襲撃と救出
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──襲撃と救出
アルマはその日、ベネディクタとヴェンデルを呼び出した。
「なんだよ。お説教か? 叱られるようなことはしてないぞ」
「それなのになんでお説教を真っ先に連想するんすか?」
ベネディクタは不機嫌な様子で、ヴェンデルはいつものように飄々とした様子でアルマに与えられた執務室を訪れていた。
「あなた方に命令を下します」
「あたしたちは既にラインハルト大将閣下から命令を受けているぜ」
「ラインハルト大将閣下も同意された命令です」
ベネディクタが口答えするのに、アルマがぴしゃりとそう言ってのける。
「分かったよ。で、命令ってのは?」
「友軍の救出任務とゲリラ戦を一体化させます。ゲリラ戦を展開しつつ、友軍の救出も同時に行うのです。分かりますか?」
「馬鹿にするなよ。分かっているに決まってるだろ。六ヵ国連合軍に包囲された友軍を六ヵ国連合軍の包囲部隊を蹴散らし、友軍も救出する。つまりはそういうことなんだろう? 小難しい話じゃない。シンプルだ」
「そうです。これからの攻撃目標策定は私が行います」
そうアルマが述べるとベネディクタがアルマを睨む。
「そして、功績を横取りか? あんたらしいよな」
「私は上官です。近衛軍総司令官です。命令には従いなさい、ベネディクタ。それとも軍規違反でラインハルト大将閣下に判断していただきますか?」
「畜生。ここで大将の名前を出すのは卑怯だろう」
ベネディクタはぶつぶつ文句を言う。
「自分は指示さえしてもらえば、好きなところに飛ばすっすよ」
「よろしいです。ベネディクタも納得しましたね?」
「あいよ、少将閣下。けっ」
ベネディクタからは不満しか感じられない。
「まず偵察結果を報告してください。私はそれと捕虜の証言を照らし合わせます」
「めんどくさ」
「ベネディクタ」
「はいはい。畏まりました」
アルマが睨むとベネディクタが肩をすくめる。
「これは魔王最終指令なのです。我々は戦い続けるのです。戦い続けなければならないのです。たとえ最後の一兵となろうとも」
「その点ついては同意する。心の底から」
アルマとベネディクタは最後にそう言葉を交わして、それぞれのやるべきことへと進んだ。アルマは攻撃目標──いや、救出目標の選定へ、ベネディクタはこれまでの偵察結果の報告に向けて。
「総合すると」
アルマが地図を眺めて、述べる。
「我々がまず最初の目標とするべきは、この地点の友軍でしょう。六ヵ国連合軍の捕虜の証言では魔王軍崩壊から捕捉されていながら、今まで戦い続けられています。ですが、限界は近いでしょう。救出が必要です」
「思うけどさ。あたしたちに友軍を助けるとか、そういう概念はあったか? いなくなったら作ればいい。あたしたちは人間とは違うんだ。いちいち赤ん坊から育てなくとも、既に戦闘可能な状況で近衛吸血鬼も普通の吸血鬼も生み出せるだろう。少なくとも大将閣下が生きている限り」
「ベネディクタ。大将閣下も無から私たちを生み出したわけではないのです。我々を生み出すには膨大な瘴気を必要としたのです。まさか生まれたときのことすらももう忘れましたか、この脳筋娘は」
「なっ……! 忘れてねーし! 覚えてるし! 確かに瘴気は必要だが、今順調にあたしたちが集めてるだろ? あたしは聞きたいんだよ。かつての仲間だったから助けるってことなのか、それともリソース的な問題なのか」
ベネディクタはそう問いただす。
「無論、リソース的な問題です。過去に戦友であったからと言って、助けるわけではありません。純粋な資源の問題です」
アルマは言い切った。
「我々は一刻も早く陸軍を、近衛軍を立て直さなければなりません。それなのに、あなたたちが集めてくる死体や捕虜に頼った瘴気で、それもラインハルト大将閣下に多大な負担をおかけするようなことになってまで、一から近衛吸血鬼や通常の吸血鬼を作っている余力はないのです」
アルマには仲間を思う気持ちがないわけではなかった。かつてともに戦線を支えた仲間をリスクが高いという理由だけで見捨てられはしなかった。
だが、今の彼女は近衛軍総司令官なのだ。
近衛軍総司令官の立場からならば命じれられる。
リソースの問題だと。かつての戦友との絆ではないのだと。
事実、彼女は古い戦友がまだ戦っているであろう場所に向かおうとはしなかった。
生き延びられなければそれまで。生き延びていたらならば再開を喜ぼう。だが、今は近衛軍総司令官として戦力の立て直しだけに尽力する。
「分かった。あんたを信じるよ、アルマ少将閣下。だが、余計な情は見せるなよ。助けられる奴だけ助けるだけだし、あたしたちの主目標は六ヵ国連合軍への打撃だ。それだけは譲れない」
「ええ。それで構いません。あなたたちは六ヵ国連合軍への攻撃を」
そこでアルマが安堵したような息を吐く。
「姐さん。気持ちは分かりますよ」
ベネディクタが去ってからヴェンデルが言う。
「何がですか?」
「別に本心ってわけじゃないでしょう? ベネディクタの姐さんは戦うことしか頭にないバトルジャンキーっす。そこから譲歩を引き出すとなるとああいう回答になるのも分かりますよ。俺も救出作業は手伝うっすから」
「……ありがとう、ヴェンデル」
「姐さんには世話になりましたから」
ヴェンデルはそう言ってウィンクしていった。
「……私は大したことはしていませんよ」
指揮官とは孤独であると近衛軍で士官になった時に人狼の教官から教えられた。
指揮官は部下に決断を手助けしてもらうことがあってはならない。それは部下に責任を押し付ける行為である。指揮官たるもの自分が命じたことの責任は自分で全て取らなければならないのだと言われた。
命令と責任の関係。
それは軍において絶対の法則である。指揮官は命令する権利を有する。だが、同時にその命令についての責任を取らなければならない。
それは命令を下した結果、部下が死ぬことに対する責任を取れということも意味する。そう指揮官とは部下の生死を左右する決断を時として下さなければならないのだ。オークやゴブリンであるならば大した責任を感じない。
だが、同じ近衛吸血鬼や通常の吸血鬼、人狼となるとそうはいかない。
彼らは戦友だ。ともに苦楽を乗り越えてきた戦友だ。かけがえのない絆で結ばれている。それを殺すかもしれない決断を下すことは重責だ。
アルマは昇進を重ね、准将となり、一時期は旅団を指揮した。旅団の全ての兵士に大してアルマは責任を負っていた。アルマの命令ひとつで多くの近衛吸血鬼たちが生死を決められる。
参謀は助言はするが決断を下すのはアルマただひとり。
アルマは戦争末期に准将になったため、犠牲者は増える一方だった。一時期は指揮を投げだして逃げ出したいとすら思った。
だが、彼女は指揮を続け、最終的に彼女の指揮していた旅団は遅滞戦闘の末に壊滅した。その後、彼女はラインハルトの参謀に転属となる。
そして、また彼女は指揮官の地位についた。今度は近衛軍総司令官だ。
彼女の決断のひとつの重さはより大きくなった。
「ですが、私は私にできることをしましょう。たとえ、さらに戦死者が増えるとしても」
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