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全軍撤退

本日5回目の更新です。

……………………


 ──全軍撤退



「……分かりました。撤退しましょう」


「連中と再び戦うチャンスはくれるんだな?」


 バルドゥイーンとベネディクタがそう言う。


「もちろんだ、ベネディクタ。戦う機会はいくらでも与えよう。むしろ、私が与えられるのはそれぐらいのものなのだ。戦いぐらいしか私は与えられない。それも長く続く、肺病のような戦争しかね。ここは逃げ落ち、いずれ人間たちに思い知らせてやろう。“ああ。魔王軍は決して侮れない相手だったのだ”と。連中に再び戦争を教育してやろう」


「あたしは戦えるならそれでいいよ、大将閣下。前線で相手の目を見ながら、相手を殺すことができればハッピーだ。あたしは小難しいことを考えるのは苦手なんでね」


 ベネディクタがそう言って肩をすくめる。


「ベネディクタ。立場をわきまえなさい」


「いいのだ、アルマ。元々は我々上層部のふがいなさ故の前線への負担による破局だ。罵りであろうと甘んじて受け入れよう。ただし、魔王最終指令は絶対であり、私はその執行者だ。それだけはわきまえてもらおう」


 つまりは戦えと命じられればどんな状況でも戦えという命令。


 それは今の魔王軍にとって全権を握ったと言っても過言ではない。今の魔王軍に平和はなく、戦いしか存在しないのだ。魔王軍と講和を結ぼうなどという六ヵ国連合軍の国家は存在しないのだから。


「えーっと。じゃあ、大将閣下。いや、摂政閣下ですかね、事実上? これから撤退っすね? どこに逃げるんっすか?」


 ヴェンデルがぼりぼりと頭を掻きながらそう尋ねる。


「忘れられし旧都クルアハン。忘れられた場所とは言えど、名前ぐらいは聞いたことがあるだろう。そして、ヴェンデル。君はその都市について知っているはずだ。君はそこの瘴気から生み出されたのだから。君が産声を上げ、初めて人の血を貪った場所だ。思い出の地に戻るのだよ、我々は」


「……確かに思い出深い場所っすね。それで全軍を?」


「ああ。ポータルを開いてくれたまえ」


「了解っす。閲兵場でいいっすよね?」


「ああ。私も用が済み次第、閲兵場に向かおう」


「それでは」


 ヴェンデルは霧になって消えた。


「あたしも行ってるぞ。あたしはクルアハンなんて知らねーけど」


 ベネディクタも霧となってこの場を去る。


「……すぐに行動できるよう、部下を纏めておきます」


 一礼してバルドゥイーンも消える。


「マキシミリアン大佐。君はこれから空軍総司令官だ。君を少将に昇格させる。分断された飛行隊の再結集に尽力し、可能な限りの航空戦力を集めてくれたまえ。何分、我々はこれまで敵のフレスベルグに追い回されてきた。航空優勢のない戦いというのは辛いものだ。こちらの動きは相手に丸わかりになり、そして空からは容赦なく攻撃が加えられる。我々は蛸壺を掘り、ひたすら屈辱的な爆撃が終わるのを待つしかない」


「畏まりました、大将閣下。与えられた地位に求められる働きをできるよう、可能な限り手を尽くす次第です。再び空を我々のものに」


「ああ。よろしく頼むよ。君ならばできるだろう」


「はい、閣下」


 マキシミリアンは敬礼を送るとその場から歩いて立ち去った。


「アルマ。君も少将に昇格させ、近衛軍総司令官の地位に任じる。他に適任者はいないだろう。君はどのようなときでも冷静だ。指揮官の素質がある。存分に采配を振るってくれたまえ。近衛軍を立て直すには君の努力が必要になる」


「畏まりました、大将閣下。必ずやご期待にお応えします」


 アルマも敬礼を送り、霧になって消える。


「さて、いよいよ始まった。ここから我々の戦争は再び始まるのだ。終わらせてなるものか。この大戦を。魔王ジークフリートが振りまいた呪いのごとき戦禍を。ああ。魔王ジークフリート。あなたは偉大だった。世界を相手に猛々しく戦い、そしてこのような屈辱的状況においてすら、なお戦えと仰るのですから」


