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古代死竜

……………………


 ──古代死竜



 六ヵ国連合軍は魔都ヘルヘイムを破壊するのに赤魔術の刻まれた刻印弾を使用した。


 赤魔術はその名前から炎を連想するし、事実炎による魔術が多い。だが、氷や土、あるいは水を使った魔術なども攻撃的であるならば、赤魔術に分類される。


 黒魔術は呪い。白魔術は祈り。赤魔術は戦い。青魔術は助け。そう言われている。


 今回使用された刻印弾に刻まれた赤魔術は爆発の範囲を拡大すると同時に、炎をまき散らすものだった。六ヵ国連合軍の師団レベルで保有している砲兵の装備は今は75ミリ軽野砲と105ミリ榴弾砲の2種類。これは都市を破壊するには威力不足だ。


 だが、刻印弾を使用することで砲弾の威力を数十倍に引き上げることができる。爆風と炎はさながらドラゴンのブレスと言いたいが、それよりももっと強力だ。衝撃波は建物を容易く破壊し、炎に沈める。


「破壊が吹き荒れる。破壊だ。力とは神であり、神とは力だ。ならば、これは神の御業と言えよう。神々よ。見ているか。そなたらの力でもこれまでのものではないのではないか。信仰心が衰え、存在があいまいになった神々よ」


 ラインハルトが空に向けて言い放つ。


「六ヵ国連合軍の将兵諸君。私は君たちを尊敬しよう。いや、敬愛すらしよう。この無防備な都市にこれほどの破壊を振りまく決断をしたことに敬意を示し、愛そうではないか。諸君らは素晴らしい決断をした。そう、魔都ヘルヘイムを破壊すれば我々の士気は挫け、諸君らは勝利の美酒を味わうのだ」


 ラインハルトが哄笑する。高らかと破壊されるヘルヘイムを見ながら笑う。


「だがね、物事とはそう簡単にはいかないものなのだ。戦場では何が起きるか分からない。それが起きるのは将兵の地道な努力の結果であったり、指揮官の英断の結果であったりする。だが、私はそれをいかさまをして引き起こそう。すなわち、奇跡を」


 ラインハルトはそう宣言して高らかと腕を振り上げる。


「さあ、焼き払い、踏みにじり、引き裂き、食らい、殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。破壊をまき散らせ。古代死竜アンシエント・ネクロドラゴン


 ラインハルトの詠唱にも似た言葉の羅列により、何かが魔王城のバルコニーから顕現した。それは腐臭を漂わせ、炎を渦まかせ、朽ちた翼をはためかせ、おぞましいほどの瘴気を纏わせ、爪を剥き出しにした巨大な存在。


「ドラ、ゴン……?」


 六ヵ国連合軍の観測班が呟く。


 それはドラゴンであった。いや、ドラゴンではない。これほどまでに巨大なドラゴンを六ヵ国連合軍の将兵は誰も、魔王軍の将兵は誰も見たことはない。


「神代の時代の竜よ。神々と争い猛々しく散った竜よ。古代死竜アンシエント・ネクロドラゴンよ。そなたの存在した時代を人間たちに思い出させてやるがいい。人間とはもっとも脆弱な存在であり、単純な力こそが全てであった時代のことを」


 古代死竜が動き始める。


 上空を飛行していた魔王軍の航空部隊は急いで退避する。古代死竜は瘴気を放っているのだ。迂闊に近づけば、訪れる結末は死である。そうでなかったとしても、魔王ジークフリートより巨大で、意志の分からない竜に近づこうとするものはいない。


「こちら観測班! 再度砲撃を要請! 先ほどの数値で撃てば目標に命中する!」


『射撃指揮所、了解! 先ほどの諸元で砲撃する!』


 砲兵が全ての火砲で古代死竜を砲撃する。


「無駄だよ、諸君。人間は文明を築き、知性を磨き、生存するために進化した。だが、神代の時代、世界を支配していたのは圧倒的暴力だ。秀でた知性も、文明も輝きも、この強大な暴力を前にしては無力だ。シンプルな力は、シンプルであるが故に崩しがたい。そして、この暴力は破滅的なまでに強力だ」


