破局に至る道
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──破局に至る道
1体が2体に。2体が4体に。4体が8体に。8体が16体に。そうして指数関数的に魔王軍の魔族は増え続ける。
そして、決壊地点を越えた時点で人間の生存圏に攻め込んでくる。
数多の近衛吸血鬼という悪夢を引き連れて。
「ですが、それで生み出されるのは魔族だけです。武器弾薬は生まれない。技術格差が開いていけば、魔王軍とて脅威ではなくなるはずです。いくら数が多くとも機関銃の射撃を受ければ、バタバタと魔王軍は倒れるでしょう」
「装備がなくとも近衛吸血鬼は呪血魔術を使う。そして、奪った武器を解析し、人間を奴隷にして、装備を整え始めるだろう。そして魔王ジークフリートが現代的な軍隊を組織して、人間のそれに匹敵する装備を整えるのに何年かかった? ほんの4、5年だぞ」
ラマルク博士が語る。
「奴らは模倣する生き物だ。高度な知性を持った生き物だ。イナゴの発生とは次元が違う。奴らは人の武器を使い、自分たちで製造し、軍隊を指揮する。今の魔王軍が完膚なきまでに殲滅されていればまだ時間的余裕はあっただろうが」
「だが、魔王軍は生き残りがいる。それも四天王のラインハルトが生きている。罪人たちの罪は未だ許されず、彼らは救済から遠ざかっている。認めがたいことです。私が軍に入ったのはこの共和国は当然として、神々のために奉仕するためです。神々は我々を試し、罪人の罪を許すべきだと促しているのです」
「魔族救済論か。私はどうにもその理屈には納得できないが。魔族は宗教的な存在ではない。そもそも私は宗教を信じない。魔族は自然科学的“現象”の“結果”だ。瘴気の理論についても既に解明が進んでいる。我々の精神体の腐敗が招く、一種の精神体災害。それが瘴気だ。精神体は残骸であっても意志を持っている。そして、負の感情が大きければ大きいほど精神体は強力な残骸を残す」
ガブリエルの言葉をラマルク博士は否定する。
「魔族に備わっている人間への憎悪の感情。あれは精神体の残骸に刻まれた人間に記憶の発露だ。憎悪の感情、恐怖の感情、憤怒の感情。そういう精神の集まりが形を取ったのが、魔族である。そうであるが故に、連中は人間に対して怒りを抱いているし、知性を有している。元は人間の精神から生まれたのだから当然だ」
「そうでしょうか?」
「そうなのだよ、大佐。教会で何を教えられてきたか知らんが、今はこの学説が一般的だ。罪人の転生体。殺されることで救わる。そうとでも思っていなければやっていけないのは分かるがね」
ガブリエルはラマルク博士の言葉に肯定も否定もしなかった。
「そして、だ。魔族を形成する瘴気は魔族自身の負の感情によって増幅される。たとえ、1体の近衛吸血鬼を師団の損耗の末に倒したとしても、瘴気を白魔術で中和しなければ、また蘇る可能性があるのだ。何という悪夢だろうか!」
「で、では、どうやって押さえてきたというのですか、我々は?」
「白魔術に頼ってきた。今まではそうだ。だが、私が理想的な解決策を生み出した。そうだ。これこそが解決策! これこそが最良の選択! 戦場と言う地獄から生まれるのが当然の瘴気を断ち切る刃! それこそがガブリエル大佐の持っている人工聖剣“デュランダルMK3”なのだ!」
ラマルク博士はそう言ってガブリエルが腰に帯びている人工聖剣“デュランダルMK3”を指示した。
「これにそのような力が……」
「ええ。シンプルに強力な力であると同時に、瘴気の発生を断ち切るのが、これなのですよ。だからこそ、魔族の方々は救われたのです。もう再び地上に落ちることなく、神々によって天に召され、その罪は許されたのです」
ガブリエルが穏やかな笑顔で人工聖剣“デュランダルMK3”を示す。
