残党狩り
本日1回目の更新です。
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──残党狩り
再びベネディクタの手で1個師団が消滅すると六ヵ国連合軍も考え始めた。
このままではいけない、と。
彼らはゲリラの拠点を探し出すために魔王領各地に散らばった魔王軍残党の殲滅を急ぎ始めた。騎兵を走らせて偵察を行い、魔族の姿を見つけたらその周囲一帯を包囲し、火力と物量に物言わせて、殲滅を図った。
数個師団の戦力が動員され、近衛吸血鬼対策に全将兵が高価な刻印弾を装備し、山や廃墟と化した街で魔王軍の残党を相手に戦闘を繰り広げる。
大抵の場合、吸血鬼が指揮を執っている魔王軍残党が相手だった。近衛吸血鬼ではない吸血鬼も強力な存在で、古い個体は呪血魔術を行使するが、近衛吸血鬼に比べれば劣る。それに彼らは近衛吸血鬼と違って昼間は酷く弱体化する。
その弱体化した吸血鬼の率いるオークやゴブリンの残党を叩くのは、さほど難しいことではなく、魔王軍残党狩りは着実に進んでいっていた。
これで困るのはアルマである。
「人間たちが躍起になって魔王軍の残党を叩いている……。救援に向かおうと思えば向かえますが、ヴェンデルは今はベネディクタの作戦に従事している。私が残党を拾っても、撤退させる手段がない」
アルマは近衛軍を再建しようと、必死になって戦力集めに取り組んでいた。
だが、アルマが今のところ回収できた近衛吸血鬼は3体、吸血鬼は4体、人狼はゼロ。後はオークやゴブリンなどで捨て置いた。
どれもクルアハンに近い位置での回収であり、吸血鬼ならば1、2日で気づかれずに撤退できる範囲の話だった。
だが、近場の残党はもう回収し終えた。
次は遠方に足を運ばなければならないが、アルマひとりならば簡単に移動できる距離も、大戦末期に生まれた近衛吸血鬼や吸血鬼には移動できない距離であったりする。それに六ヵ国連合軍の主力は引き篭もっていても騎兵は巡回を続けている。
敵に築かれずにクルアハンまで撤退するのは容易なことではない。
「どうしたらいいのでしょうか……」
「悩み事かな、アルマ?」
「ああ! 申し訳ありません! ラインハルト大将閣下!」
上官の入室に気づかなかったアルマが慌てて敬礼を送る。
「気にしないでくれ。ふらふらとうろついている私が悪いのだ。それよりも何か悩んでいたようだが、どうしたのかね?」
ラインハルトはそのように尋ねる。
「はっ。近衛軍再編成ですが、進行が遅々としておりまして……。私の力不足のためにラインハルト大将閣下をお待たせするようなことになり、実に申し訳なく思っていたところであります」
「ふむ。それは仕方のないことだよ、アルマ。近衛軍は壊滅したんだ。私だって近衛軍をここにもう一度結集させるなどとてもではないができないだろう」
「し、しかし、私は近衛軍総司令官として……」
「慌てることはないと言っているのだよ。君はどうにも物事を義務的に考えがちだ」
ラインハルトはそう言ってアルマの頭を撫でてやる。
「君は昔から真面目な子だった。誰よりも真面目で、気張っていたね。私について来てくれた君のことを誇りに思う。君は私の誇りだ」
「もったいないお言葉……!」
アルマにとってラインハルトは生みの親である。そして、もっとも敬愛する人物でもあった。他の近衛吸血鬼たちと違って、ラインハルトに対する忠誠心はもはや異常と評していいかもしれない。
「それはそうと問題があるならば解決しよう」
ラインハルトは地図を覗き込む。
「この印は君が近衛吸血鬼たちを回収した地点だね」
「はっ! 残念なことにこのクルアハンを中心に半径20キロが限界です……」
「では、この地図を見たまえ」
ラインハルトが虚無を掴むように空間を掴むとそこから地図が現れた。
「これはベネディクタたちの行っているゲリラ戦の様子を描いた地図だ。地図の尺度からして違うから分かりにくいかもしれないが、ここがクルアハンだ。どうだね。彼らは随分と広大な範囲で作戦を行っているだろう」
「ええ。ベネディクタにはヴェンデルがついていますから……」
「君たちも一緒に行動すればいい」
「ベネディクタたちと一緒に、ですか?」
意外な提案にアルマが少し目を丸くする。
「そうだ。ベネディクタたちは残存戦力を追い詰める六ヵ国連合軍の不意を打ち、君は吸血鬼や人狼を回収する。それができれば、一石二鳥だとは思わないかね? もちろん、君がベネディクタと気が合わないのは知っているが、今は君が上官だ。命令を以てして従わせればいい。軍規に背くようならば、私に言いたまえ」
「いえっ! 大将閣下のお手を煩わせるわけには……」
アルマがラインハルトの言葉にうろたえる。
「構うものか。我々が従うべきは魔王最終指令だけだ。魔王陛下が、魔王ジークフリートが残した最後の命令を守るために、それだけのために行動していればいいのだ。それだけのためだけに行動しなければならないのだ。つまりは戦い続けることだ。戦い続けることこそ、我々の使命であり義務なのだ」
「大将閣下……?」
ラインハルトが憑りつかれたように語るのを、アルマはどうしていいか分からず、ただ見ていることしかできなかった。
「アルマ。君は賢い子だ。分かっているだろう。これは単なる始まりに過ぎないと。近衛軍を再建することは目的ではない。手段だ。君はそこを取り違えそうになっている。だが、君は賢い子だ。ちゃんと気づく。我々にとってはもはや戦争こそが目的であり、戦争こそが手段なのだということを」
「……はい、大将閣下。心得ております。これは単なる手段。目的は未だ果たされぬと。大将閣下のお望みになる戦争を作り上げることに、このアルマ、尽力いたします。決して終わらぬ、血と肉に塗れた戦争を」
「そうだ。アルマ、やはり君は賢い」
アルマの目もラインハルトと同じだ。何かに憑りつかれている。それは決して正気のものではない。ただひたすら、ラインハルトに従い続けるという狂気だ。
「では、ベネディクタに命令を下したまえ。自分とともに来いと」
「はい、閣下」
アルマが敬礼を送って了解する。
「少し刺激が強いんじゃないかな、君は」
「ラルヴァンダード。あの程度で刺激が強いと仰られるか? あなたが見てきた地獄に比べればこの世界のどれほど生温いことか。あのような地獄を作られるあなたが、この程度のことで刺激が強いと?」
いつの間にか廊下にラルヴァンダードがいた。
いつもの黒い喪服のようなドレス姿の彼女が吹き抜けになっている3階の手すりに腰かけて足をぶらぶらと退屈そうに揺らしている。
「誰もが君の見てきたものを見てきたわけじゃない。誰もが多元宇宙を自由に渡り歩けるわけじゃない。そうだろう? 君が真理に到達したとき、世界は滅茶苦茶になった。それはあの光景に比べれば、こんなのは生易しいだろう」
ラルヴァンダードがよっと手すりの上に立つ。
「あの世界がどうなったのか忘れた君ではないだろう?」
ラルヴァンダードが怪し気に笑う。
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