凱旋式と上申
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──凱旋式と上申
フランク共和国第1共和国親衛師団“シャルルマーニュ”はフランク共和国の首都ルテティアにて凱旋パレードに望んでいた。
先頭を進むのはこの戦いで度重なる損害を出しながらも戦い続けた歴戦の歩兵たち。それから騎兵が続き、砲兵が馬車で野砲を引いて行進し、最後にこの師団の中で戦争の帰趨を決めた人物が馬車で現れる。
「ガブリエル大佐!」
「我らが勇者!」
「おお! 英雄よ!」
ルテティアの大通りを進むガブリエルの乗った馬車に向かって、この日のために集まった群衆が歓声を上げる。
ガブリエルは民衆に手を振り返し、にこやかな笑みを浮かべていた。
群衆はガブリエルに魅了されている。
たった17歳の少女が魔王軍の軍団すらも撃破し、戦争を勝利に導いたことに彼らは感激している。この戦争を終わらせたのは、他の国ではなく、我が国のガブリエルだというプライドがフランク共和国の臣民の中にはあった。
容姿端麗にして、純粋無垢を擬人化したような少女。その美しさには女性すら感銘を覚え、そして彼女の残した戦績を前にして、一層のこと深い敬愛の念を抱くのであった。
まさに時代を変えた英雄。魔王軍との長い戦争を終わらせた勇者。
フランク共和国のトリコロールの国旗を振りながら、民衆はガブリエルを見送る。
紙吹雪が舞い、どこからとなくフランク共和国の国歌が斉唱される。
ガブリエルもその国歌を美しい歌声で歌い、民衆の活気はさらに高まる。
「我らが英雄に永久の栄光を!」
「魔王軍を倒してくれてありがとう!」
喝采は続き、パレードが終わってからガブリエルはふうと息を吐く。
「お疲れですか?」
副官のアルセーヌ・アルグー大尉が飲み物を差し出す。
「少し疲れました。私はあんなに大勢の人の注目を集めたのは初めてですから。改めて思いました我々の国の市民たちは優しいですね。こんなにも歓迎してもらえるとは思ってもみませんでした」
ガブリエルは緊張で乾いた喉を水筒のお茶で癒す。
「それだけ大佐のご活躍が素晴らしかったということです。次は大統領宮殿で勲章の授与式があります。共和国軍団最高栄誉勲章ですよ。軍人の中でもこの勲章が得られるのはほんの一握りの人間だけです」
「私はあまり勲章には興味はないのですが……。ですが、大統領閣下は参加されるのですね? 私に勲章を授与して下さるのは大統領閣下なのですよね?」
「ええ。そのはずです」
「でしたら、いい機会です。上申しましょう」
「魔王軍との戦い、ですか?」
「他に何があるというのですか?」
アルセーヌが渋い表情を浮かべるのにガブリエルがきょとんと首を傾げた。
「私がガブリエル大佐の副官に任じられたのは大佐の政治的発言に注意を払うためです。大佐は17歳というあまりにも若い年齢で大佐という重責を担う階級に着きました。ですが、そのせいで大佐は政治を知らなすぎます。政治の世界は戦争ほど単純明快ではありません。相手の腹のうちをみさだめなければなりません。そうでなければ、大佐は政治家たちに利用されるだけ利用されてしまうでしょう」
アルセーヌが真剣な表情でそう述べる。
「確かに私には政治は分かりません。私に分かるのは戦争のことだけです。ですが、政治家も軍人も同じ人間です。真摯に訴えれば、きっと分かってくださるはずです」
分かっていないとアルセーヌは思う。
政治家たちは早くもガブリエルを政治のために利用しようとしている。彼女が自分たちの支持者になってくれて、パーティーの場などに出席してくれるならば、自分たちの支持率は上がり、政権を握れる。
ガブリエルそのものを政治家として迎え入れようという意見もあった。お飾りの議員でも救国の英雄となれば、民衆は熱狂する。彼女への支持は多く集まるだろう。そして、ガブリエルの名声を使って、他の政治的敵対者を牽制するのだ。
政治家は権力のゲームを行っている。
彼らの世界は複雑怪奇にして、伏魔殿である。政治家たちは笑みを浮かべてガブリエルと握手し、記者たちに写真を取らせるだろう。そして、その写真が新聞に掲載されたときの効果を考えている。
今の保守政権は特に軍部との繋がりが強い。ガブリエルも軍人として権力のゲームに巻き込まれる可能性は皆無ではなかった。
そう、政治家はそういう生き物なのだ。
真摯にガブリエルが訴えても、百戦錬磨の政治家たちはいとも簡単に彼女の要求を流し、逆に自分たちの求めるものをガブリエルに果たさせようとするだろう。
だからこそ、自分がいるのだとアルセーヌは思う。
ガブリエルは軍人としては確かに大佐としての資格を有すが、政治的には赤ん坊だと言っていい。彼女は軍で昇進するための政治について学ばなかった。アルセーヌが大尉に昇進するまでに果たした軍隊内での政治的駆け引きすら知らないのだ。
だから、自分がガブリエルを守らなければ。そうアルセーヌは思っていた。
「大佐。政治家たちは甘い言葉を使って、大佐を翻弄してしまうでしょう。大佐は政治の世界をご存じない。彼らの世界の戦いと大佐が戦われていた戦いとでは大きな違いがあるのです。誰が敵で、誰が味方かすら分かりません。敵だと思っていた勢力が突如として味方となり、味方だと思っていた勢力が突如として敵になる。そんな世界なのです」
「ですが、私は義務を果たす必要があります。前線の状況は聞いているでしょう? あれから4個師団以上の戦力が壊滅しました。戦争は終わっていない。再派兵が必要なのです。魔王領に残る将兵たちを助けるために、魔族たちを救済するために」
確かに自分たちが撤退した後になってから魔王軍残党による被害は止まっていない。それどころか大きくなっている。
魔王軍がラインハルトという四天王に率いられて再起した。ガブリエルの最初の推測は的中したのだ。ガブリエルが言っていたように、ラインハルトには敗残兵を立て直す力があったし、それを使って六ヵ国連合軍への報復を企てることもできた。
このままようやく打倒した魔王軍が再び勢力を取り戻し、かつてのような脅威になることは決して望ましいことではない。
だが、世論はもう戦争は終わったという祝賀ムードなのである。政治家たちにとって『まだ魔王軍の脅威はあり、派兵し続けなければならない』というガブリエルの上申は煩わしいだけで、相手にする価値はないと思われるだろう。
そうなると政治家はガブリエルを敵と見做す。
敵になった政治家は面倒な相手だ。軍に圧力をかけてガブリエルについて調査を行わせ、今の地位から追放するとともに、前線にでれないようにするだろう。
「いけません、大佐。危険です。政治家たちにとって、この戦争は終わった戦争なのです。大佐殿がいくら説得しても彼らは納得しないでしょう。それもいきなり大統領閣下に上申などしたら、軍の上層部すら軽視したということになりかねません」
「むう。身勝手な行いはよくない、ということですね?」
「そういうことです」
アルセーヌが一先ず暴走は留められたかと安堵する。
「では、私の身勝手ではなく、共和国市民の意志として伝えましょう」
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