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勇者と学者

……………………


 ──勇者と学者



 ガブリエル・ジラルディエール大佐は無事にその多大なる功績から、共和国軍団最高栄誉勲章を大統領より直接授与された。


 ガブリエルはその場ではただ微笑んで勲章を受け取り、『これからも共和国と共和国市民が信じる神々のために戦う』という旨のスピーチをした。彼女の演説はシンプルで、ライターが書いたものではない。飾り気のない、純粋無垢を体現した少女の言葉というのは、民衆にはよく響いた。


 彼女をフランク共和国大統領に! という運動も盛り上が多ったが、彼女は演説の中で、自分はあくまで軍人として国家と神々に奉仕するとしていた。


 それは副官のアルセーヌ・アルグー大尉から念を押されたことであった。ここで政治家たちを刺激したりしてはならない。軍人としての知識と経験しかないならば、それ以外のことに手を伸ばすのは止めた方がいいと言われていたのだ。


 彼女もそれが正しいと理解した。


 ガブリエルは軍人だ。14歳の時に軍が幅広く行った適性試験に合格し、特殊な訓練課程の下、17歳まで軍人として育てられた。魔王軍との戦局は、魔王軍の破局に向けて近づきつつあった3年間だ。


 ガブリエルの存在は魔王軍にとって凶事であった。


 ガブリエルさえいなければ、戦線はもう10年は持ったかもしれない。


 だが、“剣の死神”の名は伊達ではなかった。


 たったひとりの個人が戦線を動かす。将軍が兵士を駒にして戦線を動かすのではなく、兵士自らが道を切り開き、敵を殲滅し、敵の戦線を崩壊させるのだ。


「祝賀会のチーズケーキ。とても美味しかったですね!」


「大佐。自分は出席していないので分かりかねます」


「そうでした! お土産をもらうのを忘れてしまいました。ごめんなさい」


「いいえ。大佐が無事に勲章を授与されただけで十分です」


 本当に無事に授与されてよかったとアルセーヌは思っている。


 うっかり軍のお偉方の前で軍の今の方針は間違っているなどと言った日にはどうなることか。それに今の保守政権の方針でもあるのだ。魔王領からの撤退というのは。


 それは別に考えなしに行われたものではない。少なくとも魔王軍が今後半世紀に及んで無力であるという結論から得られたものだった。


 魔王軍のもっとも瘴気を消費する近衛吸血鬼、人狼、ドラゴンの3種族は壊滅的打撃を被った。ドラゴンたちはこうしている間にも殺されているし、近衛吸血鬼は散発的に攻撃を仕掛けてくるのみとなった。


 六ヵ国連合軍がこの戦争の最終目標を決めていなかったのは事実だが、フランク共和国は魔王軍の無力化を以てして、戦争終結とすることにした。他の国家もそれに倣い、戦争終結を宣言している。


 今の魔王軍は魔王ジークフリートが統治していた時代のように人間の国家に手出しできる状況にない。軍上層部と政府の意見はそれで一致した。


 そして、少なくとも半世紀はその状態が続き、半世紀後にはこちらの技術力が魔王軍を大幅に引き離し、仮に攻め込まれたとしても、この戦争のように大戦争にはならないだろうとの見込みがあった。


 何もただの楽観的観測ではない。魔王軍の低調な動きと開いていく技術格差は現実のものだし、軍人も、軍事学者も、経済学者も、比較文化学者も同意した結論だ。いくつものシミュレーションが行われたが、魔王軍はあの魔王領という汚れた土地から出ることはできなくなる。


 そもそも魔王軍そのものを完全に殲滅してしまおうという過激な意見は取り上げるに値しない。それはこれまでの魔王軍の成り立ちを無視しているからだ。


 魔族は瘴気から生まれ、もっとも強い魔族の下に集い、魔王軍を結集する。そして、瘴気とは人間同士の戦争でも生まれるのだ。この世から瘴気を完全になくすことはできない。ただ、今は中和する技術として白魔術が使われているだけだ。


 瘴気を一切発生させないという手段は開発されていない。


 つまり、人が人として営みを続ける限り、魔王軍は生まれる。


 そうであるならば、魔王軍の完全な殲滅など夢物語だという考えも否定できないだろう。人間が絶対に戦争を起こさず、そして死者の埋葬が適切に行われるならば可能だろうが、そんなことは不可能だ。


