魔都ヘルヘイム市街地戦
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──魔都ヘルヘイム市街地戦
魔王城前庭に砲兵陣地が構築され、魔都ヘルヘイム市街地を射程に収めた。
「諸君。城はもはや我々のものだ。我々は象徴を取り戻した。だが、これで終わりではない。決して終わりなどではない」
ラインハルトが語る。
「戦いはここから始まるのだ。市街地戦を戦い抜き、野戦を戦い抜き、それでもまだ勝利ではない。勝利は我々が全魔王領を奪還し、人間を駆逐し、そして再び魔王ジークフリートの偉業のごとく世界と戦い、勝利してこそだ」
ラインハルトの言葉に魔族たちが聞き入る。
「勝利は遠い。だが、諸君ならば戦い抜けるだろう。私はそう信じている。さあ、今こそ勝利のための第一歩を踏み出そうではないか。我々の勝利のために戦おうではないか」
「勝利を!」
魔族たちが雄叫びを上げる。
「そうだ。勝利を。いざ、前進」
ラインハルトが命じる。
「近衛軍、全軍前進!」
「ガルム戦闘団、全部隊前進!」
「空軍、全飛行隊制空戦闘開始!」
アルマ、バルドゥイーン、マキシミリアンがそれぞれ命令を下す。
そして、全軍が動き出す。
ガルム戦闘団を先頭に近衛軍が動き始め、空軍は上空を飛行する。
「来たぞ! 魔族だ!」
「迎撃準備! 迎撃準備!」
魔王軍が魔王城から出撃するのに、六ヵ国連合軍が迎撃態勢に入る。
「散開して前進。回り込むことを忘れるな」
「了解」
前線の近衛吸血鬼がそう指示を出し、吸血鬼とゴブリンたちが散開する。
機関銃陣地を築いて待ち構えていた六ヵ国連合軍の兵士は呆気にとられた。
真っすぐこっちに向かってくると思った魔族たちは脇に逸れて、いなくなってしまったのだ。最初は吸血鬼の霧化による高速移動かと思われたが、一向に攻め込んでくる様子はない。次第に兵士たちは不安になり始めた。
「白魔術の結界は大丈夫なんだろうな?」
「大丈夫です。維持できています。このままなら──」
その時、突如として従軍魔術師の頭が撃ち抜かれた。
「側面からだと!?」
「後ろからもです! 回り込まれました!」
市街地の複雑な構造を活かした魔王軍による市街地戦が始まった。
六ヵ国連合軍の歩兵は次々に奇襲を受け、陣地が撃破されていく。建物に立て籠もって交戦しようとした部隊も、建物の死角に回り込まれ、そこから手榴弾や梱包爆薬などを投げ込まれて建物ごと撃破される。
ここで活躍したのはガルム戦闘団の工兵中隊であった。
建物や陣地に立て籠もる六ヵ国連合軍の兵士に地下や隠し通路から忍び寄り、工兵用の爆薬で陣地や建物を吹き飛ばす。六ヵ国連合軍は押され、陣地や拠点を失ったかと思えば市街地の中で包囲され、殲滅されて行く。
「被害は最小限。上出来だ」
報告されてくる戦況を見ながら、バルドゥイーンが頷く。
「しかし、思ったより進軍速度が遅い。被害を出すなという命令が響いたか?」
被害を絶対に出すなとはバルドゥイーンは命令しなかったが、被害を抑えて前進しろとは命じていた。それが指揮官の判断に響いたのか、ガルム戦闘団の将兵は慎重に、慎重に、戦局を進めている。
これはあまりいい兆候ではない。
ラインハルトも言っていたが、兵は神速を貴ぶという。速度は武器だ。戦略においても、戦術においてもそれは変わらない。
確かに慎重な前進は犠牲を少なくするように見える。だが、敵に再結集や陣地構築の機会を与え、結局は犠牲を出すことになりかねないのだ。
それに今回は市街地戦のみの勝利ではなく、その後の野戦における勝利も求められている。こちらが慎重に前進するあまり、敵が撤退し、野戦で陣地を作られたりすれば、せっかくの有利な市街地での戦闘で打撃を与えることを逃すことになる。
それはあまりいいことではなかった。
