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地獄を見てきた男は語る

本日2回目の更新です。

……………………


 ──地獄を見てきた男は語る



「世界は滅茶苦茶になったよ。死者は死者ではなくなり、生者は永遠に続く病で苦しみ続けた。僅かな資源を巡って殺し合いが起き、君はあの地獄の中でも生き残ろうとする彼らに感銘を受けた。いや、啓蒙されたというべきかな? 君は世界は観察に値するが、参加する価値はないとそれまでは思っていた。だが、君は参加することの意味を見出した」


「しかり。世界は見ているだけのものではない。私は真理に到達したとき、世界の理を知った。あなた方の存在。多元宇宙。あなた方以外の超越者たちの存在。それは観察に値すると思った。だが、それだけではないのだと知った。この素晴らしき世界に加わらないという選択肢はなかった。世界はかくも素晴らしいというのに、私という存在は真理に到達したその先でしか、そのことに気づけなかった」


 手すりの上を歩むラルヴァンダードにラインハルトが顔を覆いながらそう答える。


「何と愚かしきことか。これまでの私は愚かだった。世界とはかくも愉快で、様々な相互作用を生み出し、干渉することでしか生まれないものがあるのに、ただ見ているだけでよしとしたとは。ああ。私の何と愚かだったことか……」


「そう、そうやって君は世界に干渉する喜びを覚え、今度は世界を動かすことに喜びを感じるようになった。だけどね。君が起こした真理への到達による地獄を見たのは、この世界では君だけなんだ。君が渡り歩いて来た世界でボクが手を貸した地獄を見たのも君だけなんだ。そのことをしっかりと覚えておいた方がいい」


 そう言ってラルヴァンダードは手すりの上でステップを踏む。


「この世界でもあのおぞましき悪夢を、地獄を、罪を再現することは可能。誰もが争い、誰もが殺し合い、誰もが恐怖し、憎悪する世界を。そのことに悔いるものたちがいる世界を。だが、確かに今は刺激が強いですな」


「そうさ。上手くやりなよ、ラインハルト。君の行動は称賛に値する」


 次の瞬間、ラルヴァンダードは吹き抜けを落下していき、姿を消した。


「……読めないお方だ。悪魔とは、大悪魔とは地上の営みを嘲笑することを楽しみにしているそうだが、彼らもたまた観測者の立場で満足しているのだろうか。いや、そうではない。結果を引っ掻き回すために干渉するのだ。この私を悪魔という高次元の存在に変え、この私が何を成すのか見届けるために」


 ラインハルトはそう呟きながら、クルアハン城の中を進む。


「私が成すことはひとつだけ。戦争、戦争だけだ。この世のどん底まで戦争を続けよう。このどちらかが滅びるまで続く絶滅戦争になった戦争で、盛大に踊ろうではないか。それこそが我が望み、それこそが我が愉悦」


 ラインハルトはそう呟き、地下に降りていく。


 地下は工廠であり、捕虜収容所だった。


 ベネディクタは全てを焼死体にはしなかった。ある程度の数は捕虜として確保していた。それを拷問し、魔族に対する憎悪を植え付け、恐怖を教育し、死体がより多くの瘴気を放つようにするために、日々拷問が行われている。


「ひとつ、試してみよう」


 ラインハルトは自分の経験に対する客観的視野が欠如していることを知った。


 では、他者から見て、自分の経験がどうだったのかを確かめよう。幸いにして、その手のことを試せる捕虜は大勢いる。


「これは大将閣下!」


「ご苦労。捕虜の尋問は行っているか?」


 魔王城からの脱出に成功した吸血鬼が出迎えるとラインハルトはそう尋ねる。


「はい、大将閣下。どいつもこいつも大した情報は持っていません。なので、痛めつけるだけ痛めつけて、憎悪と苦痛と恐怖を魂に刻み込んでやっているところです。そうすればいい瘴気が生まれるでしょうから」


「しかり。瘴気とは憎悪や恐怖と言った負の感情を持ったまま死んだ人間からもっとも生まれやすい。そして、瘴気とは濃度があまりも濃ければ我々にも毒となるが、濃ければ濃いほど、瘴気を食らって強力な魔族が生まれる」