 愉快そうにラインハルトが語る。


「愉しそうだね、ラインハルト。これから無様な敗走が始まると言うのに」


 ラルヴァンダードがいつの間にか姿を現し、ラインハルトに囁くように言う。


「しかり。これから惨めな敗走が始まる。だが、敗走とは軍を生かし、戦い続けるための行為でもある。いくら恥辱に塗れようとも、哀れですらあろうとも、我々は戦い続ける。どこまでも。どこまでも。それこそが我が愉悦」


「魔王軍の栄光は? 魔族の繁栄は? 魔王ジークフリートはそれを目的に戦争を始めたつもりだと思うけれど?」


「戦争に栄光はない。あるのは勝者の正義というなのエゴと、荒れ果てた大地のみ。戦争で栄光を得るということは決してできない。戦争は毒だ。毒は相手を殺し、自分たちの土地を蝕み、自分たちの体すら侵食する。そこに栄光があるか? そこに繁栄はあるか? あるはずもない。あるのはただ物言わぬ死者たちの躯だけ」


 そこでラインハルトがくぐもった笑いを漏らす。


「だが、そのもっとも非生産的な我々の営みこそが、何よりも愛おしい。私はそれだけを求め続けている。人と魔族が妥協することも、手を結ぶこともない。これは絶滅戦争だ。相手を絶滅させるまで続く戦争だ。盛大な虐殺によって彩られた大戦争だ。私はこの戦いを戦えることを光栄に思う」


「君は素晴らしいよ、ラインハルト。悪魔の素質がある。このまま屍を生み出すといい。とは言え、今は逃げなければならないようだけれどね。あの放棄され、忘れられた都たるクルアハンに逃げ込まなければならない」


「しかり。今、ここで戦っては戦争はもう終わってしまう。それだけは受け入れられない。我々はまだ戦える。我々はまだ戦争を続けられる。我々はまだ殺せる。我々はまだ殺される。我々は屈辱を味わい、屈辱を味わわせることができる」


 ラインハルトは口角を釣り上げ、歪んだ笑みを浮かべる。


「まあ、ボクは観戦させてもらうとするよ。君の作り出す地獄を楽しみにしている。殺し、殺され、無数の死体が転がる。そして、君はその先に栄光などないという。では、最後に待っているのは何なんだろうね?」


「それを確かめるためにも戦うのですよ」


 ラルヴァンダードはくるりと回ってスカートを浮かせると、次の瞬間には消えていた。だが、彼女はこの世界のどこかでラインハルトたちの戦いを見物している。大悪魔にとっては娯楽である地上のものどもの争いを。


「大将閣下。撤退の準備が整いました。生き残りの部隊はこれ以上期待できそうにありませんが、撤退を敢行いたしますか……?」


 再び現れたアルマの言葉には迷いがあった。


 彼女はまだ前線で戦っている将兵がいることを知っている。撤退のための時間稼ぎに、死兵となって敵に食らいつき、この魔都ヘルヘイムを守ろうとしているものたちがいることを知っている。


 撤退すれば、それらの将兵は死に絶える。


 彼らが助かる道は、どこにもない。


 六ヵ国連合軍は魔族の捕虜を取らないというわけではない。情報を集めるために捕虜を取ることもある。だが、大抵の場合は殺してしまう。魔族たちも降伏など決してしないので捕虜になる機会などないに等しい。


「やむを得ぬ犠牲だ。戦争に犠牲はつきものだ。彼らの死を決して無駄にはしまい。我々が復讐する。人間を殺そう。仲間を殺された数だけ人間を殺そう。いや、仲間を殺された数の2倍、3倍の数の人間を殺そう。それでこそ復讐だ」


「彼らの死を決して無駄にはしません」


「ああ。彼らの死を決して無駄にはしない」


 ラインハルトはそう言いながらもアルマから見えないその表情には歓喜の笑みが満ちていた。


……………………

本日の更新はこれで終了です。


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