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聖剣で殺せる範囲

……………………


 ──聖剣で殺せる範囲



 あの後、会議はド・ゴール元帥とガムラン元帥の掴み合いの喧嘩になり、憲兵がふたりを引き離して、ド・ゴール元帥は会議から外されることになった。


「恐らくあの調子では増派はあるまいな」


「残念です、元帥閣下」


「全くだ。政治家も軍人すらも自分の義務を果たそうとしないとは」


 ド・ゴール元帥とガブリエルは将官用の馬車の乗ってそう言葉を交わす。


 アルセーヌは情報収集のために会議室に残ったが、結論は目に見えている。


 結局、増派は行われない。現状維持。壊滅した師団の補充も行われず、撤退だけが続く。撤退のスケジュールだけが進んでいる。彼らは魔王領で起きているのは小規模な小競り合いだとばかり思っている。


「しかし、しかしだ。このまま魔王軍が勢力を拡大すれば、本当に戦争の続きが始まるぞ。いや、すでにもう始まっている。魔王軍は着実に力をつけてきている。魔都ヘルヘイムは落ちるぞ。君たちの努力を無駄にしてしまった」


「いいえ。元帥閣下こそ、いわれなき非難に晒され苦労しておられるのですから」


「多少の侮辱は受け入れるつもりだ。だが、私個人への侮辱や嫉妬だけならともかく、軍への協力拒否とは! 呆れ果てる。平和とは人々に安らぎを与えるものだが、同時に人々を鈍化させる。政治家ぐらいは危機意識を持っていてもらいたかったが、あの腰砕けの無能を大統領に選んだのは誰だ?」


「国民です」


「そうだ。国民だ。まずは国民が意識を変える必要がある。だが、平和という言葉は甘いものだ。その甘さを知った国民は、再び戦争となることを拒むだろう。再び戦争という言葉自体が間違っているがね。戦争は終わっておらず、継続しているのだから」


 ド・ゴール元帥は苛立った様子で語る。


「……魔王軍との戦闘においてもっとも犠牲になったのが、君たち共和国親衛師団の隊員たちだ。君はどう思う? 我々はこの痛みと悲しみを癒す時間を作り、それから国民が納得する形で魔王軍との戦争を継続するべきか?」


「いいえ。いいえです、元帥閣下。そのような時間的猶予はありません。そして、死んでいったものたちがいるからこそ、我々は戦わねばならないのです。そうでなければ、何のために私たちの仲間は死んでいったというのですか。このまま魔王軍が魔都ヘルヘイムを奪還し、魔王軍が再び人類の脅威になるのであれば、彼らの死はまるで無駄死にです」


 ガブリエルは力強くそう告げる。


 彼女は第1共和国親衛師団“シャルルマーニュ”の将校として魔都ヘルヘイムの制圧戦に参加している。魔都ヘルヘイムまでの多数の魔族を屠り、魔都ヘルヘイムまでの道を切り開き、最終的に魔王城を占領した。


 3年の戦いでガブリエルは多くの戦友を失った。部下を失った。


 だが、今は悲しみに浸るべきときではない。死者を弔うことは生きていればいつかできる。だが、その生存が脅かされているのだ。魔王軍は復活し、再結集を始めている。このまま放置すればフランク共和国は再び戦場になるだろう。


 今もなお残る戦争の爪痕が馬車からも見える。


 ルテティアはフランク共和国の首都であるが、そこにまで魔王軍は迫っていた。大量の黒魔術の刻印弾が砲撃に使用され、不発弾は今もルテティアの市街地に残っている。ルテティアの復興は道半ばだ。


 だが、今はルテティアの復興どころの騒ぎではない。魔王軍は魔都ヘルヘイムを奪還するだろう。これまで潜伏していた魔王軍の残党たちも魔都ヘルヘイムが奪還できたとなれば、戦局が自分たちに優位になってきたと察し、行動を起こす。


