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魔王軍造兵廠戦の結果

……………………


 ──魔王軍造兵廠戦の結果



 油断して、小規模な戦力だけを重要地点に張り付けた六ヵ国連合軍。


 ゲリラ戦程度の戦いならば対応できたかもしれない。だが、近衛吸血鬼であれば1個師団を壊滅させるのは楽だろう。それでも少人数のゲリラ戦ならば、対応できたかもしれない。


 だが、襲い掛かってきたのは旅団戦闘団規模の戦力だった。


「蹂躙しろ。踏みにじれ。連中に戦いの恐怖を思い出させろ、魔族の恐怖を思い出させろ。魔王軍の恐怖を思い出させろ」


 バルドゥイーンはそう命じながら、自身も通信兵を引き連れて前線に向かう。


 野戦司令部ごとの移動だ。指揮官先頭の考え方は魔王軍に広く広まっていた。それは前線を正確に把握し、正確な指示を出せる反面、多くの指揮官の戦死を招いて来た。魔王軍の攻撃的ドクトリンの導き出した答えの功罪は判断しがたい。


 ガルム戦闘団の歩兵たちは敵の塹壕陣地を迅速に制圧し、陣地が制圧されたことで、歩兵は撤退を余儀なくされた。ガルム戦闘団の砲兵の砲撃は止まり、その代わりに騎兵が突撃してくる。


 人工幻獣“スレイプニル”に跨った近衛吸血鬼とオークとゴブリンが逃走しようとする六ヵ国連合軍の兵士を轢き殺す。騎兵銃で敵を銃撃し、槍の持ち替えて、そのままガルム戦闘団の騎兵大隊は六ヵ国連合軍の兵士たちに衝突する。


 騎兵の衝突による衝撃は未だ有効だ。それは歩兵を恐怖させ、物理的に、精神的に圧殺する。機関銃が生まれてから、確かに騎兵突撃は愚かな行為の代名詞になった。だが、こうしてスレイプニルは人間たちを蹂躙している。


 騎兵は偵察にも利用できるし、自動車化されていない今の歩兵にとっては、騎兵は迅速に戦力を展開することができる戦力だ。


 それにスレイプニルはタフな人工幻獣だ。


 刻印弾でも数発は耐えるし、速力は通常の軍馬の数倍はある。


 一度走り出したスレイプニルを敵が止めるのは難しい。蹂躙に次ぐ、蹂躙が繰り返され、歩兵は殲滅されて行く。


「残敵の掃討に入りました。敵司令部は既に壊滅」


「ご苦労」


 塹壕から逃げた敵は騎兵によって串刺しにされ、撃たれ、ほぼ壊滅した。一部の生き残りが別の陣地に立て籠もり、機関銃を掃射して、騎兵を近づけまいとしている。それに対応するためにガルム戦闘団の歩兵が向かっている。


 敵の司令部は近衛吸血鬼によって制圧された。彼らが司令部要員を屍食鬼に変えてしまい、もはやこの1個師団の戦力を指揮する人間はいなくなった。


 残った歩兵たちは連携もできず、一部隊ずつ撃破されて行っている。1個師団を相手に戦えると言われる近衛吸血鬼だが、一応年月を重ねなければそこまでには至らない。そして、今の魔王軍で経験を重ねたと言えるのは、アルマ、バルドゥイーン、ベネディクタ、そしてヴェンデルぐらいのものである。


 大戦末期や敗戦後に生み出された近衛吸血鬼は呪血魔術も使えず、タフな吸血鬼程度の存在でしかなかった。それでも彼らの戦闘力は馬鹿にできない。


 だが、これが魔王軍の弱点と言えた。


 何事も職人気質なのだ。物事に当たるのに50%の完成度でいいものを、120%で完成させようとする。そして、兵士たちは一流の兵士に育て上げられるのに、長い年月を必要とする。そのため前線で戦力はすぐに補充できない。


 人間たちが数で押せたのも当然である。相手がようやく1体の近衛吸血鬼を万全の状態で送り込む頃には人間は3個師団を編成している。人間たちの訓練課程はマニュアル化され、工業製品のように兵士を出荷できた。