せっかく自分たちに有利な戦場が与えられているのに、それを逃すべきではない。野戦で負ける気はないが、それでも今のうちから旅団規模の部隊の指揮に慣れておかなければ。これからどのような困難が待ち構えているのか分からないのだ。
そう、いつまでもベネディクタやヴェンデル、アルマの力には頼れない。戦線が拡大すれば、彼女たちも分散する。そうなれば、彼女たちの呪血魔術で敵軍を撃破、などという近衛吸血鬼の長所を活かした戦術は使えなくなる。
今生まれた近衛吸血鬼たちは若すぎて、とてもではないが、呪血魔術などが使える状況にない。せいぜい、吸血鬼より強力な吸血鬼という位置づけだ。全く別の戦力としてカウントするには50年は待たなければならない。
「アルマがもっと戦力の回収を……。いや、いかんな。人のせいにしては」
どうせ、生き残っているのは大戦末期に乱造された近衛吸血鬼だ。呪血魔術が使えるほどの近衛吸血鬼はもはや片手で数えられる。ベネディクタ、ヴェンデル、アルマ、そしてバルドゥイーン。
これからどこかに生き残りがいることを期待したいところだが、呪血魔術が使えるレベルの近衛吸血鬼は率先して戦い、そして死んでいった。戦いに身を投じ、それが無謀であろうとも戦い続け、そして討ち取られた。
ああ。私は生き延びてしまったのだなとバルドゥイーンは思う。
無様にも生き残り、そして今も戦っている。
だが、それこそが魔王最終指令ならば、それに従うのみだ。
「准将閣下。現在、2個歩兵大隊が西部一帯を制圧しました。報告によれば、人間どもの軍隊は撤退を開始しているとのことです。抵抗は軽微にしてこのまま進めると大隊を管轄する連隊司令官は言っていますが、どうなさいますか?」
「許可する。迅速に出口を塞げ。人間どもを魔都ヘルヘイム市街地の外に出すな。ラインハルト大将閣下は仰られた。人間どもの血で魔都ヘルヘイムを彩ろうと。たとえ、それが比喩表現であったとしても我々はそれに近い結果を出さなければならない」
バルドゥイーンが語る。
「人間どもを逃がすな。市街地に閉じ込めて圧殺しろ。1個小隊ずつ、1個中隊ずつ、1個大隊ずつ、1個連隊ずつ、血祭りにあげてやれ」
「了解しました、准将閣下」
西部陥落、ということは連隊司令官同士で戦果を争っているもう一方の連隊が東部を制圧するのも時間の問題だろう。西部と東部という外縁から市街地を制圧していき、最終的には市街地の出口である城門を押さえ、人間を市街地に封じ込める。
市街地戦は地の利があるとして、野戦は難しい。野戦というのは司令官の才能が明確に反映される。市街地戦や山岳戦などが迷路のようなパズルだとすれば、野戦は白紙の画用紙の何を描くかの勝負だ。
正直なところ、ついこの間までは連隊司令官に過ぎず、その連隊も完全充足されていなかった状況で戦っていたバルドゥイーンは己の指揮に自信がない。
今は准将として部隊を指揮する立場なれど、それは功績で昇進したというよりも、他に人材がいなかったからという消去法であった。そう、バルドゥイーンは思っている。
今の魔王軍は深刻な人材不足だ。特に士官が足りない。
確かに近衛吸血鬼も吸血鬼も生み出された瞬間から強力な存在だ。だが、彼らは己のみで戦うことを本能で知っていても、部隊を率いて戦うことは学ばなければならない。そして、今の状況でそれを学ぶとすれば実戦以外に他ないのだ。
まさに大戦末期の状態の繰り返しだ。
近衛吸血鬼や吸血鬼が生み出されてはまともな士官教育もなしも送り出され、とにかく穴を埋めようとする。士官教育とキチンと受けていないのだから、ちゃんとした指揮が取れないのは当然で、部隊同士の連携も、戦略目標に沿った戦術的行動もできずに、逆にベテランの士官で占められるようになった六ヵ国連合軍に撃破される。
「だが、我々は負けはしない。二度も負けてたまるものか」
バルドゥイーンは決意を滲ませて、地図を睨んだ。
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