次の獲物
本日1回目の更新です。
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──次の獲物
あの死霊の軍勢が1個大隊の兵士たちを全滅させてから3日後。
ベネディクタは地図を睨むように見ていた。
「ベネディクタ。目標の選定は進んでいるか?」
「ああ、大将閣下。ある程度は進んでいる。ゲリラ戦については大将閣下からいろいろと教わった。敵の小規模の部隊を襲撃し、その部隊の救援要請で動く別の小さな部隊をさらに襲う。よくできた作戦だ。だが、襲うのにいい位置ってのがなかなか見つからなくてな。敵の最初の部隊はどう叩いてもいいんだが、こいつらを餌に釣りをするとなるとどこで襲撃を仕掛けるべきかってのが」
ベネディクタはそう言って地図を見て唸る。
「ここなどどうかね。道の脇には森と川。最初の部隊を襲ってから援軍が来るルートを制限出来るし、上手くいけば敵を残らず包囲殲滅できるかもしれない」
「なるほど。確かにその通りだな。森に隠れ、川を壁にする。六ヵ国連合軍の連中がのこのこやってきたら、前方と後方から現れ、挟み撃ちにし、包囲殲滅を果たす」
「その通りだ。包囲殲滅戦こそ戦術が成功したときの喜びに沸くものもない。軍隊がひとつの巨大な生き物のように動いて獲物を飲み干す。痛快だ」
「そいつはいいや! 最高だ!」
ラインハルトの言葉にベネディクタが歓声を上げる。
「だがね、ベネディクタ。包囲殲滅というのは敵に多大な損害を与え、大きな勝利を手にする戦術、戦略の神や悪魔のごとき存在であり、そうであるが故に研究され尽くされてるのだ。多少の小手先の知恵で実行できるものではない。戦場ではあらゆるものが自分の意志とは無関係に動く」
ラインハルトが囁くような声で語る。
「敵はもし、この地点で生きた味方を見つけたとすれば、魔族がどうして彼らを殺していないのか疑問に思うだろう。そして、用心して行動するだろう。一直線に仲間を助けには向かうまい。森に気を付けるはずだ。そして、夜が明けるのを待つだろう。あるいは少数の兵士だけを送り込んで負傷者を救助させるか」
「そう簡単に敵も罠にはかかってくれないってことか」
「その通り。戦場は全てが混沌としている。時として味方すら行動をコントロールできなくなる。だからこそ、戦場を指揮するものは、特別な喜びを持っているのだがね。自分の策略の成功には大いに喜ぶ。全てが失敗に終わり、追い詰められるときは頭を切り替え、脱出するということに夢中になる」
指揮官の愉悦は兵卒では味わえないものだとラインハルトは語る。
「しかしだよ、ベネディクタ。君は近衛吸血鬼だ。そのことを思い出したまえ。そして、自分の有する呪血魔術のことを考えるんだ。敵に予想できないのはそれなのだから。どのような状況で君はもっとも効率よく戦うことが、敵を大勢焼き殺すことができる?」
「そりゃあ、敵が山ほどいるような状況だ。だとすると、大将閣下が予定していたようなゲリラ戦とは違う感じにならねえか? あたしは人間を焼ければそれでいいけれどさ。ゲリラ戦ってのは、こうちまちまと相手を倒していって疲労させる戦略なんだろ?」
「それもひとつの方法というだけに過ぎない。それに局地戦に限定し、ヒット&アウェイさえ守っていれば、そして敵に追撃されるようなことがなければ、それは広義の意味でのゲリラ戦だ。神出鬼没にして、敵に打撃を与える。それだけでいいのだよ」
ベネディクタが首を傾げるのに、ラインハルトがそう語る。
「そういうもんか。じゃあ、適当にぶん殴ってくるだけでいいのか? ああ、死体と捕虜は回収して。ヴェンデルがいりゃあ、どこにでも飛べるし。正直、あいつだけでゲリラ戦って奴はできる……?」
「彼だけでは無理だ。彼とゴブリンやオークという雑兵だけでは、今の練度も高く、戦術的にも高度なものを身に着け、装備の質もいい六ヵ国連合軍を相手には戦えない。だからこそ、君という火力が必要なのだ」
オークやゴブリンの知能は低い。低いと言っても家畜ほどではない。覚えが悪く、学ぶ意欲もなく、指示がなければ暴れるだけというだけで、指示さえ下してやれば忠実に戦うようになっている。
だが、今の魔王軍にはその指示を下すものが少ない。
アルマが今、近衛軍を再編成すべく、各地に散らばった部隊をこのクルアハンに集めようとしているが、芳しくない。近衛吸血鬼の数も、ただの吸血鬼の数も、そして戦いに長けた人狼の数もゼロだ。
こうなってくるとゴブリンやオークで戦うのはもはや不可能とすら言える。弾避けに使うことぐらいには使えるだろうが、敵に打撃を与えるという面においては戦力外だと言わざるを得ない。
まだ六ヵ国連合軍との戦争が始まったばかりのころは役に立っていた。暴れまわるゴブリンやオークは六ヵ国連合軍にとって大きな脅威となっていた。彼らを押さえ付けるのには、人間たちも苦労していた。
だが、戦闘において戦術が発展し、兵器が発展し、兵士たちが戦いに慣れてくると、歩兵としての価値は人間に劣るという有様になった。今も優れた指揮官の下にいれば、人間より優れた体力で戦うものの、戦術の概念の欠如でいいように罠に嵌められることが多々あるのである。
何分、命令がなければ塹壕すら掘ろうとしないのだ。それでは砲兵の砲撃で袋叩きにされるし、敵の歩兵の突撃を止めるのは根性だけである。
魔王ジークフリートも戦争後半には『ゴブリンやオークに与える武器はスコップひとつで十分!』とすら宣言していた。
だが、残念なことに今も昔も歩兵として軍の中核をなしているのはゴブリンとオークなのだ。吸血鬼も、人狼も、巨人族も、ドラゴンも数が少ない。戦線を形成するにはゴブリンやオークに頼らざるを得ない。
だから、ゲリラ戦の指揮官には強大な火力を発揮するベネディクタが選ばれた。ゴブリンやオークも襲撃には参加させるが、基本的に弾避けだ。恐怖を知らぬ彼らは敵の機関銃にも恐れず突撃してくれる。
「んじゃ、あたしって適任じゃん。バンバン燃やせばいいんだろう? 師団を焼いてやってもいいのか?」
「できるならば。まあ、君ならばできるだろう。しかし、よく考えておきたまえ。君が危機的状況になっても、助けは来ない。ヴェンデルは温存する方針だ。ヴェンデルを戦闘には参加させない。彼は君が逃げきれないと思ったらひとりで脱出するように言ってある。この意味が分かるね?」
「ヘマはするなってことだろ? 任せてくれよ。魔王軍に相応しい活躍をしてみせるぜ。人間どもを屍食鬼にして、焼いて、焼いて、死体の山だ」
ベネディクタはそう言ってにやりと笑うと、作戦を練り直し始めた。
「流石に師団が消えれば、六ヵ国連合軍も魔王軍の残党が、少なくない規模で残っていることに気づくだろう。だが、それでいい。それでいいのだ。魔王ジークフリートは勝利条件を考えていなかった。あの大戦をただ魔族の栄光のための戦争とだけ位置づけていた。今度は六ヵ国連合軍が同じ過ちを犯す番だ」
ラインハルトはそう呟きながら、この戦争の行く末を計算していた。
泥沼のゲリラ戦が続く果てにある可能性を。
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