 魔王領の支配は放棄する。いずれ、魔王軍の残党の有無に関係なく、全軍を撤兵させる。その方針で政府と軍の見解は一致している。


 だが、ガブリエルは納得していない。


 ガブリエルは魔王軍は半世紀も待ってはくれないと考えている。技術格差が開くというのもあり得ないと考えていた。魔王軍がただの魔族の寄り合い所帯から組織された軍隊へと変貌し、人間と同じ武器を使うまで何年かかったのか思い出すべきだと。


 それはとても短期間で成し遂げられた。とても、とても、短い間に。


「さて、では行きましょうか?」


「はっ。王立コルベール研究所ですね」


「ええ。そこで会いたい人がいます」


 アルセーヌは誰に会うとは教えられていない。アポイントメントはガブリエルが直接取っていた。だが、政治的な話題を扱うわけではないということは分かっていた。王立コルベール研究所は自然科学について研究している研究所だ。


 天文学から生物学まで。様々な学問の研究が盛んにおこなわれている。


 アルセーヌとガブリエルは馬車で研究所に向かい、ガブリエルの先導で研究所を進んでいく。研究所は片付けの出来ない人間が多いのか、廊下ですら実験機材や書籍の山が積み上げられて、うっかりすると大惨事を引き起こしてしまいそうだった。


「どなたに会われるんですか?」


「ラザール・ラマルク博士です」


 ガブリエルはそうとだけ言って研究室の手前で止まりドアをノックした。


「ガブリエルか?」


「そうです、ドクター・ラマルク」


「入っていいぞ」


 仮にも救国の英雄に軽すぎると思うのだが、ガブリエルは気にした様子がない。


「ドクター・ラマルク。お久しぶりです」


 研究室の中にいたのは頭髪の薄くなった老齢の男性がいた。ふっさりとした口髭を蓄え、薄汚れた白衣を纏っている。研究室の中はカオスで、何を書いたのか分からない図が黒板に殴り書きされており、いくつものグラフ図が留めてある。


「ガブリエル。無事だったようだな。戦い抜いたのだな」


「ええ。戦い抜きました。ですが、戦いはまだ終わっていません」


「“ラマルク・カスケード”。その理論はほぼ実証段階に入っている」


 ガブリエルが述べるのに、ラマルク博士が頷く。


「“ラマルク・カスケード”?」


「魔王軍の大量増殖の危険性を示唆する学説」


 ガブリエルがそう言う。


「そうだ。魔王軍は大量に増殖する危険がある。この今の段階においても」


 ラマルク博士が語る。


「通常の1個師団が壊滅すれば、大量の瘴気が生まれる。近衛吸血鬼ならば1体で1個師団を壊滅させられる。そして、1個師団の死体の瘴気は近衛吸血鬼を2体生み出せる。そして、次は2個師団が壊滅し、近衛吸血鬼4体か生まれる。そのまま連鎖反応は連続していき、魔族は爆発的に増加するのだ」


「しかし、これまでの戦争で魔王軍は壊滅し……」


「壊滅しかかった、だ。壊滅はしていない。“ラマルク・カスケード”は少しの火種さえあれば起こり得る。人間が完全に魔王軍との交戦を避けるのも不可能であるし、近衛吸血鬼の破壊力は半端なものではない。今、魔王領に駐屯している部隊が全滅ないし、半壊すれば、“ラマルク・カスケード”は開始される!」


 ラマルク博士はそう言って黒板のグラフを指さした。


……………………

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新連載連載中です! 「人形戦記、あるいはその人形は戦火の中に魂を求めるのか」 応援よろしくおねがいします!
― 新着の感想 ―
[一言] ラマルク・カスケードという言葉の連呼 ラマルク博士、自分の名前好きすぎである
[一言] ちゃんとガブリエル以外にも危機感を持ってる人はいるんだなあ
[良い点] 文章も読みやすいし、戦争そのものが魔法のキッカケという発想がスゴイです。 [気になる点] 「その」が多めの文章があったのが、気になりました。 [一言] なにより一話目から想定外で、続きが気…
2021/11/19 20:35 退会済み
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