魔都ヘルヘイム奪還作戦
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──魔都ヘルヘイム奪還作戦
魔都ヘルヘイムが陥落したとき、魔族たちは泣き崩れそうになった。
誰もが自分たちの敗北を知り、偉大なる時代が終わったことを知った。
だが、それは間違いだった。
魔王軍は今、魔都ヘルヘイムを奪還するための作戦を進めてるのだ。
「ガルム戦闘団が戦いの主力になることは間違いない」
ラインハルトは地図の上にガルム戦闘団の駒を乗せる。
「戦いは熾烈を極めるだろう。ヴェンデルのポータルによって我々は魔王城のその中に転移する。今、魔王城は魔王領占領軍司令部になっているそうだ。それならば奇襲の効果は絶大だろう。混乱は一気に広がるに違いない」
魔都ヘルヘイムの中央に位置する魔王城は今は六ヵ国連合軍の司令部として利用されていた。彼らはここにはもう魔族は戻ってこないと驕り高ぶっているのだ。
「司令部を制圧したのちはヴェンデルのポータルをずらし、魔王城の前庭に展開する。砲兵はただちに陣地を構築し、歩兵の支援に当たるよう。歩兵は一気に市街地を制圧していきたまえ。幸いにして我々には土地勘がある」
魔都ヘルへイルムのことならば魔族たちがもっともよく知っている。各所に設けられた地下通路や狭い路地などの通路が複雑に入り組んだ市街地。魔都ヘルヘイムは計画都市だ。だが、それは経済的・政治的に計画された都市ではなく、軍事的に計画された都市であるのだ。
非常時には魔都ヘルヘイムは魔王城を含めて全てが戦場になることを想定している。そうなるはずだったのだ。魔都ヘルヘイムにフランク共和国第1共和国親衛師団“シャルルマーニュ”が突撃したとき、市街地戦は地獄のように繰り広げられるはずだった。
だが、そうはならなかった。
ラインハルトの早急な撤退により、魔都ヘルヘイムは放棄された。いくつもの軍事的な計算で作られた都市の構造も何の役にも立たなかった。第1共和国親衛師団“シャルルマーニュ”は血を流すことなく、魔都ヘルヘイムを制圧した。
しかしながら、今回はそうではない。
今回は占領軍を相手に都市の構造を最大限活かした攻撃を仕掛ける。市街地戦を仕掛ける。恐らくは占領軍である2個師団は地獄を見ることだろう。魔族の人間を憎む思いが、あの都市には詰め込まれているのだ。
「市街地戦は我々にとって有利に進むだろう。問題は魔都ヘルヘイムから人間どもを駆逐した後だ。魔都ヘルヘイムを奪った後、我々はそれを防衛しなければならない。当然ながら、人間たちは奪還を試みるだろう。今ある戦力で」
六ヵ国連合軍2個師団の駒が魔都ヘルヘイムの外に置かれる。
「ガルム戦闘団をいつまでも魔都ヘルヘイムに釘付けにはできない。この戦力はもっと流動的に運用するためのものだ。なので、我々は一度魔都ヘルヘイムの外に出て、野戦において六ヵ国連合軍の占領軍と決戦に挑む」
ガルム戦闘団を示す駒も魔都ヘルヘイムの外に出る。
「決戦の勝敗は向こうの指揮官次第だ。無論、君たち近衛軍と精鋭の空軍がいるならば勝利はできるだろう。だが、苦い勝利というものもある。損害が大きすぎる勝利は勝利と呼べない。我々の将兵は少ない。かつてほどの規模にまでは軍は回復していない。であるならば、ゴブリンの1体だろうと慎重に運用するべきだ」
ラインハルトはそう言って幹部たちを見渡す。
「アルマ。バルドゥイーン。決して近衛吸血鬼の強さに驕ってはならない。人間たちは確かに近衛吸血鬼に比べれば弱い存在だろう。だが、彼らは戦争に勝った。少なくとも戦争に勝ったと宣言していいような状況にはなった。我々は負けたのだ。彼らは我々を殺すための手段をずっと、ずっと開発し続けてきた。甘く見てはならないよ」
