激化するゲリラ戦
本日2回目の更新です。
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──激化するゲリラ戦
突如として魔王領に占領軍として駐屯する1個師団が消えた。
ベネディクタとヴェンデルのコンビはゴブリンとオークを弾避けに使い、無防備な状態にあった敵1個師団を奇襲したのだ。
通常、1個師団が全て纏まって駐屯するのは難しい。何せ、1個師団とも言えば1万5000名あまりの兵力があり、野砲などを備えた砲兵隊も擁している。だから、師団は連隊や大隊ごとに分かれて駐屯することになっていた。
そのような状況で1個師団が消えたいきさつはこのようだ。
まず、ベネディクタは1個歩兵連隊が駐屯している駐屯地に殴り込んだ。占領軍として警戒していた六ヵ国連合軍だったが、ここ最近は魔族の動きも低調で、残党狩りも進んでいるために緩み切っていた。
そこに突如として現れたベネディクタは1個歩兵連隊の魔力を吸い上げ、膨大な炎で相手を焼き殺した。1個連隊3000名の歩兵は機関銃から刻印弾を放つ間もなく壊滅し、捕虜と死体はヴェンデルが拠点に飛ばした。
それから救援要請を受けて駆け付けた別の歩兵連隊が餌食となる。ベネディクタの力は敵の数が多ければ多いほど強力になる。六ヵ国連合軍は文字通り、火に油を注いでしまったのである。
流石におかしいと思った司令部が1個砲兵大隊を引き連れて残り1個連隊で駐屯地を襲撃する。砲兵が砲弾の雨を降り注がせる中を、六ヵ国連合軍の歩兵が強襲した。だが、そこに敵はいなかった。
それもそうだ。ヴェンデルの呪血魔術でベネディクタはどこにだろうと一瞬で展開できるのだ。砲兵が後方から生き残っている友軍もとろも吹き飛ばそうとしたところを襲撃し、砲兵を壊滅させるのはいとも簡単なことだった。
そして、砲兵の援護を失った最後の連隊を葬り去ることも。司令部を壊滅させることも。全ては近衛吸血鬼という存在を甘く見た六ヵ国連合軍の犯したミスであった。
死体は残されず、生き残りは皆無。
これを機に六ヵ国連合軍は警戒を強めるものの、襲撃はそう連続しては起きなかった。いきなり突発的に起き、突如して大隊が、連隊が、師団が壊滅するのだ。
「今、戦いの主導権は我々にある」
ラインハルトが幹部たちの集まった会議室でそう宣告する。
「敵は守りを固めるだけ。ゲリラ戦にまるで対応できていない。もっとも、彼らが我々のゲリラ戦に対抗するには、このクルアハンを叩く以外に他に手段はないのだが」
ラインハルトが続ける。
「ゲリラ戦は弱者の戦略だ。数で劣り、装備で劣り、これしか方法のなくなった軍隊が取る戦略だ。それにどう対応するべきか? それは単純だ。相手が数においても、装備においても劣勢ならば、数と装備の優位を最大限活かせる正面からの戦いを挑めばいい。少人数のゲリラを逃がさぬように包囲し、火力の差と数の差に物言わせ、叩き潰してしまう。それが対ゲリラ戦のセオリーだ」
「だが、あたしたちは自由に移動できるし、火力が劣っているとは言えない」
「そうだ。だから、六ヵ国連合軍は通常のゲリラ戦対策を取れない」
ベネディクタが満足そうにそう言い、ラインハルトが大きく頷く。
「そして、六ヵ国連合軍は守りに入った。ゲリラの攻撃にゲリラの拠点や協力者を見つけ出すことはせず、ただ駐屯地に立て籠もっている。そこにいれば安全だとでもいうように。愚かだ。とても愚かだ。攻撃を放棄した軍は主導権を敵に握られる。それは数多の戦争でそうであった。攻撃こそが戦争の行く末を決める主導権を握るための手段なのだ」
アルマたちが頷く。彼女たちは士官学校で嫌というほど攻撃の必要性を教えられている。だが、魔王軍の教育体制はあまりいいものではなかったと言わざるを得ず、攻撃こそが全てと思った魔王軍は無謀な攻撃を続け、悪戯に兵を失った。
だが、確かに攻撃は重要なのだ。
どこで、いつ、どれだけの規模で戦闘を繰り広げるかのほぼ全てを決定するのは攻撃側だ。防衛側はただ備えるしかない。防衛側でも機動的な防御という手段があるが、未だに馬匹に移動手段を頼っているのでは、機動防御など幻想でしかない。
ただ、相手を誘い込むという方法としての防御というものはある。わざと戦線に穴を開け、そこに誘い込まれた敵を伏兵で袋叩きにするというものだ。いわゆる後の先という奴だ。それは防衛的攻勢と言えた。
だが、今の六ヵ国連合軍はどうだ?