 長い年月をかけた近衛吸血鬼でも刻印弾を受ければ死ぬ。


 コストとリターンが釣り合っていない。それが魔王軍と言えた。


 それでも彼らは世界を相手に20年もの間、戦ったのである。


「残敵の掃討完了とのこと」


「どうなされますか?」


 参謀に任じられた近衛吸血鬼がバルドゥイーンに尋ねる。


「武器弾薬の回収と工作機械の回収だ。無線機もあるなら回収しておけ。それから瘴気については慎重に取り扱いながら、死体穴に転送するように。まずは武器弾薬と工作機械だ。ヴェンデルにポータルをクルアハン城に繋がせろ」


「了解」


 ガルム戦闘団は魔王軍造兵廠の扉を蹴り破る。扉には六ヵ国連合軍がかけた新しいカギがあり、それを撃ち抜いてから、内部に侵入した。


「おお。武器弾薬がこれだけ……」


「全て運び出せとの命令だ。残さず運び出せ」


 ゴブリンとオークたち、そして屍食鬼が武器弾薬を運び出す。それはポータルを通過して、クルアハン城の地下に収められる。


 だが、問題になるのは、瘴気の方だ。


 瘴気は魔族にとってすら有害である。特殊な防護装備を装備していなければ造兵廠で扱うレベルの濃度の瘴気は運び出せない。もし、何の防護装備も身に着けなければ、どろどろに溶けて、瘴気に取り込まれる。


 ずっと、瘴気はそういものだった。


 魔族にとっての母であり父でありながらにして猛毒。


 大きな戦いが起きた後は魔族が発生しやすかった。供養されずに死んだ死体を放置していると瘴気が発生する。そして、そこから魔族が生まれる。魔族たちはそうやって瘴気から生まれるが、瘴気そのものは誕生した瞬間に僅かに触れるのみだ。


 強力で、大量の瘴気を必要とする魔族ほど、瘴気に強い。ドラゴンがもっとも耐えることができ、近衛吸血鬼もその次くらいに耐えられる。


「時間がかかりそうだな……」


「准将閣下! 敵のフレスベルグが接近中です! 数18体!」


「来たか。マキシミリアン少将閣下に制空戦闘を要請しろ」


「了解」


 魔族に渡すぐらいならと人間たちが考えたのかは分からない。もしかすると、彼らはまだ地上で兵士たちが戦って、その援護に駆けつけたのかもしれない。


 だが、飛来したフレスベルグの狙いは造兵廠そのものだった。


 造兵廠を爆撃し、魔王軍残党が武器と瘴気を手に入れないようにするのが彼らの目的だったのはもはや明らかだ。


 フレスベルグは一度高度を上げ、急降下爆撃の姿勢に入る。


 しかし、そこにドラゴンが乱入した。


 マキシミリアン指揮下の2個飛行隊がフレスベルグを迎撃する。


 魔王軍空軍2個飛行隊54体とフレスベルグ18体の戦い。


 フレスベルグの騎手たちはすぐに任務を切り替えた。生き残ることへと。


 爆弾を切り離し、機関砲でドラゴンたちを狙う。


 ドラゴンたちはブレスでフレスベルグの撃墜を狙う。2体のフレスベルグが撃墜されて、火達磨になって地上に落下していく。


 数の不利はどうしようもないことを悟ったフレスベルグの騎手たちは、機関砲をドラゴンたちに叩き込みつつ、離脱するタイミングを窺っていた。


 この世界の空を飛ぶのは地球の物理法則とは異なる原理が働く。それでも戦闘機動などは地球のものと似たところがある。


 ドラゴンの1体が1体のフレスベルグに迫るのにフレスベルグの奇襲はインメルマンターンを決め、ドラゴンを振り切る。


「我離脱するだ!」


「マンティコア・スリーよりマンティコア・ワン。我離脱する、我離脱する!」


 今回は夜間飛行なのでフレスベルグは航法士官を乗せている。航法士官が無線で離脱を知らせ、フレスベルグが離脱する。


 そうやって1騎、1騎が離脱していき、残ったフレスベルグもドラゴンを振り払おうとする。戦闘機動が夜空に描かれ、空間失調を起こしそうになりながらも、フレスベルグは少ない犠牲で作戦空域を離脱した。


 最終的に撃墜されたフレスベルグは5騎。ドラゴン側の損害はなし。


「マキシミリアン少将閣下。追撃は?」


「ダメだ。我々の任務は制空戦闘のみ。深追いは禁止する」


 これからまた戦いが起きるのだ。


 またフレスベルグが少数であるという保障はない。


 ならば、今は1体でも多くのドラゴンを生存させることこそが義務。


「いずれ、嫌になるほどフレスベルグの相手をすることになる」


……………………

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