重砲潰し
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──重砲潰し
「退け、退け! ベネディクタ様のお通りだ! 焼かれたくなければ、大人しく引き下がることだな! まあ、引いても殺してやるけど!」
ベネディクタは炎をまき散らしながら、六ヵ国連合軍の陣地を強行突破し、重砲に向けて突撃していた。重砲の砲声は今は聞こえない。アルマが観測班を排除したためだ。
「ベネディクタ中佐殿! 霧化による高速移動は!」
「お前は好きにしろ! 敵を屍食鬼に変えて攪乱してきてもいい! だが、あたしはあたしのやり方でこの戦争を戦う!」
ベネディクタが前方で機関銃を構える六ヵ国連合軍の兵士を焼き尽くす。
「……了解! 攪乱作戦に入ります!」
「上手くやれよ。敵もこっちの手は知っているからな」
1個小隊の吸血鬼はベネディクタに追随するのを止め、霧化で人間たちに襲い掛かり、一瞬の吸血で人間を屍食鬼に変える。人間たちは突如として戦友が敵になったことに狼狽えるも、その屍食鬼によって2、3名が屍食鬼に変えられた段階で、かつての戦友と言えども容赦なく射殺することを決意した。
吸血鬼は次々に人間たちを襲い、同士討ちをさせる。六ヵ国連合軍の兵士たちは霧化が一瞬解ける吸血のタイミングを狙って攻撃しようと注意を張り巡らせた。
だが、結果的にそれはベネディクタの重砲への突撃を許すことに繋がった。
「いやっほう! デカい大砲だぜ」
ベネディクタは六ヵ国連合軍の口径240ミリの重砲を見てそう歓声を上げる。
「近衛吸血鬼だ!」
「撃て、撃て!」
六ヵ国連合軍の兵士たちは貴重な重砲を魔王軍には渡すまいと攻撃を行う。
「無駄無駄! とっとと焼け死ね!」
ベネディクタは結界を展開し、砲兵たちから魔力を吸い上げる。
そして、それを火力として出力する。
砲兵たちは焼き払われようとする。
だが、一部は重砲の影に隠れて、攻撃をやり過ごした。そして、重砲を操作すると重砲の砲口をベネディクタに向けてくる。重砲の水平射撃だ。
「冗談だろ、おい」
ベネディクタも流石にこれには驚く。だが、彼女は新兵ではない。どうすれば乗り切れるかを知っている。
即座に霧化して、重砲の水平射撃をやり過ごす。そのまま高速移動して、重砲陣地の背後に回り込む。
「驚かしやがって! 焼けろ!」
ベネディクタが結界を再生成し、砲兵たちから魔力を吸い取り、炎を叩きつける。砲兵の7割は全滅した。残るは射撃指揮所と重砲についている砲兵たちだ。
砲兵たちは自衛用の小銃でベネディクタを狙う。刻印弾が放たれ、ベネディクタは部分的に霧化しながらそれを回避する。流石のベネディクタでも刻印弾の効果は絶大だ。死にすら至らしめるのである。
だが、近衛吸血鬼ともなれば、刻印弾を狙って当てられるものではない。彼らは霧化するし、何より反応速度は人間の数倍どころか数十倍の鋭敏さだ。
それでも近衛吸血鬼も人間に一度は敗北した。それもそうだ。彼らの数はとても少なく、ドラゴンに優先的にリソースが割り振られた大戦末期には生き残りはアルマたちなど数えるほどしかいなかった。近衛軍でも近衛吸血鬼の補充ができず、通常の吸血鬼を近衛軍に編入するなどしていた。
そうでもしなければ軍としての機能が果たせなかったのだ。
そして、いくら無敵に見える近衛吸血鬼でも、人間たちの数を前にしてはどうにもならなかった。ベネディクタが今、師団相手にやり合えているのは、六ヵ国連合軍の油断もある。それに大戦末期には近衛吸血鬼1体につき、通常編成の歩兵師団6個から7個が相手をしようと押し寄せていた。
近衛吸血鬼もまた戦争という鋼鉄のシステムによって押しつぶされたのだ。
「てめえらごときがあたしに勝てると思ってんじゃねーよ! 燃え上がれ!」
小銃を構えていた砲兵たちが燃え上がって、地面を転がり回る。
「ざまあ。後はこいつを……」
ベネディクタが炎を砲撃のために準備されていた砲弾の山に放ち、即座に霧化する。
砲弾は熱によって爆発する。それも口径240ミリという大口径重砲の砲弾が一気に数十発も爆発するのだ。爆風が吹き荒れ、もし生身の人間がいれば衝撃で内臓が押しつぶされ死んでいただろうという威力の爆発が生じ、重砲は完全に破壊され、爆発で出来たクレーターの中に沈んだ。
「ひゅー! 面白いぐらい吹っ飛んだな。最高だぜ」
霧化を解いてクレーターになった重砲陣地をベネディクタが眺める。
「ベネディクタ中佐殿!」
「おう。任務は完了したぞ。アルマはなんて?」
「撤収せよとのことです! ポータルのあるバンカーが爆撃の危機に晒されており、至急撤退されたしとのこと!」
「了解。戻るとするか」
1個小隊のゴブリンとオークはほぼ全滅し、生き残りの通信兵が無線でやり取りした内容を、吸血鬼の小隊長がベネディクタに伝える。
ここで空軍基地を包囲している2個師団の相手をするのも面白かったかもしれないが、あいにくアルマを待たせると何を言われるか分からない。
うっかり怒らせて出撃禁止にでもされたらたまらない。
ベネディクタは一気に霧化の高速移動でポータルのある場所まで戻る。
「ああ。ベネディクタの姐さん。そろそろ撤収してくださいっす。アルマの姐さんもそろそろお戻りっす」
「ドラゴンどもは?」
「1体を除いて全員が撤退したっすよ。1体はほら、空を」
「わお。空中戦だ。久しぶりに見た」
「珍しいっすよね。うちの空軍って戦争末期だと空にいないのが常でしたから」
大戦末期には魔王軍の空軍部隊は壊滅的状態にあり、“陸軍は穴にいて、空軍は空にいない”というジョークが流行っていた。
「ベネディクタ。遅れずに戻ってきたようですね」
「おうともよ。少将閣下こそ遅かったじゃねーか」
「あのドラゴンを援護すべきかどうか迷いまして」
アルマはそう言って上空を見上げた。
隊長だったドラゴンは未だ空で戦っている。既に刻印弾2発を受けているがそれでも空を飛び、ブレスでフレスベルグたちを蹴散らしてる。
「無駄だろ。死ぬつもりだぞ、あいつ」
「やはりそう思いますか」
あのドラゴンは死ぬつもりだ。
魔王軍最終指令では魔王軍の全将兵は戦い続ける義務がある。安易に死ぬことは許されない。泥を啜ろうと、どのような屈辱的状態に追い込まれようと、最後まで戦いづけることが求められている。
死ぬというのは敵前逃亡に等しい。死すら許されないのだ。
名誉ある死よりも、屈辱に満ちた生を。
それに則れば、あのドラゴンのやろうとしていることは命令に反している。
あのドラゴンは名誉の中で、空で死のうとしているのだ。
「死なせてやりましょう、姐さん。あそこまで戦ったんだから、ラインハルト大将閣下だって許してくださいますよ」
「そうですね。勇敢な戦士に敬意を」
最後のドラゴンの空戦はその後、15分に渡って続いたものの、最終的に7発の刻印弾を受けて撃墜された。
その時には既に魔王軍は撤収を完了させていた。
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