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魔王軍造兵廠襲撃

……………………


 ──魔王軍造兵廠襲撃



 魔王軍造兵廠の警備に当たるのは1個師団。


 3個歩兵連隊を中核とするこの師団は、1個連隊が臨戦態勢で警備に当たり、砲兵などはいつでも火力支援が行えるように砲兵陣地を築いて、四方に方向を向けている。


 だが、魔王軍による予想された襲撃はなく、警備は緩みがちだった。


 彼らも他の師団と同じように祖国に戻りたかった。だが、今のところ、その許可は下りていない。魔王軍造兵廠を警備せよ。その任務内容は変わらず、毎日毎日の変わらないクソッタレな日々を送っていた。


「いつまで俺たちはここにいればいいだろうな?」


「さあな。戦争が終わるまでじゃないか?」


「戦争は終わったと本国は言ってるぜ」


「本国の戦争は終わったんだろう。だが、俺たちの戦争は続いている」


「クソッタレだ」


 兵士が暗闇の中で煙草を吹かす。


「全くだな。俺も早く国に帰りたい。戦争はもう終わったんだ。魔王軍の残存勢力はいるかもしれないが、大したものじゃないだろ? 放置して帰ってもいいんじゃないか?」


「そうだよな。そもそも政府はどこで戦争を終わらせるつもりだったのか……」


 終着点のない戦争は永遠に戦い続けるしかない。今、兵士たちが愚痴っているように、戦争は終わったと言いながら、未だに派兵を続けているという矛盾が生じている。


 戦争の終着点は存在しなかった。六ヵ国連合軍の政治家たちは魔王が死ねば戦争は終わる。そうでなくとも魔王が死んで、魔都ヘルヘイムが陥落するならば、魔王軍は降伏するだろうという見込みで戦っていた。


 だが、現実はそんなに単純ではなかった。


 魔王ジークフリートが戦死しても、魔都ヘルヘイムが陥落しても、魔族たちは抵抗を続けた。戦後の被害は増え続けている。


 それなのに、厭戦感情の高まりを感じていた六ヵ国連合軍の各国は戦争には勝利したと謳い、兵力を撤収させつつある。


「魔王軍、攻めてくると思うか?」


「さあな。だが、今日じゃないだろう」


「どうしてだ?」


「俺が運がいいからだ」


 兵士がそう告げてにやりと笑った瞬間、その首に鋭い牙が突き立てられた。


「な……っ!」


 それを見ていた兵士の首にも牙が突き立てられる。


 2名の兵士は屍食鬼に変わっていく。血の気が失われ、牙が伸びるが、吸血鬼にはならない。ラインハルトの生み出した近衛吸血鬼及び吸血鬼に屍食鬼以外の魔族を増やす能力はない。何故ならば、人間を屍食鬼より高等な存在──つまり吸血鬼に変えるには、瘴気が足りないからだ。


 全ては瘴気の問題だ。人間の処女や童貞の生き血を吸うだけで吸血鬼が増やせれば苦労はしない。だが、吸血鬼を生み出すのにも少なくない瘴気を使う。屍食鬼ならばほんのわずかな瘴気の消耗で済むし、それを吸血鬼たちが吸血行為を行うことで苦痛を与え、生み出せるが、吸血鬼に変えるまでには足りない。


 だから、吸血鬼に噛まれた人間は等しく屍食鬼になる。


「歩哨排除」


「発光信号で連絡」


 歩哨を片づけた吸血鬼たちが、発行信号でそのことを後方の部隊に伝達する。


 吸血鬼の霧化は自身の纏っている服や装備も含めて霧にすることができるが、無線機という複雑な装備になるとそれが難しく、前線にいる吸血鬼は無線が携行できなかった。その上、今の無線機は背中にずっしりと背負わないといけないほど大きい。


 なので、無線を扱う通信兵は専用の催眠学習が行われたゴブリンかオークの役割だった。またドラゴンたちも無線を使う。上空で連携を取るのに互いの意志疎通は欠かせないからだ。


「観測班、観測地点を確保」


「砲兵に射撃を開始させろ。人間どもに思い出させてやれ。砲火の洗礼を。あの地獄のような戦場を再び、ここに。さあ、火砲を歌わせろ。戦争の始まりだ」


 通信兵が報告するのに、バルドゥイーンが鋭い犬歯を覗かせてそう命じた。


「了解。砲兵、射撃開始」


 ガルム戦闘団に随伴する砲兵隊は2個大隊。75ミリ軽野砲を装備する1個大隊と155ミリ野砲を装備する1個大隊だ。


 そして、これらの火砲も刻印弾を装備している。


 人間に刻印弾が通用するのか?


