはずだ。魔王ジークフリートも死んだ。あの無能どものせいで私たちが血を流してきた。そして、今、また魔王軍を騙る連中が出てきた。そして、私たちに接触してきたという。目的は?」
「魔王最終指令の遂行。魔王最終指令は『戦い続けろ』だそうです」
クラウディアの問いにヴァルターが答える。
「『戦い続けろ』か。なんとまあ、『戦い続けろ』とは。あの無能らしい命令だ。なら私たちは忠実に命令を守っているな。戦い続けてきた。我々は戦うために生み出され、戦うこと以外のことを知らない」
クラウディアはそう言って窓際に置かれていた詩集に目を向ける。
「人間たちは生産的だ。いや、創造的だ。我々のように模倣するのではなく、全く新しい物事を生み出す。魔族が書いた詩集があるか? 魔族が書いた文学があるか? 魔族が描いた絵画があるか? そんなものはない」
クラウディアがふうとため息を吐いた。
「我々は戦うことしかできない。それしか、それだけしかできない。それなのに最後に下した命令が『戦い続けろ』だと? 冗談か。笑えもしない」
「ですが、どうしますか?」
「私たちに何ができる? 戦うこと以外の何が。あの創造主は、ラインハルトは我々に戦うこと以外の何を与えてくれた? 私は逆立ちしたって人間たちのように創造的にはなれない。平和に生きることはできない。我々は、文字通り『戦い続ける』ことしかできないんだ、ヴァルター」
そう語るクラウディアは寂しそうでもあった。
「では」
「その前に今のラインハルトが忠誠に値するか、指揮下に入るに値するかを確かめてお
きたい。ここに来ているのだろう。ならば、確かめるのは簡単だ。私がこのふたつの目で見ればいい。それだけの話だ」
「了解しました、少佐殿」
「全く以て、喜劇的だ、と人間たちならばいうのだろうな。私は喜劇というのがどのようなものか知らないが、人間たちは楽しそうにそれを話す。愉快で、面白おかしい話だと語る。ならば、これはまさに喜劇的だ」
クラウディアはそう宣告して、城塞からラインハルトの下に向かった。
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