 ラインハルトが歌うように語る。


 六ヵ国連合軍の砲兵は砲身が焼けただれ、腔発を起こしそうなほどに連続した砲撃を浴びせるも、古代死竜はそれら全てを無視して砲兵陣地に迫る。


「退避! 退避!」


「瘴気に触れるな! 死ぬぞ!」


 古代死竜が砲兵陣地に到達すると同時に砲兵たちが逃げていく。


「炎の瞬きを。彼らが文明と呼び、我々が暴力と呼ぶそれを」


 古代死竜が口内に渦まかせていた炎を、地上に向けて噴射する。


 地上を炎が覆う。火砲は熱で変形し、兵士たちは炭となり、無線も小銃も機関銃も全てが炎に沈んだ。六ヵ国連合軍の2個師団はたった一度のブレスで壊滅的打撃を被ったのだ。取り返しようもないほどの打撃を。


「美しい。力とはまさに美だ。力に酔うのも理解できる。これほどの力が振るえたものが、その力に酔わないなど不可能だ。だが、その傲慢さゆえに君たちは滅びたのだ、神代の時代の竜よ、古代死竜よ。驕り高ぶり、神々へ戦いを挑み、そして敗れ、滅びた。無様だが、それもまた美しい。滅びには滅びの美学がある。中途半端な滅びはただの堕落だ」


 ラインハルトが恍惚とした表情で燃え上がる六ヵ国連合軍の陣地を見ていたとき、アルマが現れた。


「ラインハルト大将閣下! 今のは……!?」


「アルマ。バルドゥイーンに前進し、残敵を掃討し、死体を集めるように伝えたまえ。あれはもう引き上げさせる。安心するんだ。噛みついたりはしないよ。私の制御下にあるのだから、君たちを傷つけるようなことはない」


「ですが!」


「アルマ。聞き分けの悪い子は嫌いだ」


「……了解しました」


 アルマは霧化して消えた。


「……時として愚かさは賢者の知恵よりも武器になるものだよ、アルマ。君たちは盲目的に従っていればいいんだ。私が導こう。盲人の国では片目が見えるだけで王様だ。私は指導者の器ではないのかもしれない。だがね、君たちよりも人を導けるとは自負しているよ。少なくともあの無謀な戦争に最後まで従軍し続けた君たちよりも」


 ラインハルトが囁くような声でそう語る。


「ああ。素晴らしい戦争が待っているではないか。将軍たちよ。駒を進め、陣地を奪おう。敵を殺そう。その持てる全てを戦争に注ぎ込もう。戦争こそが世界となり、世界こそが戦争となる。我々の生きる常識から平和という忌々しい二文字を消し去ろう。我々はただただ、闘争のためにここにあるのだ。戦いのためだけに生きているのだ」


 古代死竜はゆっくりと分解されるようにして大気の中に消えていった。


「バルドゥイーンに連絡。ガルム戦闘団は残敵を掃討せよ」


「しかし、少将閣下! 今のは一体……?」


 魔王城内の司令部ではアルマが指揮を下していた。


「理解する必要はありません。ないのです。さあ、命令を伝えなさい」


「了解しました……」


 アルマは思っている。あれはラインハルトの力なのだろうと。


 だが、彼が不老不死の魔術師であったとしても、あれだけの怪物を、あれだけの霊体を顕現させ従わせることができるのだろうか?


 彼は違う何かになっているのではないか?


 考えてはいけないとアルマは思いなおす。


 我々は従っていればいいのだ。ラインハルトは戦争をもたらしてくれる。殺戮の場をもたらしてくれる。それで十分ではないか。


 アルマは自分の口角が歪むのを感じた。


……………………

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[一言] アルマもけっこうぶっ飛んでんなあ
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