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燃え上がる都市

……………………


 ──燃え上がる都市



「魔都ヘルヘイム、か」


 ラインハルトは魔王城の魔都ヘルヘイム全域が見渡せるバルコニーから魔都ヘルヘイムを眺めていた。各地で戦争の象徴である戦火が燃え、手榴弾の爆発や、梱包爆薬による爆破、機関銃から放たれる曳光弾の軌跡が見える。


「確かに象徴ではある。価値はあるだろう。だが、私には理解できない。ひとつの、ただの人工物に執着するなど。せめて、それが意志疎通の取れる生き物であったならば、まだ理解できる。だが、相手は物言わぬ石の塊ではないか」


 ラインハルトは口では魔都ヘルヘイムの重要性を語り、それを奪還することの重要性を訴えたが、彼は理解はしていなかった。魔都ヘルヘイムの本当の価値というものを。


「首都が陥落した。それは大きな打撃だ。嘆くべきことだ。首都の喪失というのは政治中枢の喪失を意味する。だが、あの時、既に魔王軍は魔王を失い、政治機能もマヒしていたではないか。それがそこまでの打撃になるものか?」


 四天王はラインハルトを残して全滅。枢密院も議員が出撃して戦死。魔王ジークフリートもガブリエルに殺された。あの末期の魔王軍は政治機能が機能していなかった。


 六ヵ国連合軍は魔王軍と講和するなどということを考えていなかった。彼らは魔王ジークフリートが無思慮に広げた戦争に巻き込まれたのであって、自分たちがどう戦争を終わらせるかなど考えていられなかった。


 お互いに終着点の見えない戦争を戦い、その結果として魔王軍は崩壊した。


 いや、完全に崩壊していれば問題は複雑にならなかっただろう。だが、魔王軍は生き残った。ラインハルトが生き残りを束ね、クルアハンの穴倉で戦力を蓄えた。


 そして、今まさに魔都ヘルヘイムを戦火に燃やしている。


 六ヵ国連合軍も魔都ヘルヘイムを落としておけば戦争は終わると思っただろう。魔族たちの精神的な支柱をへし折り、抵抗する気力を失わせたと思っただろう。


 そうはならなかった。ラインハルトの戦争を求める心が魔都ヘルヘイムが陥落した程度で揺らぐものではなかった。


「我々はいつまででも戦い続けられるじゃないか。首都が陥落しようとも人は戦争を続けるものだ。魔族もそうあってしかるべきだ」


「全く以てその通りだね、ラインハルト」


 不意にバルコニーにラインハルト以外の声が響く。


「ラルヴァンダード。あなたも観戦に?」


「そうとも。ボクは君に戦争を続けさせるための力を与えたんだ。それが正しく使われているのかも見学しておかないとね。それに戦争は不幸の結晶だ。そして、言うではないか『他人の不幸は蜜の味』と」


 喪服姿のラルヴァンダードはくすくすと笑うと、バルコニーの手すりに腰かけた。


「再びこの街が戦火に包まれている」


 ラルヴァンダードは語る。


「この街は魔族にとって、とても重要な場所なんだよ。とても、とてもね。かつて、魔王ゲオルギウスはこの地で生を受けた。この地はかつて異端審問が行われていた地でね。ここで大勢が処刑されたんだ。人間は神々を信じている。複数の神を。だけれどね。昔はひとつの神を信じようって動きがあったんだよ」


「ええ。知っていますよ。神々は確かに存在するというのに、その存在を否定し、存在しない架空の神を信じようとしたものたちの愚かな結末も」


「そう、彼らは拷問され、辱められ、そして処刑された。この地は死体で埋め尽くされ、誰も彼らを供養しなかった。背徳者などに供養など必要ないということだったのだろうね。それでもそれが人間にとって命取りになった」