 魔王領の各地で魔王軍残党が蜂起し、事態は一挙に混乱へと落ちる。魔王領占領軍は大打撃を受け、そのまま瘴気を生み出す材料にされる。その瘴気からはドラゴンや近衛吸血鬼が生み出され、魔王軍の再建が進む。


 魔王領占領軍の撤退は魔族に瘴気の源となる死体を与えない手ではあるが、この状況から見て、既に魔王軍はかなりの規模になっている。つまり、地獄はすぐそばにあるというわけだ。戦争という名の地獄はすぐそばに。


「その言葉を頼もしく思う。だが、今のところ、その思いには応えられそうにない。国民に戦争が続ていることを意識させ、政府の発表した平和が嘘っぱちであることを示し、再動員への理解を得るのは、とても難しい」


「政府が平和を宣言するのが早すぎました。我々は戦争は終わっていないことを口を酸っぱくして言い続けてきましたが、我々の意見は無視されました。おかげで国民は偽りの勝利に酔い、共和国は危機に晒されています」


 ガブリエルたちは自分たちの立場で出来る範囲で、戦争の継続を訴えて回った。だが、どの指揮官も政治家も戦争はもう終わったと主張するばかりで、そしてとうとう戦争終結宣言は出されたのである。


「愚劣な政府だが、政府は政府だ。共和国に忠誠を誓った以上、従わなければならない。我々にできるのはそれぞれの立場で行動することだ。少なくとも警告を発している人間が少しでもいれば、国民も本当に平和が訪れたかを疑問に思うだろう」


「そのことですが、元帥閣下。大統領選に立候補されてはどうでしょうか? 魔都ヘルヘイムが魔族に奪還されれば、国民の危機意識も少しは高まります。そして、元帥閣下が魔王軍の脅威を訴えて立候補されれば、民意によって共和国は変われます」


「そのためには私は軍を除隊しなければならない」


「ですが、このまま手をこまねいて様子を見ていても、何も変わりません」


「確かにその通りだが……」


「元帥杖に未練がおありで?」


「いいや。私はそれよりも大きなものに責任を負っている」


「何よりです」


 ガブリエルは柔和な笑みを浮かべる。


「……もし、仮に君だけを魔王領占領軍に増派として派兵することになったとしたら、何個大隊を相手にできる?」


「私だけですと、10個師団が限界かと。今はまだ私も未熟な身です。いくら人工聖剣の力があろうと、相手にできる数は限られます。もっと精進を続けなければなりません」


「それだけの数を単独で相手できるのは君だけだろう。仮に相手が近衛軍だとすればどうなる? 相手にできる師団数は減るか?


「いいえ。私の先ほどの試算は近衛軍を相手にした場合の数です。呪血魔術を使う近衛吸血鬼や人狼たちを相手にした場合を想定しました」


「……君の聖剣の殺せる範囲はそれほどまでに巨大なのか」


「至らぬ身ではありますが」


 単騎で10個師団の近衛軍を相手にする。


 実際にガブリエルはそれだけの規模の敵を相手にしてきた。彼女が投入されるだけで戦線が動くと言われるほどに、彼女の力はあまりにも強力であった。


 だから、軍も扱いに苦労していた。ガブリエルは救国の英雄だが、同時に危険な単独戦力でもあるのだ。ガブリエルがクーデターを起こそうとすれば、止められる人間はどこにもいないだろう。


「さて、今日は夕食を食べていきたまえ。配給品だが、いい素材が揃った。うちのシェフが腕によりをかけて君のための晩餐を準備しよう」


「楽しみです!」


 こうしていると年相応の少女なのだが、とド・ゴール元帥は思う。


「閣下、大変です!」


「何事だ?」


「魔都ヘルヘイムが奪還され、守備に当たっていた2個師団は全滅です!」


「ついにか」


 魔王軍は反撃ののろしを上げた。


 人間たちは対応する動きを見せていない。


……………………

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[一言] ガブリエルやべえな ラインハルトとどっちが強いかな
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