撤退戦
本日3回目の更新です。
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──撤退戦
ラインハルトの命じた魔王城までの撤退は簡単に進んだわけではない。
「殿は最後まで任務を果たせ! 指揮官は現場に残り、友軍の撤退を支援しろ!」
魔王軍正式採用小銃Gew1888小銃で武装し、MG88重機関銃で武装した屍食鬼や吸血鬼、人狼、オーク、ゴブリンなどが波状攻撃を仕掛けてくる六ヵ国連合軍の人間たちを相手に鉛玉を叩き込む。
銃という武器が出現してから魔族と人間の力の差は小さなものとなった。
今でも魔術という攻撃手段は有効だ。黒魔術の呪いは相手を惨たらしく殺し、赤魔術の攻撃魔術は大規模な威力を発揮する。
だが、銃は、銃火器は兵士の質を均一化し、大量に兵士を動員できる体制を整えさせた。その威力も向上を続け、下手な攻撃魔法より速射性と威力で勝っていることすらある。そのような武器が与えられ、数週間の訓練を受けただけで実戦に投入できる兵士ができるというのだ。
対する魔術は数年に及ぶ鍛錬と魔術の本質の理解が必要になる。数週間で敵がどんどん兵士を送り込んでくるのに、数年の年月が必要な魔術師を増やして対抗しようというのはあまりにも愚かな考えだ。
そして、火砲。
火砲が火を噴き、魔族たちの頭を押さえつける。火砲もまた大量生産でき、簡単な訓練を受けただけの兵士が扱えるものだった。火砲は昔から砦攻めの際などに利用されてきたが、現代ではあらゆる戦場に投入されている。
火砲は戦場の王とすら呼ばれ、戦場の勝敗を分けるのは火砲であるとすら言われるほどであった。それほどまでに火砲の有用性は上がった。
銃火器も、火砲も進化した。
だが、これまで魔王軍のエリート部隊である吸血鬼や人狼たちが銃撃や火砲の攻撃などで倒れることはなかった。
そのはずだった。
戦争は進化し続ける。
刻印弾という魔術の付与された砲弾、銃弾によって、吸血鬼や人狼にとっても銃火器と火砲は脅威となった。六ヵ国連合軍が使用する白魔術の付与された刻印弾は吸血鬼も人狼も屠ることができる武器だった。
比類なき軍勢を組織し、世界を相手に戦争を始めた魔王ジークフリートは、装備の面でも技術者たちに優れたものを生み出させていた。その工業力と技術力は驚くべきものがあると言ってよかった。
しかし、人類側も負けてはいなかった。彼らも英知を結集し、優れた兵器を戦場へと送り出し続けてきた。
そして、数において優勢なのは人類側であった。
ゴブリンやオークと言った魔導生物学で生み出された怪物の数よりも、吸血鬼のしもべであり、死んだ人間からいくらでも増やすことのできる屍食鬼の数よりも、六ヵ国連合軍の数は勝っていた。圧倒的な物量だった。
その物量もただ相手にぶつけるのではなく、優れた頭脳が適切な戦略を以てして運用し、適切な戦術を以てして兵士たちは戦った。その戦略・戦術ドクトリンは長い戦いの中で進歩し、魔王軍と互角に戦えていた。
それでも魔族たちは抵抗を続ける。
自分たちの故郷を守るため。愛する人を守るため。ただ人間が憎いため。
「く、来るぞっ! “剣の死神”だ!」
全ての戦場で銃火器による戦闘が当たり前になった世界。
その世界で巨大な長剣を構えて突撃してくる存在があった。
「撃て! 撃てえっ! 集中砲火だ!」
「火力支援要請! 火力支援要請!」
吸血鬼の前線指揮官が叫び、オークが無線機に向けて怒鳴りつける。
「間に合わん……! 我々が足止めする! ここに砲弾を落とさせろ!」
「りょ、了解……!」
銃剣をつけた小銃を握った吸血鬼の命令に、部下たちの表情が強張る。
剣を構えて急速に突撃してくるのは17、18歳程度の少女だった。身長はそこまで大きくはなく、どちらかと言えば小柄で、髪はゴールデンブロンドのポニーテイル。その体はフランク共和国親衛隊のフィールドグレーの軍服を纏っている。
だが、その構えている剣は1メートル近い刃渡りがあり、血を帯びていた。
