ドラゴンについての論評
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──ドラゴンについての論評
最初に魔王軍を組織化した魔王ゲオルギウスの時代から続くドラゴンの系譜。
だが、それは堕ちた伝説となった。
栄光ある魔王ジークフリートはよりによって人間ひとりによって死に追い込まれた。“剣の死神”であるガブリエル・ジラルディエールによって。
魔王ゲオルギウスでさえ、その死は数多の人間を相手に戦い、無数の死をばら撒いた結果だった。それでも彼は傷が原因の病によって、ベッドの中で死んだ。
魔王ジークフリートはそうはならなかった。
戦場であの光景を見た魔族も、人間もはっきりと覚えている。
あれは恐怖そのものだった。
人工聖剣という人間が生み出した新しい兵器を手にした、ただの17、18歳の小娘が、自分の数十倍はある魔王ジークフリートに単身で挑み、何の友軍の支援もなく、一切の他者の手助けもなく、魔王ジークフリートを切り刻んだのだ。
魔族たちは動けなかった。人間たちも動けなかった。
まるで物理法則を無視したかのような動きでガブリエルは魔王ジークフリートに斬りかかり、魔王ジークフリートは辺り一面を火の海にしてそれに応じた。当初は優勢だった魔王ジークフリートは瞬く間に追い込まれ、最後は敗走した。
あそこでガブリエルが追撃していれば魔王最終指令が下されることもなかっただろう。だが、戦場にいた魔族たちが追撃だけは阻んだ。
しかしながら、それまでだった。
ラインハルトが語るには魔王ジークフリートは最後は六ヵ国連合軍に死体を晒し物にされるのを避けるべく、自害し、己が身を焼き尽くしたとのことだった。ドラゴンの炎ならば、骨すらも残さず焼き尽くすことが可能だ。
そして、魔王最終指令が下された。
不老不死の魔術師ラインハルトに執行されて。
ドラゴンはついに魔王軍の主流派ではなくなったのだ。これまでは魔王ジークフリートと四天王最強と言われたグレートドラゴンである四天王ベオウルフのふたりのドラゴンが、ほぼ魔王軍の方針を決定し、他の四天王たちがそれを審議した上でほとんどの場合認めていた。
魔王ジークフリートが指揮官で四天王ベオウルフが参謀だったという関係性が適切であろう。四天王は無敗の巨人族のミーミル、血に飢えた人狼ヴァナルガンド、そして不老不死の魔術師ラインハルトで構成されていた。だが、実質的な影響力を有していたのは、ベオウルフだけである。
だが、どうだろうか。
今の魔王軍で意思決定を行っているのはラインハルトと近衛吸血鬼だ。
ドラゴンの派閥は崩壊し、魔王ジークフリートの“剣の死神”ガブリエルとの戦闘の末の戦死によってドラゴンの権威は地に落ちた。
ここにいるドラゴンたちは1個飛行隊。
魔王軍空軍で1個飛行隊というのは18体のドラゴンで編成される。
つまり、今の魔王軍のドラゴンたちはマキシミリアンを含めて19体しか存在しないのだ。それは近衛吸血鬼の数よりも少なく、吸血鬼の数よりもずっと少ない。
これではかつてのように魔王軍の主導権を握るなど夢のまた夢。
今の魔王軍の主導権はラインハルトとその眷属である近衛吸血鬼と吸血鬼によって握られている。アルマが軍の規模自体は小さくなっても、作戦遂行にやりやすさを感じていたのは、そういう事情もあるのだろう。
そのドラゴンであるマキシミリアンからの依頼。
包囲下にあるドラゴンたちの脱出。
「私としては同意しますが、私が指揮するのはあくまで近衛軍のみです。空軍との連携作戦となると、ラインハルト大将閣下のご指示が必要になるかと」
「もし、あのお方が指示を出したら救出に前向きになってくれるだろうか?」
