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摂政

……………………


 ──摂政



 摂政とは国王が幼いなどの理由で政務をこなせない場合に設置される役職だ。


 今、魔王城と魔都ヘルヘイムを奪還したラインハルトは事実上の摂政であった。


 王なき魔王軍の王なき摂政。


 その権限は強力で、近衛軍、陸軍、空軍を掌握している。


 ラインハルトが魔王城を奪い、摂政と本格的に呼ばれるようになって、初めにしたことは魔都ヘルヘイムの軍事拠点化だった。


 元より軍事城塞として設計された魔王城をさらに近代化し、六ヵ国連合軍によって埋められた魔都ヘルヘイムの死体穴を掘り返し、軍事産業のための工場を多数設立する。工場では専用に洗脳されたゴブリンやオークが働き、大量の武器を魔王軍に供給する。


 ゴブリンやオークはいくらでも使い潰せる。安価な労働力だ。これが魔王軍を装備の面で支えてきた裏方の実情であった。


「武器も、兵士もそろいつつある。そして、人間どもは撤退する一方だ」


 魔王城の会議室でラインハルトが言う。


「今こそ、分断され、包囲された友軍を救出するべきだ。そのための力はある。今や我々魔王軍の戦力は近衛軍1個旅団、陸軍1個旅団、空軍2個飛行隊だ。やる気さえあるならば、不幸な友軍たちを助け出すこともできるだろう」


 ラインハルトの言葉を幹部たちは静かに聞いていた。


 新たに陸軍総司令官に任じられたのは吸血鬼の男性で、名をリヒャルトという。


 近衛軍、空軍に続いて陸軍も復活したのだ。


 近衛軍はあくまでエリート集団。陸軍は良くも悪くも並みの戦力。だが、この魔都ヘルヘイムと旧都クルアハンを警備しているのは陸軍の部隊である。


 陸軍はその数を活かして、警備や戦線の維持を行う。近衛軍も魔王城の警備を行っているが、これからの戦争の主役は徐々に陸軍に移っていくことだろう。


 だが、近衛軍も陸軍も今は対立していない。管轄の似たような部署とは争いになるものだが、今の魔王軍には身内で争っていられるような贅沢は許されなかった。


「これからは友軍救出を?」


 アルマがラインハルトに尋ねる。


「ああ。拠点防衛は陸軍が行い、近衛軍は空軍とともに友軍の救出を。今は少しでも戦力が必要だ。人間たちがこのまま傍観していてくれるというのは楽観的過ぎる予想だ。彼らが生き残った我々を始末するために、軍を増派してきてもおかしくはない」


 今のところ、人間たちは撤退のスケジュールを進めているが、いつそれを翻して増派に踏み切るか分からない。六ヵ国連合軍の主導的立ち位置にいるフランク共和国は政変が起きやすく、意志が変更しやすい。流石に戦時中はそういうことは少なかったものの、それでも戦争の姿勢には何度か変化が生じていた。


 今の政権もいつまでもつのか分からない。魔王領占領軍の損害の責任を追求されたら、それを覆すために大量の軍隊を派遣してくる可能性もあり、それに六ヵ国連合軍の他五ヵ国が従う可能性もあった。


 楽観はできない。今は弱腰だからと油断していれば、手痛いしっぺ返しを食らう可能性もあるのだ。戦争においては何事も決して楽観的に準備はするな。悲観的に準備せよ。最悪を想定せよと言われるのはそういうことだ。


「我々はこの一時的な権力の空白のうちに、早急に戦力を纏める。六ヵ国連合軍の将兵には瘴気の源になってもらい、我々は生き残っている戦力と合流する。早急にだ。速度が勝負となる。六ヵ国連合軍の翻意が先か、それとも我々が迎撃態勢を整えるのが先かだ。諸君らならば、この困難な任務を成功に導いてくれると信じているよ」


 ラインハルトはそう言って幹部たちを見渡した。


「ラインハルト摂政閣下。お聞きしたいことがあります」


「何かな、バルドゥイーン?」


「魔都ヘルヘイム奪還戦で姿を見せたあのドラゴン、と思しきものは何なのですか? それは今後とも我々の味方であるのでしょうか?」


 アルマはキッとバルドゥイーンを睨みつける。あれはラインハルトが質問するなと言ったものだと彼女は困惑していたバルドゥイーンに伝えているのだ。


「あれはね。魔法さ。奇跡というものだよ。魔術ではない。おとぎ話の世界の魔法。そう考えておきたまえ。魔法のお願いは数が決まっているものであるし、魔術ほど融通の利くものではない。そして、不思議である」


 ラインハルトが言い聞かせるようにそう言った。


「答えになっていません」


「バルドゥイーン! 口が過ぎますよ!」


「だが、あのような化け物が顕現できるなら我々は……!」


 我々の存在は無意味ではないのか?


「君たちの存在意味はあるとも。私の魔法は深夜12時を知らせる時計の鐘が鳴れば解けてしまうようなものだ。それに対して君たちはどうだ。確かにそこに存在している。奇跡でも、魔法でもない。確かな存在だ」


 ラインハルトが語る。


「君たちは戦線を構築できる。君たちは敵を砲兵の射撃で吹き飛ばせる。君たちは機関銃で敵を薙ぎ払える。君たちは銃剣で敵を突き刺し、抉ることができる。君たちは手榴弾で哀れな敵兵を粉砕できる。君たちは敵の戦線を突破し、後方になだれ込み、敵にパニックを引き起こさせることができる。君たちはいろんなことができる」


 まるでそれこそが全てであるかのようにラインハルトは語り続けた。


「君たちは骨と肉と血と呪いできた存在だ。実在する確かな実態だ。だが、あれはどうだったかね? 幻のように現れ、幻のように消えた。あんなものにこの我々の崇高な使命を、魔王最終指令を任せようというのかね。『戦い続けろ』と、そう魔王ジークフリートは仰ったのだ。それなのに戦うことを放棄しようというのかね?」


 ラインハルトの言葉は次第に問い詰めるようなそれへと変わっていた。


「いえ。我々は戦い続けるつもりです。何があろうとも」


「そう、それでいい。難しく考える必要はないのだ。我々は『戦い続ける』という命令を守っていればそれでいいのだ。下手に戦争について考える必要はない。答えはこの先にある。戦いの先に答えが待っている」


 ラインハルトはそう言って微笑んだ。


「ラインハルト大将閣下の仰る通りです。我々は戦い続ければいいのです。分かりましたか、バルドゥイーン?」


「了解した。我々は我々の義務を果たす」


 アルマがそう問いただし、バルドゥイーンはただ頷く。


 納得できない点はあった。


 結局、ラインハルトはあの化け物について何の情報も開示していないに等しい。あれが何なのか、バルドゥイーンたちは知ることはなかった。あれは一体何なのだろうかという疑問はドラゴンであるマキシミリアンも抱いていた。


 あんなドラゴンはここにいる誰も見たことがない。


 それもそうだ。ここにいる最年長の近衛吸血鬼であるアルマにしたところで800年程度しか生きていない。それに対してラインハルトは数千年を生きているのだ。


 彼らはラインハルトを最弱の四天王だと思っていたし、それは確かに正しかった。かつては。かつてはラインハルトは確かに最弱の四天王で、やれることと言ったら、近衛吸血鬼を生み出すことぐらいだった。


 他の四天王が武勇を示し、そして散っていく中、ラインハルトだけが生き残った。


 そして、彼は悪魔と契約し、自らも悪魔となった。


 その事実をここで知るものはラインハルトだけである。


……………………

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