次の獲物は──
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──次の獲物は──
魔王軍の大部隊が魔王軍造兵廠を襲撃し、物資を奪ったという知らせは六ヵ国連合軍に衝撃を与えた。
与えたが、何の対策も取られなかった。
いや、対策なら一応取られた。撤退予定だった2個師団の撤退を延期し、魔王領に残すことになったのだ。それでも応援の増派や再動員などの措置は取られなかった。
これが分かっただけでも大きな戦果だが、さらに魔王軍造兵廠からもたらされた膨大な瘴気によって魔王軍が一気に増強された。
ドラゴン2体、近衛吸血鬼6体、吸血鬼18体とオークとゴブリンが増やされ、魔王軍は新たに近衛軍の傘下にガルム戦闘団以外の大隊を保有することになった。
この大隊は機動的に運用し、ベネディクタが今も行っているゲリラ戦や、ガルム戦闘団の増強などに使われることになった。
いずれにせよ、魔王軍は増強されつつある。
死体穴の瘴気も濃さを増しており、またドラゴンが生み出せそうであった。
だが、この程度の戦果ではラインハルトは満足しなかった。
「もっと大きな獲物を狙おう」
また主要幹部3名を集めた場でラインハルトがそう言う。
「また砦などを?」
「いいや。いいや。どうせ奪っても維持にコストがかかるだけの砦など襲わないよ。我々が襲うのはひとつだ。魔都ヘルヘイム、だ」
ラインハルトがそう述べるのに3名が硬直した。
「しかし、六ヵ国連合軍の反応が……」
「彼らは何もしない。何もしないよ。心配する必要はないんだ」
ラインハルトがくつくつと笑う。
「勝利を味わった兵士はもう戦えない。『勝利したのにどうしてまた苦しむ必要があるんだ?』と、そう考えるからだ。市民はこれまで戦時経済を強いられてきた。贅沢品は禁止され、食料すらも配給制だった。それがようやく終わるとなれば、人々は大いに喜ぶだろう。叫ぶのだ。『ああ。戦争は終わった。苦難の時代は過ぎ去ったのだ』と」
ラインハルトは語る。
「それがいきなり帳消しになったら? 暴動だ。六ヵ国連合軍の国々は既に勝利を宣言した。兵士たちは故郷に凱旋している。帳消しにするのは、とても難しい。そして、今回の対応で分かった」
ラインハルトは魔王軍造兵廠にあった六ヵ国連合軍の駒を取り除く。
「六ヵ国連合軍は勝利を撤回しない。再派兵も、再動員もしない。彼らは我々ではなく、国民を恐れている。国民がまた戦時体制になったことで、暴動を起こすのではないかと。故に再派兵は再動員は、致命的な状態になるまで先延ばしだ」
「そう、なのですか……?」
「そうなのだよ、バルドゥイーン。我々には想像もできないだろう。民衆を恐れて軍が戦争を行えないなどとは。そもそも、我々は国家や国民という概念を持たない。我々は軍だ。軍事組織だ。そこに国民はいないし、国家としての体裁をなさない」
魔王軍はその名の通り、魔王の率いる軍だ。
魔王国ではない。
軍事司令官として魔王が存在し、その下にいるのは国民ではなく、魔王から延びる指揮系統に属する兵士たちだ。
故に魔王軍の魔族たちは理解できていない。他の国々の仕組みについて。政府が国民によって選ばれるなど想像もできない。国民の意見を政策に反映させなければならない人間たちは魔族たちには理解不能な世界に暮らすものたちだ。
だから、ラインハルトの言うことも理解できていない。言葉の意味としては理解できるが、そこの含まれている深い意味について理解できないのだ。
「心配する必要はない。私は敗北するつもりはないし、戦いを止めるつもりもこれっぽちもない。我々は戦い続けるし、人間たちとは敵対し続ける。我々は勝利を宣言して、戦争を終わらせたりなどしない。戦争へ、戦争へ、戦争へ。ただただ戦争に向かう」
ラインハルトは青いガルム戦闘団を示す駒を持ち上げて進める。
「次の目標は我々の神聖なる場所だ。我々の精神的支柱だ」
