部隊の増強
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──部隊の増強
ベネディクタ、ヴェンデル、アルマのゲリラ戦は好調だった。
死体が集まる。おぞましい経験をした死体が集まっていく。それらは死体穴と呼ばれる旧都クルアハンの一画に設けられた竪穴に放り込まれ、瘴気が発生するのが待たれた。死体が腐敗を続けていくごとに、瘴気も発生し始め、黒く澱んだ空気が竪穴に溜まる。
魔族たちは専用の防護装備を身に着け、瘴気を汲みだしては培養炉に注ぎ、ゴブリンやオークと言った魔族たちを生み出している。
瘴気がとても濃く溜まった時は、ラインハルトが吸血鬼を生み出した。
近衛吸血鬼はそう簡単に増やせないし、吸血鬼もそう簡単に増やせるものではないが、今の魔王軍のゲリラ戦が順調に進めば、死体から発生する瘴気と救出した仲間たちで、近衛軍の再建がなるかもしれない。
少なくともアルマはそう考えていた。
そのアルマの希望に応えるようにラインハルトはクルアハンに撤退してから1体目の近衛吸血鬼を生み出し、近衛軍に編入した。近衛吸血鬼は1体で人間の軍隊1個連隊を相手にできるのが当り前と言われている。ラインハルトはそういう意味では1個連隊の戦力を生み出したに等しいわけである。
「救出活動は比較的順調。ゲリラ戦も上手くいっている。このままならば……!」
今の近衛軍は1個旅団が存在するのみだ。これから戦力を増強しなければならない。1個旅団の戦力では、いくら近衛吸血鬼が強力でも人間の物量には勝利することはできない。近衛軍の1個旅団と言っても、近衛吸血鬼は指揮官クラスの階級に配置されているだけであり、大多数はオークやゴブリンたちなのだ。
「もっと頑張らないと。近衛軍の再建こそ私の役目。義務なのです。ラインハルト大将閣下から直々に命じられた命令なのです。義務を果たさないものに、生きている価値はない。私は義務を果たし、ラインハルト大将閣下に認めていただく」
アルマはそう呟きながら地図を見渡す。
「アルマ少将閣下」
「バルドゥイーン。どうしましたか?」
「我々にも手伝えることはないだろうか? せっかくのガルム戦闘団も使わなければ、意味がない。軍隊とはパレードのために存在するのではなく、戦争のために存在しているのだ。だから……」
「ラインハルト大将閣下はなんと?」
「君の許可を取れ、と。近衛軍の総司令官は今は君で、ラインハルト大将閣下が私に直接指示を出すのは好ましくないそうだ」
アルマはラインハルトが自分を立ててくれたのだなと感謝した。
「ええ。では、あなた方を作戦に参加させましょう。ですが、ガルム戦闘団全部隊を投入するのは無理です。我々が戦っているのはゲリラ戦。少人数の部隊が神出鬼没に行動して、敵に打撃を与える作戦です。旅団という単位の部隊は投入できません」
「分かっている。私もゲリラ戦というものについてベネディクタやヴェンデルから話を聞いた。参加させるのはガルム戦闘団から抽出した小部隊とする」
「賢明です。規模としてはヴェンデルの呪血魔術と撤退の速度から考えて1個小隊程度と考えています。大丈夫ですか?」
「正直、もう少し大規模かと思っていた。1個中隊規模かと……」
「死体の回収は私の能力で間に合いますし、戦闘力の不足を感じてはいますが大規模な部隊は機動性が悪くなります。我々は確かに強力です。朝が訪れるまでは。我々は夜間に奇襲し、夜明けまでに撤退しなければならない。機動性が重要なのです」
「了解した。1個小隊をローテーションで選抜する」
「ええ。期待しています」
ここで戦力が増えるのは正直に言って好ましい。
確かに1個小隊に含まれるのはせいぜい吸血鬼が1体に30体あまりのゴブリンとオークだろうが、今のゴブリンとオークの量産体制から見て、それらを使い潰しても大した打撃にはならない。
吸血鬼は補助戦力としてはありがたい。呪血魔術こそ弱いものの、屍食鬼は増やせるし、霧化による高速移動も可能だ。ベネディクタとアルマで敵の戦力を引き付けている間に、敵の隊列の中に屍食鬼を生み出し、攪乱してくれればいうことはない。
だが、これで責任はさらに重くなったとアルマは感じる。
1個小隊の戦力とは言え、今の魔王軍残党である自分たちには貴重なものだ。吸血鬼やゴブリン、オークが湯水のごとく使える日々は終わったのだ。吸血鬼を生み出すのに敬愛するラインハルトの手を煩わせていると考えると、一層のことアルマは責任を感じる。
だが、リスクを恐れていては勝利できないとアルマは士官候補生時代にしっかりと叩き込まれた。攻撃によって主導権を得よ。主導権を握り続けろ。そのためのリスクを恐れるな。主導権を失えば、より多くの犠牲が生じる。
だから、アルマは攻撃する。主導権を握る。
今のところ、敵の占領軍は続々と引き上げており、対応に当たる戦力は小規模なものになるばかりだ。この間が3個師団という比較的大規模な戦力だったが、今はせいぜい1個師団が包囲に当たっていれば大きな方だ。
敵は魔王軍はもう脅威ではないと思っている。
魔王軍はちょっとした残党が残っているだけで、もう戦争は終わったと。
「それが間違いであることを教育してやりましょう……」
アルマの瞳には確かな決意が秘められていた。
それと同時に戦争への狂気じみた熱意すら見られる。
「次はこの付近の友軍を。近衛軍の早急な立て直しのためにも」
救出作業はゲリラ戦とは別にも進められている。
手ごろな攻撃目標がないときは、ヴェンデルは救出作戦に従事していた。
これまでに8名の近衛吸血鬼と12名の吸血鬼が救出されている。人狼とドラゴンは未だにゼロだ。彼らはその獰猛さと目立ちやすさから、六ヵ国連合軍に真っ先に狙われていた。ドラゴンは包囲されて六ヵ国連合軍の砲爆撃を受け、人狼たちは巧妙に人々の中に隠れ、見つけられなくなった。
ただ、吸血鬼たちだけが、救出されていた。
だが、このことを認めていない魔族もいた。
「アルマ殿」
「マキシミリアン殿。どうなされました?」
空軍総司令官のマキシミリアンがその巨体を見せた。彼は空軍の紺色の制服に真新しい少将の階級章を付けている。階級章が新しいのはアルマも同じ。彼らはともに、参謀もなく、突如として総司令官に任じられた立場だ。
彼らの場合は参謀経験があるので、総司令官になるのは無理でもなかった。他のものだったら不可能だっただろう。それに今は近衛軍総司令官と空軍総司令官と言っても互いに有しているのは1個増強旅団と1個飛行隊だけだ。
ドラゴンは未だに1体も再結集していない。
「アルマ殿は近衛吸血鬼と通常の吸血鬼の回収に成功していると聞く。だが、私の方はどうにもならない。未だに飛行隊は包囲され、砲爆撃を受け、救出できない。どうだろうか。私の任務に力を貸してくれないだろうか?」
アルマにとっては意外な提案だった。
ドラゴンというのはとてもプライドが高い。他者の手を借りるぐらいなら、自害するとすら言われるほどプライドが高く、誇りある種族だとアルマは知っている。それがアルマに助力を乞いにやってきたのである。
ドラゴンたちは魔王ゲオルギウスや魔王ジークフリートという魔王たちを生み出してきた。それ以前の時代においても、魔王たちは決まって強力なドラゴンであった。そうであるが故に誇りを持っている。
だが、今はこの有様だ。
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