「開発には長い苦労があった……。MK1は単なる人食い剣だった。あれのせいで50名は死んだ。私も危うく食い殺されるところだった。MK2も燃費の問題が解決できず、使用者の精神に不可逆的悪影響を与えるものだった。そして、このMK3だが、これでも完成とは言わない。使用者は限定される。どういうわけか不適合者は変死するのだから」
「それで私が選ばれた、というわけなのですよね」
「私としては子供を戦争に動員するのには反対したかったがね。だが、どうしようもないのだ。クルーガー=ローウェル・テストで一定の点数を示さなければ、結局のところ、人々を救うはずの人工聖剣に殺されるのだから」
やれやれというようにラマルク博士は肩をすくめた。
「それで、だ。ガブリエル大佐! “ラマルク・カスケード”の危険性を軍部に訴えてはくれないか! 私が聞いている範囲では既に魔王軍は“ラマルク・カスケード”が起きる条件を満たしている! このままでは第二の大戦が起きてしまうぞ!」
「私もそれを憂慮し、ド・ゴール元帥を通じて政府と軍に働きかけようとしています。ド・ゴール元帥は今のところ、軍で唯一“ラマルク・カスケード”の危険性を理解している方ですから。ですが、軍が動くのはどうにも手遅れになってからになりそうです」
ガブリエルはそう言って、アルセーヌに視線を向ける。
「はっ。ド・ゴール元帥閣下は主戦派──と呼ぶべきかは分かりませんが、魔王軍との戦闘継続と部隊の増派を訴えています。共和国親衛師団を中心に20個師団の大幅な増派を、と。ですが、残り3人の元帥は前向きではありません。戦争は既に終わり、動員を解かなければ、他国に不信感を与えると」
「何と情けない! 魔王軍の脅威は実在のものだぞ! それが他国への配慮? これまで肩を並べて戦ってきた戦友たちが我々を疑うというのか!?」
「他の国家が動員を解除せず、我々だけが動員を維持していれば、何かしらの野心を疑われてもおかしくはないと思われています。特にドナウ三重帝国とは領土的な問題を今も抱えていますから……」
「何たる体たらく! 何たる愚かさ! 人間同士は会話による交渉ができるが、魔族とはそのようなことは不可能なのだぞ!? 今すぐにでも10個師団という小規模な部隊ではなく、最低でも50個師団以上の軍を派遣しなければ、“ラマルク・カスケード”は……」
そこで電話のベルが鳴り響いた。
「なんだ! こんな時に!」
ラマルク博士は電話を取る。
「はい、ラマルクだ。ああ。彼女はここにいるが……。なっ……。分かった。すぐに伝えよう。ああ、すぐにだ」
ラマルク博士は慌てた様子で電話を切る。
「ド・ゴール元帥の副官から電話があった。魔王軍が魔都ヘルヘイムへの攻撃を開始したそうだ。ガブリエル大佐にすぐに参謀本部に来てほしいと」
「了解しました。直ちに。アルセーヌ大尉」
ガブリエルはすぐに研究室を出ていく。
「アルセーヌ君と言ったな?」
「はい。自分に何か?」
「ガブリエル大佐には注意してくれ。人工聖剣“デュランダルMK3”は欠陥品だ。何故ならば共同開発者であるドナウ三重帝国のアレクシス・アルデルト博士は、研究資料を全て燃やし、自分の胸に試作品の“デュランダルMK3”を突き立てて自殺した。私にもどうしてあれが人工聖剣として機能しているのか分からないのだ」
「それは……」
「無責任だと言いたい気持ちは分かる。だが、我々には人工聖剣が必要で、原理不明でもそれを扱える人間がいた。全てが揃ってしまったのだ」
ラマルク博士の声色には後悔の色が滲み出ていた。
「分かりました。ガブリエル大佐には十分に注意を」
「頼む」
アルセーヌはまだ一体何が起きているのか理解できなかった。
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