「大量の瘴気。魔王ゲオルギウスの誕生」


「その通りだ。恐ろしい量の瘴気が発生し、偉大なるドラゴンが誕生した。最初に魔王軍を創設した。それは小規模な軍隊だったが、やがて大きくなっていき、その軍隊は魔王ジークフリートに引き継がれた」


 この地で魔王軍は誕生した。


 世界に死と憎しみをまき散らし、破壊の限りを尽くした魔王軍はこの地で生まれたのだ。魔王ゲオルギウスが作った土台を、魔王ジークフリートが完成させた。


「君は歴史の上に立っている。残酷な歴史の上に立っている。人の業が生んだ存在が、人に牙を剥くという喜劇の歴史の上に立っている。笑いたまえよ、ラインハルト。喜劇だ。実に笑えるじゃないか。面白おかしくて、スプラッタで、ブラックだ」


 ラルヴァンダードはそう言ってけらけらと笑いながら手すりの上を歩く。


「流石は地上の営みを演劇のように鑑賞されているお方だ。地上のこの歴史というのは面白いものでしょう。どんな歴史も喜劇的だ。この戦争でさえも喜劇と言える。魔王ジークフリートは何も考えずに戦争を始め、六ヵ国連合軍も何も考えずに戦争に応じた。両者は勝利の条件を決めなかったばかりに、どちらかが絶滅するまでという不可能に近い条件で戦う羽目になった。喜劇だ。まさに喜劇。そんな喜劇のために何百万という魔族と人間が死んだことが喜劇をより際立たせている」


 ラインハルトもくつくつと笑う。


「世の中は喜劇でいっぱい。いつでもどこでも面白おかしなことが起きている。だけれど、いつも笑ってばかりじゃ入れられないんだよ、地上を生きる君たちは。君たちは喜劇の当事者であるが、喜劇というのは見ている人間にとって面白くても演じている人間にとっては面白くないことがある。君はどうかな? 喜劇を楽しんでいるかい?」


「しかり。私は戦争という喜劇を、地上を生きるものの愚かさを楽しんでいる。だが、私の部下は否定するだろう。これは喜劇などではない。魔族の生存をかけた戦いなのだと。それで結構。実に結構。自分で笑ってしまう喜劇の役者は三流だ」


「まさしく。君の部下は喜劇の天才俳優が揃ってる」


 ラルヴァンダードはにやりと笑うと、手すりから飛び降りた。地上の方に向かって。


「ラインハルト大将閣下。バルドゥイーンより報告です。市街地内の六ヵ国連合軍の戦力の包囲に成功したとのこと。これより殲滅戦に移る、と言っております」


 そのタイミングでアルマが報告にやってきた。


「包囲殲滅戦が滾るね。包囲殲滅戦はなかなか成功しない。だが、この魔都ヘルヘイムでは事情が違った。彼らは都市を知り尽くしている。地下下水道の構造も、何もかもを知り尽くしている。だから、包囲に成功したのだろう。素晴らしいというより他ない」


 偉大なる戦果だとラインハルトは褒めたたえる。


「では、バルドゥイーンに包囲した戦力をただちに殲滅し、野戦に備えるように言いたまえ。次は野戦における勝利を期待するとも。彼ならば、野戦において勝利することも不可能ではないだろう」


「畏まりました、ラインハルト大将閣下」


 そこで一瞬アルマがたじろぐ。


「ラインハルト大将閣下。質問をお許しいただけるでしょうか?」


「構わないよ。何かな?」


「ここに恐ろしい存在がいませんでしたか? 酷く不穏なものを感じます……」


「気のせいだよ、アルマ。万事順調。恐ろしい存在と言えば、我々ではないか」


「失礼しました。では、バルドゥイーンに」


「ああ。頼んだよ」


 アルマが霧化して消える。


「勘のいい子だね、アルマ。だが、あまり勘が良すぎるのも考え物だ」


 ラインハルトはそう言って、市街地戦の続く魔都ヘルヘイムを眺める。


……………………

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