 刻印弾とは魔術を刻んだ砲弾だ。白魔術を刻めば、魔族に有効な打撃となる。


 では、黒魔術を刻めば?


 そう、人間を蝕む毒の砲弾の出来上がりだ。


 黒魔術の刻印弾が魔王軍造兵廠の警備に当たっていた1個歩兵師団の頭上に降り注ぐ。黒魔術の人体への影響は瘴気に似ている。魔族には影響がないだけで、組織が腐食し、意識が混濁する。そして、最終的には生ける屍となって苦しみ続けるか、屍食鬼へと変わる。そう、陣地の中に突如として敵が出現するのだ。


 屍食鬼はオークやゴブリンにすら劣る知性の魔族だ。魔族と呼ぶことを躊躇うものすらいる。吸血鬼が生み出した場合はある程度の制御ができるが、刻印弾で生み出した場合はまるで制御できず、周囲にいる魔族以外のもの全てに襲い掛かる。


 そのような効果を及ぼす砲弾が最初の着弾から数十秒後には雨あられと降り注ぐ。兵士たちは塹壕に急いで飛び込むが、保護されていなかった砲兵は壊滅的打撃を受けて、対砲兵射撃は封じられた。むしろ、ガルム戦闘団は真っ先に敵の砲兵を封じた。


 敵の砲兵は刻印弾を使う。白魔術の刻印弾だ。それは近衛吸血鬼などの魔族にとって致命的だ。進軍中の無防備な時点に刻印弾の砲撃を浴びたら大損害だ。それを防ぐために、砲兵を潰したのだ。


「全歩兵部隊、前進開始! 突撃、突撃、突撃! 今こそ魔王軍の誇りを見せろ!」


 前線の近衛吸血鬼が指示を飛ばす。


 ヴェンデルのポータルでガルム戦闘団は全部隊が魔王軍造兵廠から僅かに離れた地点に展開していた。歩兵も、砲兵も、騎兵も展開を終えている。


 今は敵の守りを崩すことだ。


 砲兵は潰した。今、2個砲兵大隊は魔王軍造兵廠を守る敵1個師団の歩兵を中心に砲撃を集中させている。歩兵は顔が上げられず、刻印弾の込められた機関銃もまともに射撃することはできない。


 恐怖だ。黒魔術の刻印弾に命中した人間の末路というおぞましいものを見てしまった彼らにとって、敵の砲撃はその威力以上に恐怖する対象になってしまっていた。恐怖は体を縛り、適切な反撃を行わせない。


 辛うじて数丁の機関銃が火を噴きゴブリンやオークをなぎ倒す。だが、その隙に霧化した近衛吸血鬼と吸血鬼が陣地に入り込んだ。


 魔族全体に言えることだが、彼らは腕力が強い。シンプルな格闘戦で彼らが負けることはまずない。ガブリエルのような例外を除けば、白兵戦で彼らが負けることはほぼないと言っていい。


 だからこそ、人間が技術の面で進歩を重ねてきた。魔王ジークフリートが人間の技術すらも上回る兵器で武装して襲い掛かってきたときが、最大の危機だった。だが、人間は刻印弾を生み出し、様々な兵器を開発することで魔王軍の進軍を阻止した。


 それでも、今のこの戦場においては、魔王軍のシンプルな力が上回っている。


 人間たちは、六ヵ国連合軍は油断し過ぎていた。


 魔王軍はもう壊滅した。組織的な抵抗はあり得ない。


 その慢心が、今の敗北を招いている。


……………………

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