「畏まりました、ラインハルト大将閣下」
アルマとバルドゥイーンが頷く。
「マキシミリアン。君たち空軍は航空優勢の確保に全力を挙げてくれたまえ。地上支援という泥臭い仕事は、今はしなくていい。敵のフレスベルグさえ押さえてくれれば、それで十分だ。君たちに期待していないわけではない。むしろ、過度な期待をしているのかもしれない。魔都ヘルヘイムに向けられる敵のフレスベルグの数は不明なのだから」
マキシミリアンの空軍が有する戦力はたったの2個飛行隊54体。たったのそれっぽっちだ。それに対する六ヵ国連合軍の空軍戦力はその数百倍はあるだろう。
もちろん、ラインハルトは無理を言っているわけではない。彼は無理難題を押し付けられる大戦末期の戦いを存分に楽しんだが、今はそれが許されるべき時ではないことぐらいわかっている。
今は盛り返さなければならないのだ。
戦力を整えなおし、支配地域を拡大し、再び巨大な軍勢を率いて世界に戦いを挑むのだ。いつまでもクルアハンの穴倉でくすぶっていては戦争を味わえたとは言えない。
再び世界を相手に戦争をする。それこそが今のラインハルトの目的だった。
その結果がどうであれ『戦い続けろ』という魔王最終指令は守られる。
「魔都ヘルヘイムは我々の誇りだった。我々の精神的支柱だった。我々の象徴だった。人間どもの薄汚い手から、我々の誇るべき都を取り戻そうではないか。全軍全将兵が全力を以てしてことに当たれば不可能ではない。決して不可能などではない」
しかしながら、無血で勝利を得るというのは難しいだろう。
魔都ヘルヘイムは広大だ。かなりの広さを有する。
だが、2個師団もの戦力が駐留するには手狭だ。つまりは六ヵ国連合軍は魔都ヘルヘイムだけは奪われまいと過剰戦力を貼り付けているのである。
市街地戦で地の利のある魔族たちは優位に立つだろう。だが、火力で勝っているのは六ヵ国連合軍の方だ。彼らの砲兵の規模は1個師団につき、1個連隊。ガルム戦闘団は1個旅団に2個大隊の砲兵。つまりシンプルな火力差は3対1だ。
砲兵は戦場の王である。砲兵によって戦争の勝敗は決まるとすら言われる。しかも、現代の砲兵は間接照準射撃が当り前で、砲兵は後方から刻印弾を雨あられと降り注がせてくる。いくら近衛吸血鬼が強力でも塹壕に飛び込まなければ死が待ってる。
敵の砲兵を潰すのに最適なのは砲兵陣地そのものへの殴り込みだが、今回の作戦でそれが成功する見込みは薄い。何せ、敵の砲兵陣地は魔都ヘルヘイムの外にあり、市街地戦を繰り広げて市街地を抜けなければたどり着けないのだ。
だが、そこはバルドゥイーンの指揮次第だ。
少数の吸血鬼を霧化させて戦線後方に送り込み、先に砲兵を叩いておく。あるいは観測班を見つけ出し、優先的に排除する。
間接照準射撃は前線で着弾を観測する部隊がいなければ成り立たない。これが重要だ。先の大戦では観測地点の奪い合いに10万人近い犠牲者が出た戦いもある。それだけ戦場を見渡せる環境というのは重要だ。
今回もその場所の取り合いになるだろう。市街地戦において砲兵は王だ。市街地戦において非常に面倒な敵の狙撃手を叩き潰すのにもっとも手っ取り早い方法は、砲兵で吹き飛ばしてしまうことなのだから。
「では、諸君。戦争を、闘争を、戦いを、人殺しをしよう。我々の長い長い魔王軍再建の旅路はまだ始まったばかりだが、我々が得るだろう勝利によって大きく進むことは間違いない。今の我々が従うのは魔王最終指令のみ。すなわち『戦い続けろ』だ」
ラインハルトが立ち上がり、幹部たちが全員立ち上がる。
「我々に勝利を。君たちが味わう人間どもの真紅の血が勝利の美酒とならんことを」
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