その純粋無垢を体現したかのような輝かしいブルーサファイアのような瞳に魔族たちの姿がしっかりと捉えられ、魔族の隠れる塹壕に向けて突撃してくる。
「我々は進軍する!」
少女が歌うように叫ぶ。
「神の御旗の下、我々は進軍する!」
「撃てえっ!」
ダンッと地を蹴って加速する少女に向けて全ての銃火器の銃口が向けられる。
「我々は進軍する!」
少女は跳躍し、全ての銃弾を回避するとさらに加速した。
「神の御旗の下、我々は進軍する!」
そして、一気に塹壕の中に飛び込むと指揮官である吸血鬼の首を刎ね飛ばした。
それから魔王軍の殿の部隊が壊滅するまでの時間は5分と経たなかった。オークを切り倒し、吸血鬼を相手が攻撃するタイミングで貫き、ゴブリンたちを袈裟斬りにし、塹壕内を魔族の死体で満たした。
そこに砲弾が降り注ぐ。それに対して少女は剣で空を斬った。
斬撃から生じた衝撃波が砲弾に命中し空中で砲弾が全て爆発する。
「慈悲深い神々よ。このものたちの魂を罪人の落ちる奈落に送るのではなく、次の生を与え、彼らの魂の浄化の機会をお与えになることを願います」
そして、彼女は塹壕の中で祈った。剣を地面に差し、天に向けて祈った。
魔族のために。
「ガブリエル・ジラルディエール大佐!」
そこに共和国親衛隊の兵士たちが駆け込んできた。
「ここまでは到達できましたよ! 後はヘルヘイムですね!」
「そうではありません! 大佐は単独行動が多すぎます! 今回の戦いも後方の将軍方がどれほど心配されたことか! 師団長閣下は泡を吹きそうになっています!」
「まあ。他の方もついてきていると思っていました!」
「まさか! あなたに付いていける人間など限られます!」
「そうですか?」
「そうです!」
きょとんとした表情で首を傾げる少女。名はガブリエル・ジラルディエール。
この少女こそが魔王を死に至らしめる傷を負わせ、魔王軍南部戦線をほぼ単騎で崩壊させた文字通りの“剣の死神”であった。
「では、待ちます。ですが、長くは待てません。我々は試されているのです。大いなる神々に。この苦難を乗り越えられるかと。私はそれに『はい』と答えたいのです。そして、それと同時にこのような業を背負うことになってしまった魔族の魂を救いたいのです」
ガブリエルが真剣な表情で答える。
「それにもうすぐ戦争が終わるんですよ! もう戦場の美味しくないご飯とはさよならなんです! この戦争が終わったら甘いものをたくさん食べますよ!」
にぱーっとガブリエルが微笑む。
「そうですね。魔都ヘルヘイムさえ制圧できれば、戦争は……」
魔王は致命傷を負っていた。辛うじて息があったものの、ガブリエルと交戦した末に滅多斬りにされた。恐らくは今頃は死んでいるだろう。
だが、魔族たちは抵抗を続けている。
魔族が人間を憎んでいることは知っている。魔王ジークフリートは全ての魔族の人間に対する憎悪を解き放つべく、この大戦争を始めたのだ。
だが、魔王ジークフリートが去っても戦争は続きそうである。
魔都ヘルヘイムを制圧して、本当に戦争は終わるのか?
兵士の脳裏にそのようなことがよぎった。
「難しいことを考えていますね」
そんな兵士の顔をあどけない表情でガブリエルが覗き込む。
「いえ。ただ、戦争は終わるのかと……」
「この戦争は終わるでしょう。ですが、戦争そのものはこの世からなくなりません。神々は試されておられるのです。人間が戦争という極限状態にあっても信仰心を捨てず、教えに沿った生き方をできるかを」
ガブリエルが長剣を抜く。人工聖剣“デュランダルMK3”を。
「私は共和国への、そして何より神々への義務を果たします」
「おお……」
その少女は今、神々しい存在であった。
魔王を単騎で死に追い込み、数多の魔族を殺してきた比類なき力を持つ少女。
彼女こそが勇者だ。
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