空か、陸か
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──空か、陸か
ラインハルトが見守る中、会議は続けられた。
「救出を重視するとして、近衛軍、陸軍、空軍のどの軍を最優先で救出するかです」
魔王軍には海軍も存在するが、海に面さない内陸部に押し込まれた今、それをどうこうしようというのはあまりにも気が早すぎた。
「空軍を最優先でお願いしたい。空軍の実情はここにいる全員が知る通りだ。僅かに54体のドラゴンで構成されるのみ。これでは航空優勢を確保するのは難しい」
「だが、先の魔都ヘルヘイムの戦いではあの数のフレスベルグを相手に航空優勢を維持していたように見えたが。事実、魔都ヘルヘイムは爆撃されなかった」
マキシミリアンが訴えるのを、バルドゥイーンがそう指摘する。
「あれは敵があくまで爆撃に重点を置いていたからだ。もし、制空戦闘を真正面から挑まれていれば、今頃は多くのドラゴンたちが戦死ししていただろう」
我々は後進の育成も滞っているのだとマキシミリアンは主張する。
空軍が新しいドラゴンを得ているものの、それを育成する時間がなかった。飛行訓練と戦闘機動、僚騎との連携をマスターしておかなければ実戦にはとてもではないが投入できない。投入したとしても大戦末期のようにバタバタと撃ち落されるだけだ。
「ですが、陸軍と近衛軍の戦力不足も深刻です」
リヒャルトがそう訴えた。
「陸軍も近衛軍も僅かに1個旅団ずつの戦力。これでは点は守れても、面は守れません。点と点を繋ぐ面を守れなければ最終的に全てが破綻することはご存じでしょう? 我々は大戦末期にまさにそれを経験したのですから」
そう、魔王軍は大戦末期に点しか防衛できていなかった。
点とは拠点だ。城塞や空軍基地、兵站基地。そういうものをその拠点だけ守っていた。そうするしか戦力がなかった。
当然ながら、点と点を結ぶ線がなければ、いくら兵站基地を守っていても、城塞や空軍基地に物資は運べないし、各地で各個撃破される羽目になる。事実、そうなった。魔王軍がこうも魔王領内でバラバラに分断されているのは、魔王ジークフリートが拠点の死守命令を乱発したからだ。そのせいで戦力は各地に置き去りになり、包囲された。
その苦い経験からリヒャルトは点だけを守るのではなく、面を守れる戦力が欲しいと思っていた。戦線を引くには面を制圧しておく必要がある。縦深防御の概念はもはや魔王軍と六ヵ国連合軍の両方において常識であった。
厚みのある陣地を展開しなければ、敵を阻止できない。六ヵ国連合軍においては近衛吸血鬼や吸血鬼の霧化による高速移動を阻止するために陣地を深くする必要があったし、魔王軍もその防御方法の利点を見出し、かつガブリエルという“剣の死神”対策として導入していた。
点でも、線でもなく、面を防御できる戦力を。
それが陸軍としての意見だった。
「だが、空での戦いに敗北するということは地上における戦いでも不利になることを意味すると分かっているのか? 空を敵のフレスベルグが飛び回り、爆撃を仕掛けてくる中では戦えないだろう」
「何のための塹壕ですか。塹壕によって砲爆撃の威力は半減すると言っていいです。ピンポイントで塹壕に爆弾を放り込んでくる化け物でもいれば困りますが、そこまでの騎手は六ヵ国連合軍にもいないでしょう?」
「確かにそうではあるが……」
マキシミリアンは納得できないという顔をする。
「今はひとりでも多くの近衛吸血鬼と吸血鬼、そして何より人狼の救助が必要です。戦場で人狼ほど頼りになる兵士はいません。なのに、今の陸軍にも、近衛軍にも、人狼はひとりとしていないのです」
人狼はタフな兵士で、頭脳が優れ、体力に秀で、まさに戦争のために生まれてきたような魔族であった。
だが、今の魔王軍に彼らの姿はない。彼らは近衛軍にも、陸軍にもいたが、全てが前線に取り残され、散り散りになってしまった。魔王ジークフリートも人狼が精鋭であるという意識があったので、各地の破綻した戦線に火消しと派遣されそのまま孤立したのだ。
この状況はどうにかしたいとアルマも思っていた。
「近衛軍としては空軍救出の必要性も理解しますが、今は陸軍部隊、近衛軍部隊の再建が急務化と思われます。なので、地上部隊の救出作戦を進めたいと思います」
そう言ってアルマはラインハルトを見た。
「君たちがそう決めたのならば、そうしたまえ。私は最高司令官として責任を取ろう。もっとも、私が責任を取って辞任しても、後任がいるとは思えないが」
魔王は戦死。四天王の壊滅。各方面軍司令官も討ち取られた今、ラインハルトが最高位の司令官だった。
そして、彼は今や摂政である。
その権限はあまりにも大きく。魔王のそれと同等だ。
四天王最弱の男がここまでの地位につくと誰が予想しただろうか?
「だが、これから進むのは修羅の道だ。六ヵ国連合軍はもはや油断などしないだろうし、今包囲している魔王軍残党を可及的速やかに排除しようとするだろう。これまでの戦いも厳しいものだったが、これからはさらに厳しくなる。覚悟をしたまえ。仲間はまた死ぬかもしれない。勝利は得られないかもしれない。だが、それでも我々は『戦い続ける』のだ。それこそが今、我々が生きている意味なのだから」
ラインハルトはそう言って、地図を眺める。
「手始めにどの目標を狙うつもりか教えてくれるかい、アルマ?」
「偵察結果にもよりますが、最初はこの城塞に籠った部隊を。他の魔王軍の兵士たちと違って、明確な包囲を受けており、危機的な状況にあります。彼らは今、助けなければ二度と助ける機会を喪失する可能性があります」
「そうだね。城塞とは守りに秀でるが、援軍が来なければ、包囲されたままゆっくりと殺されて行くだけだ。そして、戦争は機動戦へと移行した。城塞は過去の産物だ。機動戦を展開し、兵力を押し進める六ヵ国連合軍に対しては足止めにもならなかっただろう」
「ですが、残された資料によりますと、この城塞は兵站基地を兼ねていて、瘴気についてもかなりの備蓄があるとのことでした。それを奪えれば戦力の増強が行えます」
「よく調べている。素晴らしい。では、そのように進めたまえ」
城砦を守れと魔王ジークフリートが命じたのは、そこにある物資が重要だったからという面もある。瘴気、武器弾薬。そういうものが蓄えられている。魔王軍造兵廠ほどではないが、それなりの規模の物資が各地に点在している。
「物資とともに友軍も救出するですか。素晴らしいですね。魔王軍が増強されれば、戦いは優位になります。一定数の魔族が陸軍と近衛軍に配備されれば、空軍の救出も容易になります。少なくとも空軍基地からドラゴンを救出するのではなく、空軍基地そのものを奪還できる可能性があります」
リヒャルトもアルマの意見に賛同していた。
「それは理想的ではあるが、時間がかかるのでは?」
「六ヵ国連合軍は撤退を続けています。魔王領を回復するのも、そこまで時間はかからないと思います。ラインハルト大将閣下の言うように、情勢がどう動くかは分かりませんが、今のうちにことを進めればチャンスはあります」
だが、ここにいる全員が理解していた。
魔王領占領軍のこのままの撤退は、瘴気を生み出す原材料の減少に繋がるのではないかということに。
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