戦争における美
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──戦争における美
近衛吸血鬼の索敵能力は強力だ。
夜間の視野は優れているし、脳の意識を切り替えることで人間や魔族の放つ生体エネルギーを感知することもできる。
「私は観測班を探して叩きます。ベネディクタ、あなたは重砲そのものを狙うよう」
「了解!」
「バルドゥイーンに託された小隊もあなたの指揮下に入れます」
「あたしだけで十分だぜ?」
「いいえ。あなたにこそ必要です」
アルマは生体エネルギーを感知する形に脳の意識を切り替えた。
空軍基地周辺に六ヵ国連合軍は塹壕陣地を構築している。人間の兵士たちが多く隠れ潜んでいるが、これは観測班ではない。観測班は別にいると周囲を探る。
「いた」
アルマは観測班を見つけた。
観測班は3名。空軍基地を見渡せる高台に塹壕を掘って陣取っている。ペリスコープで塹壕の中から空軍基地を観測し、指揮官が無線機で射撃指揮所に修正射を要求している。六ヵ国連合軍の基本的な砲兵観測班だ。
だが、六ヵ国連合軍もいくら物量があったとはいえ、被害は皆無ではなく、特に砲兵観測班は親の仇のように狙われた。そのせいで新兵が多く補充され、全体的な砲兵の練度は低下している。それでもその数は圧倒的だ。
まして、滅多に戦場に姿を見せない重砲の誘導には手こずっているらしく、重砲の狙いはなかなかバンカーに定まらない。
「今のうちに叩いてしまいましょう」
アルマは霧化して高速移動する。この間は刻印弾も何の効果もなさないし、そもそも六ヵ国連合軍の兵士たちはアルマが通過したことにすら気づかない。
「観測班から射撃指揮所。修正射要求。南──」
「そこまでです」
六ヵ国連合軍の砲兵観測班の背後にアルマが立つ。
彼らが気づいて振り返ろうとしたとき、全員の頭が弾け飛んだ。頭蓋骨の破片と脳組織が周囲に撒き散らされる。
「これで敵の砲兵の目は潰した。敵がまぐれ当たりでもしない限りは……」
だが、こういう時に限って不幸は起きるものだ。
重砲から最後に放たれた砲弾がバンカーに直撃した。バンカーが揺さぶられ、鉄筋コンクリートの構造物が破壊される。完全に崩れこそしなかったが、これでは敵の爆撃でも軽野砲の砲撃でもドラゴンたちに到達する。
幸い、2発目のまぐれ当たりはないが、後方から軽野砲の砲声が響く。
「やらせない」
アルマは自分の魔術が結界によるクローズドな魔術でないことの意義を存分に発揮した。全ての軽野砲から放たれた砲弾を握りつぶし、返す刀で陣地にから砲弾を放つ軽野砲を砲兵ごと押しつぶした。鉄と血と肉が地面にべっとりと染みつく。
「あれは……」
アルマが軽野砲を潰したとき、脱出予定だったドラゴンのうち、大尉の階級を付けていた飛行隊の指揮官が空に羽ばたいていった。1体だけだ。他に空に上がるドラゴンはいない。ほとんどのドラゴンはポータルで脱出しつつある。
「まさか、囮に……」
そのドラゴンの狙い通りだったかは分からないが爆撃態勢にあったフレスベルグが急遽姿勢を立て直し、上昇してきたドラゴンの迎撃に当たる。口径20ミリ航空機関砲“アルマスMK6”が曳光弾を放ちながらドラゴンを狙い、ドラゴンは身を捻ってそれを回避し、格闘戦に持ち込もうとする。
だが、ドラゴンが1体なのに対してフレスベルグは18体以上いる。
ドラゴンが格闘戦に持ち込もうとしても僚騎がそれを阻止する。
ドラゴンはひたすら機関砲の砲撃を躱しつつ、ブレスを放ってバンカー上空にフレスベルグを近づけまいとし、フレスベルグはドラゴンの撃墜に専念する。
ドラゴンは大気中に含まれる魔素──エーテルに乗るのが上手い。あの巨体で空を飛ぶというのはあれだけの翼があっても不可能だ。ただ、彼らはエーテルの流れに乗り、それで空を自在に飛行する。重量は関係ない。
それがドラゴンがフレスベルグに勝っている究極の一点。
だが、そんなドラゴンも機関砲の射撃を浴びて追い詰められている。
「馬鹿ですね。あれでは自殺です。私に任せておけば……」
ああ。だが、あのドラゴンは戦争を理解したのだ。
自分が血と肉で構成された駒として消費される。血と肉をまき散らし、恐怖に震え、憤怒に震え、殺意に震える。そして、殺し、殺され、駒としての役割を全うして、ヴァルハラへの旅に胸躍らせる。
戦乙女は彼を温かく迎えるだろう。ラインハルト大将閣下はその働きに満足されるだろう。彼という軍人は死によって完成されるのだ。
美だ。戦争の美だ。死こそが戦争の美だ。
ラインハルト大将閣下はそれを理解している。彼の言う戦い続けるという言葉は、屈辱に塗れながら生き残ることであると同時に、死に続けることでもあるのだ。それは矛盾しているようで矛盾していない。
戦争で死ねば瘴気が生まれる。瘴気は魔族を生み出す。
つまり、魔族は死に続け、生き続け、戦い続けられるのだ。
もちろん、死んだ魔族の瘴気を全て回収できるわけではないし、意識は継承されない。近衛吸血鬼がゴブリンとなることもある。
それでも、これだ。戦争での死ほど美しいものはない。
戦争という無機質な鋼鉄のシステムの中で血と肉の脆い肉体が必死に抗いながら潰される様の何と美しいことか。これほどの美をどこの誰が描けるというのだ。
ああ。ラインハルト大将閣下。あなたは偉大です。私を啓蒙してくださいました。
無知蒙昧にして、臆病であった私に戦争の美を教えてくださったのです。
「……ベネディクタは上手くやっているでしょうか」
アルマは戦争の美しさに感嘆しながらも任務を忘れていなかった。
重砲は軽野砲より射程がある。アルマのいる場所からは見えない。
ベネディクタと連絡を取ることもできる。
これが彼女はガルム戦闘団から抽出された小隊には無線機を装備している。そして、アルマは観測班が間違いなく無線機を有していること知っていた。そうでなければ観測班は後方の砲兵に指示を出せない。
「アルマより第1小隊。作戦経過は?」
『敵陣地を突破! ゴブリン3体、オーク4体を損耗するもベネディクタ中佐殿は敵重砲陣地に迫りつつあり、されど敵の抵抗は甚大! これより決死の覚悟で敵重砲陣地に突撃を敢行するものであります!』
「了解。作戦を進められたし」
ああ。戦争はなんと美しいのだろう。義務を果たし、鋼鉄のシステムに抗う。だとえ、その結果が敗北であったとしても、それは美しい。敗北には敗北の美しさがある。もちろん、勝利の栄光を手に入れたときにも美しさはある。
相手の死もまた美しいのだ。
敵が敗北の屈辱に塗れながら、自分たちを憎悪し、恐怖し、醜く死んでいくのには胸が躍る。血と肉に潰される人間どもの姿は、人間の愚かさと無力さを感じさせる。所詮人間もまた駒であり、その脆弱な駒を握りつぶすのは爽快だ。
勝利を手にするのは戦争における大きな喜びだ。
ベネディクタたちはその勝利に向けて突撃する。
敵の猛烈な砲火を潜り抜けて。圧倒的火力の差の中で突撃する
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