ただ、守りを固めるばかりで、これまで魔王軍を追い込んだのが嘘のように無能と化した。それもしょうがないと言えばしょうがないのだ。
“剣の死神”ガブリエルが魔王に致命傷を負わせ、魔都ヘルヘイムを占領した時点で、将兵たちはついに20年余りに及ぶ戦争は終わったと思った。これ以上の戦争はごめんだとも思った。終戦が決まった日に死ぬのは馬鹿げていると思った。
それが今になって魔王軍の脅威が再び上昇したと言っても、兵士の士気は低い。勝利を味わった兵は弱くなるのだ。
対する魔王軍はここからの形勢逆転を狙って、士気は高い。再び偉大なる魔王軍を蘇らせるためならば、死すら厭わないというものもいる。
これらの意識の差が、戦況に反映されているのである。
「これは好機だ。人間どもに思い出させてやろう。魔族の潜む暗闇という恐怖を。魔王軍はいまだ健在にして、人間どもを狙っているのだということを。我々はまだ戦える。我々はどこまででも戦えるのだということを!」
ラインハルトが吠える。
「我々は戦える! 必要があれば数百年と戦おう! それが魔王最終指令である! 我々が戦うのは義務であり、魔王軍の名誉を守るためだ! 我々は決して屈しない! 必要があればどこでだろうと戦おうではないか!」
列席した幹部たちがラインハルトの雄叫びにただただ敬意を示す。
「ゲリラ戦は継続する。連中は後悔するだろう。自分たちの交渉相手となり得るはずだった魔王ジークフリートを殺したことについて。これから先は絶滅戦争だ。人間が魔族を滅ぼしつくすか、魔族が人間を滅ぼしつくすかするまで戦争は終わらない」
ラインハルトはそこで笑みを浮かべる。
「彼らは戦争の目的を見失っている。好都合だ。泥沼の戦争に引きずり込むには、彼らの外交姿勢は望ましい。目的がなければ、終わりもない。魔王ジークフリートの死は目的のひとつだったかもしれないが、戦争を終わらせる条件にはならなかった」
もし、六ヵ国連合軍が足並みを揃え、戦争の最終的な着地点を決めていればこんなことにはならなかっただろう。
だが、彼らの上層部はただただ魔王軍を討伐するという漠然とした目的しか設定しておらず、どの段階で魔王軍が壊滅したと判断するのかを設定していなかった。
だから、六ヵ国連合軍と魔王軍の間で講和交渉は行われなかったし、六ヵ国連合軍は、このゲリラ戦の舞台となっている魔王領から撤退できずにいるのである。
勝利の条件。講和の条件。戦争の終結点。
魔王ジークフリートにそんな物はなかった。その魔王ジークフリートに襲われた六ヵ国連合軍も反撃と魔族の自国領からの排除ぐらいしか目的を有していなかった。
誰も自分たちが何のために戦っているのか分かっていなかったのである。
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