 瘴気とは毒であると同時に魔族たちのゆりかごである。魔族たちは瘴気から生まれ、瘴気をまき散らして死んでいく。


 いや、魔族だけではない。供養されなかった人間の死体も瘴気を生み出す。特に拷問を受けたり、激戦の中で死への恐怖に震えたものは、より多くの瘴気を生み出す。


 ラインハルトたちはこの瘴気を培養炉に注いでオークやゴブリンを生み出したり、吸血鬼を生み出したりしている。近衛吸血鬼を生み出すにはまだ瘴気が足りない。


 瘴気の毒性は魔族にも人にも同様に作用する。


 精神錯乱。内臓の腐敗。脳の溶解。生きたままにカビに侵される痛み。


 瘴気は劇物だ。だが、今の魔王軍にとっては必要でならないものだ。


 ラインハルトが覗いてみたところ、拷問は吸血鬼によって行われてきた。血を流しながら不明瞭な言葉を叫ぶ六ヵ国連合軍の兵士から血を啜り、吸血鬼にも屍食鬼にもせず、ただ流れ出る血を啜って酩酊状態で拷問を行っていた。


「少し、邪魔をするよ」


「こ、これは摂政閣下! 何事でしょうか?」


「この捕虜を貸してほしい。彼はどれくらい苦痛を味わった?」


「拷問時間はようやく30分過ぎたところです」


 吸血鬼が時計を見ながらそう言う。


「なるほど。では、丁度いいサンプルだ」


 ラインハルトはその右手を捕虜の頭にかざす。


「狂っているのはこの世か、それとも私か。君から客観的な意見を聞けることを願っているよ。せめて、正気を保っていてくれたならば、だが」


 次の瞬間、捕虜の頭に膨大な情報が流れ込んだ。


 崩壊した都市の光景。道端には肺病の患者のようにせき込み続ける人々がおり、彼らは血を吐きながら悶え苦しんでいた。その傍では手足や頭部が欠如した死体が群れをなして徘徊している。苦し気な呻き声を上げながら、死者にして死者ではない死者の群れは移動していった。


 少し離れた場所ではひとつの缶詰を巡って武装したものたちが争っていた。相手の頭を鈍器で潰し、斧を首に突き立て、血をまき散らしながら、たったひとつの缶詰を巡って、血塗れになりながら争うものたちがいる。


 舞台が代わる。


 今度は死人しかいなかった。王座に腰かける王の謁見の間は死体に満ちていた。死体の山は城の外にまで続き、民が死んでいる。騎士が死んでいる。傭兵が死んでいる。何もかもが死に絶えている。


 また舞台が代わり、惨劇の光景をいくつも、いくつも見せつけられる。


「ああ! ああ!」


 もはや神に祈ることもできない。一連の光景には慈悲のひとつもなかった。ただ人々が殺戮され、殺し合い、憎み合い、世界が終わりに向かっていく光景だったのだから。


 神がいるとすれば、この哀れなものたちに慈悲を与えただろう。


「ひっ、ひははは! ひひひっ!」


 そして、男がひきつったように笑い出し始める。


「なるほど。そうなるか」


 男は見たものが信じられず、狂ってしまった。


「摂政閣下。一体何を……?」


「見せたのだよ。私の思い出を」


「思い出を?」


「そう、魂魄に刻まれた記録。私が生き続ける限り失われないもの」


 ラインハルトはそう言って踵を返す。


「では、引き続き拷問を。もう無意味かもしれないが、苦痛で目が覚めるかもしれない。試してみたまえ」


 結局のところ、その男は何をしてもひきつった笑みを浮かべるだけで、どのような拷問にも何も反応せず、死体穴に放り込まれた。


 恐怖というものは人の精神すら破壊する。


 だが、この程度のことでへこたれてもらっては困る。


 ラインハルトはこの世界にこれまで以上の地獄を作るつもりなのだから。


……………………

本日の更新はこれで終了です。


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