駒を進める
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──駒を進める
「集まったね」
ラインハルトのいる会議室にアルマ、バルドゥイーン、マキシミリアンの3名が集まった。テーブルの上には地図が広げられ、そこには駒が置かれている。
兵科記号で歩兵、騎兵、砲兵、空軍などが分かるようにされた駒が地図の上にずらりと並んでいる。友軍を示す青い駒は僅かに旧都クルアハンに置かれているのみで、ほとんどが敵である赤の駒だ。
「我々はこれまでゲリラ戦を順調に進めてきた。だが、敵も馬鹿じゃない。ここ最近、クルアハン上空にもフレスベルグの航空偵察が行われるようになってきた。幸いにして、死体穴は上空からは目視できないし、兵士たちも地下に隠れている」
3名に緊張が走る。
クルアハンに魔王軍の残党がいる。それも大規模にとなれば、間違いなく六ヵ国連合軍が攻撃を仕掛けてくる。
今の魔王軍は散り散りになっていると思われているからこそ、敵は小規模な部隊になって広い魔王領に広がっているのだ。それが魔王軍が旅団規模で潜伏し、航空部隊も2個飛行隊が存在すると分かれば、敵を引き寄せることに繋がる。
「兵を分散させますか?」
バルドゥイーンがそう言う懸念からそう発言した。
「怯えすぎだよ、バルドゥイーン。むしろ、これは好機だ。敵には仮に我々を見つけたとしても対応する戦力が存在しないのだよ」
「それは……」
バルドゥイーンが困惑するのに、ラインハルトが立ち上がり地図に手を伸ばす。
「六ヵ国連合軍はどの国も勝利を宣言した、と情報が入っている。私はこう見えても四天王でただただ近衛吸血鬼たちを生み出し続けていたわけではない。吸血鬼を人間の国家に潜入させ、情報戦も行っていた。君たちがこれまでどこかで耳にした人間の国家の情報も、出どころのほとんどは私なのだよ」
ラインハルトはそう言いながら赤い駒をひとつずつ地図の外に取り出していく。
「8個師団。今の魔王領に駐留する六ヵ国連合軍はたったの8個師団だ。動員解除も始まっており、再び人間が大規模な戦力を投じるには時間がかかることは間違いない」
地図の上の多くの赤い駒は消え去り、広い魔王領にはたったの8個師団の戦力だけが残された。主要な都市や街道の要衝、あるいは包囲中の空軍基地に分散している。
「どうだろうか。そろそろ我々も攻撃を、ゲリラ戦ではない、本物の大規模な攻撃を行ってみてはどうだろうか?」
ラインハルトの言葉に全員が沈黙を深くする。
「閣下。それは可能なのでしょうか?」
「もちろん、簡単なことではない。そして、絶対に六ヵ国連合軍が再動員を行って、我々を完全に潰しに来ないとも限らない」
ラインハルトが笑う。
「だが、この古びた都市に永遠に立て籠もっているわけにはいかないんだよ。我々はいずれは攻撃に出なければならない。それが遅いか、早いか。適切なタイミングを見計らっていた。そして、今が私は良い機会だと考えてる」
ラインハルトは笑みを浮かべながら、両手を広げる。
「戦争をしよう。力を尽くして戦争をしよう。ただひたすらに戦争をしよう。大戦争とは言えないが、我々にとっては貴重な第一歩だ。小さな戦争から大きな戦争への躍進は近い。だが、飛び上がる前にしっかりと地面を確認しよう。つまりはまずは威力偵察からだということだ」
ラインハルトはそう言って、ガルム戦闘団を示す駒で、赤い駒を押す。
「魔王軍造兵廠。構造は要塞に近い。そして、ここには大量の武器弾薬に加えて、瘴気が貯えられていると予想している。魔王軍も大戦末期になると自軍の情報すら不確かになっていたからね。正確なことは分からない」
魔王軍造兵廠では銃火器と同じく、魔族も生み出されていた。今のクルアハンのように。なのに警備に当たっている六ヵ国連合軍の師団は1個師団だけだ。
それも魔王軍造兵廠は膨大な広さを有している。その広さは魔都ヘルヘイムに匹敵する広さであり、1個師団の戦力では警備の人員が足りないと思われるほどだ。
常に1個師団が臨戦態勢で待ち構えているわけではない。ローテーションで警備を回しているとすれば、奇襲に成功すればまともに相手にするのは1個連隊程度かもしれない。
「バルドゥイーン。君のガルム戦闘団の初陣だ。ガルム戦闘団の総力を上げて、魔王軍造兵廠を奪還したまえ。そして、そこにあるものをいただこう。大量武器、武器の生産ライン、貯蓄された瘴気。我々が戦いを続ける上でとても役に立つ」
クルアハンを有する今の魔王軍にとって、無理に魔王軍造兵廠を奪還する意味はほとんどない。クルアハンの死体穴の瘴気はドラゴンを生み出せる濃さになっており、クルアハン城地下では、今も銃火器などの装備の生産も進んでいる。
無線機も製造され、救急キットも製造され、ヘルメットなどの防具も製造されている。クルアハン城は規模こそ魔王軍造兵廠に劣るものの、立派な生産拠点だ。
それでも攻撃の必要性はある。
敵が大規模な魔王軍に強襲されたとき、どのような反応を示すのか威力偵察を行うために。六ヵ国連合軍が本格的に対応するのか、それともこれまで通りの小規模な戦力の展開だけで済ませるのか。
それが分かるだけでもこれからの作戦の方針になる。
敵の反応が軽微ならば、このまま作戦を続けていける。より大規模な戦闘を行えるだろう。だが、敵の反応が大規模なものだったとしたら、これまで通りのゲリラ戦に逆戻りだ。敵がゲリラ戦の損害に音を上げて、撤退することに期待するしかない。
「畏まりました、ラインハルト大将閣下。我々は全力を挙げて、魔王軍造兵廠の奪還に当たります。必ず任務を成し遂げてみせましょう」
「気負いすぎるのはよくないよ、バルドゥイーン。指揮官の感情は部下に影響する。いざという時は逃げなければならないのだ。あまり気合を入れすぎるのも考え物、ということなのだよ」
ラインハルトは淡々とそう語る。
「まあ、ちょっとした戦争をやる、ぐらいの心構えでいいだろう。それで十分だ。今はまだ君たちに胸躍り、血肉沸き立つ戦争を与えることはできないのだ。申し訳ないね」
「いえ。そのようなことは……」
むしろ、いきなり大きな戦いを任されてもやり遂げられる自信がない。
そういう意味でもこれは試金石になるだろう。六ヵ国連合軍の出方を窺うと同時に、バルドゥイーンがガルム戦闘団を指揮できるかどうかの試金石に。
「それでは準備を始めたまえ。空軍にも可能ながら援護を頼みたい。空軍と近衛軍の陸空の共同作戦のための演習のようなものだ」
「演習、ですか」
マキシミリアンが呟く。
空軍は僅かに2個飛行隊のみ。できることは限られている。かつての時代と違って、もう魔王軍の実権を握っているのはドラゴンではない。ラインハルトと近衛吸血鬼たちである。
だから、命がけの実戦を演習と呼ばれようと口答えはできない。
「もちろん、ドラゴンたちには敬意を払う。君たちも本当の戦争をしたいだろう。だが、今はできない。今できるのは、小さな、小さな戦争だ。それでも君たちは戦争を戦うのだ。演習だと思うのは心構えだ。だが、君たちも立派に戦争を戦うのだ」
マキシミリアンの心を見透かしたようにラインハルトが言う。
「それでは戦争を、我々に与えられた義務を果たそう」
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