「もちろんです。空軍戦力の重要性は理解しているつもりです」
ドラゴンと同じく上空を飛行する人工幻獣“フレスベルグ”。六ヵ国連合軍はフレスベルグを量産し、圧倒的な空軍力で航空優勢をもぎ取った。
航空優勢を奪われた側は惨めだ。地上から機関銃を上空に向けて放っても当たることはほとんどない。せいぜい、爆撃の狙いをずらせれば上出来という具合だ。
フレスベルグによって航空優勢を奪った六ヵ国連合軍は魔王軍に猛烈な爆撃を加えた。戦争初期は手榴弾を投下するぐらいだったものが、次第に強力になり、最終的には150キログラムの航空爆弾に変わった。
フレスベルグも改良が加えられており、今ではフレスベルグMK7が最新鋭のフレスベルグで、騎手と航法士官を乗せ、航空爆弾250キログラムを2発搭載できるという。
そのフレスベルグによる悪夢をアルマは思う存分味わった。フレスベルグの爆撃は砲撃より正確でピンポイントで魔王軍を狙い撃ちにする。それも航空爆弾も刻印弾だ。破片ですらも命中すれば吸血鬼であるならば死、近衛吸血鬼でも重傷を負う。
地上を這いまわって、戦い続けた屈辱の日々は今でも思い出せる。今でも地上を這って塹壕に進み、爆撃が自分を狙わないことを願ったことのことは、土の味とともに思い出すことができる。
なので空軍戦力の重要性は理解していた。
「では、ラインハルト大将閣下に許可を得てくる。得られたら是非とも頼む」
「分かりました」
ラインハルトはさして迷うことなく、ドラゴンの回収任務を許可した。
「空軍戦力は重要だ。それがなければ地べたを這いずり回り、屈辱に耐え続けなければならない。ああ。あの屈辱と苦しみと言ったら。言葉でいい表せないほどのものだった。それにドラゴンを生み出すことは恐ろしく難しい」
ラインハルトはそう語っていた。
ドラゴンも瘴気から生まれる。
だが、近衛吸血鬼を生み出す瘴気が100だとするとドラゴンを生み出すために必要な瘴気は1万という規模である。だからこそ、ドラゴンは強力で、これまでは空を支配してきたのだ。フレスベルグというものの数に押されるまで、ドラゴンは圧倒的な覇者であり続け、魔王軍は航空優勢を握っていた。
ドラゴンは貴重だ。可能な限り、回収し、飛行隊の再編成が求められる。
「畏まりました。空軍総司令官マキシミリアンと協力し、迅速なドラゴンの飛行隊の回収を急ぎます」
「気張りすぎないように、アルマ。君の仕事は近衛軍の再編だ。ドラゴンの件は本来ならばマキシミリアンの管轄だ。できる範囲のことでいい。無理はしないように」
「お心遣い、痛み入ります」
自分はなんという心優しい上官に恵まれたのだろうかとアルマは思う。
ラインハルトのためならば死ぬことだって惜しくはない。彼が死ねと命じれば、喜んで死のうではないか。
それこそがアルマの望み。ラインハルトが戦争を望むのならば、永遠に戦争を続けるし、彼が勝利を求めるならば、勝利を掴む。
アルマとマキシミリアンはラインハルトの許可を得たことで合同作戦を開始することになった。初の近衛軍と空軍の共同作戦だ。
「マキシミリアン殿は現地で航空隊を再編成し、脱出に重点を置いてください。もし、六ヵ国連合軍の爆撃が酷く、現地のドラゴンたちが戦えるようならば一時的な航空優勢の確保を。可能な限り、ドラゴンたちへの攻撃は我々が抑えるつもりです」
「了解した。勝利を手にしよう」
「ええ。勝利を」
そして、挑む。
1個小隊の戦力が、六ヵ国連合軍陸軍2個師団と空軍1個航空団に対して。
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