そして駒が進んだ先を見て、アルマたちが息をのんだ。
「我々は魔都ヘルヘイムを奪還する」
駒は魔都ヘルヘイムに置かれた。魔族たちにとって聖地ともいえる大地に。
「今の戦力でそのようなことが可能なのか? と、そう思っているだろう。不可能ではない。夢物語でもない。魔都ヘルヘイムを守るのは僅かに2個歩兵師団。既に1個師団を打倒したガルム戦闘団と各地ゲリラ戦で数個師団を屠ったベネディクタたちを加えれば、奪還は可能だ。だが、君たちはさらに疑問を感じるだろう」
ラインハルトが続ける。
「『奪還したとして維持できるか?』と。私は答えよう。維持できる、と。六ヵ国連合軍に奪還された魔都ヘルヘイムを奪い返す力はない。彼は必要最小限の戦力を広く、薄く、この広大な魔王領に展開している。もし、彼らが戦力を増派せず、魔都ヘルヘイムを奪還しようとするならば──」
ラインハルトは地図の魔都ヘルヘイムの地点を掴みゆっくりと摘まみ上げていく。地図からボロボロと駒が落ち、滅茶苦茶になる。
「こういうことになる。戦力不足で各地で抑え込んでいる魔族たちが蜂起し、大混乱が起きるだろう。それを恐れるが故に六ヵ国連合軍の魔王領占領軍の司令官は、魔都ヘルヘイム奪還のだめの戦力を抽出できない、というわけだ」
アルマたちが零れ落ちた駒を見つめる。それは六ヵ国連合軍魔王領占領軍の将来を案じているかのような光景であった。
「しかし、これまでゲリラ戦で撃破してきた戦力は?」
「そう、それこそが六ヵ国連合軍の機動戦力だった。各地で流動的に運用できる戦力だった。だが、その戦力は流動的に運用された結果、ベネディクタたちによって殲滅された。今では死体穴で瘴気を生み出している」
アルマが尋ねるとラインハルトはそう答える。
「思い出すだろう。大戦末期を。各地で戦力が不足し、戦力を抽出すればそこの戦力が不足し、突破される。僅かに1個小隊で軍団規模の波状攻撃に耐えろと言われた日々のことを。あれを今度は六ヵ国連合軍が味わうわけだよ。愉快じゃあないか」
屈辱の日々が思い出される。
次々に全滅する友軍。足りない戦力。包囲され、殲滅される部隊。後退していく戦線。街道を壊走していく戦友たち。
あれを人間たちに味わわせてやれるならば、喜んでそうするだろう。
しかし、あの魔都ヘルヘイムでの魔王最終指令が発令された日。
あの時はもうあの場所に戻ることはないだろうと誰もが思っていた。自分たちは敗北し、敵に首都を奪われ、再起することはできないと思っていた。これからただただ戦うという悪あがき染みた行為を行うものだとばかり思っていた。
それが既に魔都ヘルヘイム奪還が視野に入ってきているという。
にわかには信じられないことだった。
「君たちは奪い返したくないのか? あの荘厳な都を。魔術によって常に夜のような暗闇に包まれ、僅かな輝きがあの偉大な城塞である魔王城を映し出す。魔王ゲオルギウスの時代から建設が始まり、戦争中に人間の奴隷を使って完成した、あの我々の都を奪い返したくはないのか? それを取り戻ために戦いたいとは思わないのか?」
ラインハルトは立ち上がって、幹部たちを見渡す。
「諸君らの戦意は尽きてしまったのか? この汚泥のような日々の中で戦意すら失ってしまったというのか? 魔王ジークフリートは世界を相手に戦争をし、猛々しく散ったではないか。我々が相手にしようとしているのは世界ですらない。たったひとつの都市だ。たったの2個師団だ。それでも諸君は戦えないというのか?」
ラインハルトが問いかける。
「いいえ。戦えます、ラインハルト大将閣下!」
「我々も戦えます、大将閣下!」
「我々空軍もです、大将閣下!」
幹部たちが次々に賛同する。
「よろしい。では、魔都ヘルヘイムを人間の血で彩ろうではないか」
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