勝利を得るための段階を踏む必要性
本日1回目の更新です。
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──勝利を得るための段階を踏む必要性
「義務を果たしたまえ、兵士よ。兵士とはそうなったときに既に命を捨てているのだ。国というプレイヤーに命というチップとして計上され、個体としての自由と生存の権利を放棄しているのだ。だから、兵士は義務を果たさなければならない。どうあろうとも」
ラインハルトが語る中、死霊たちが通信兵に向けて集まってくる。銃剣とサーベルを血に染め、死んだ時の損壊がそのままになったおぞましい姿の死霊たちが、死霊の軍隊が、通信兵に向かってくる。
「連隊本部! 連隊本部! こちら第54連隊第2大隊! 応答せよ!」
『──ちら、連隊本部。──不良。通信──』
「連隊本部! 応援を! 魔族だ! 魔族の群れが──」
そこで通信兵は銃剣で滅多刺しにされた。
3、4体の死霊が通信兵を取り囲み、銃剣を突き立てる。通信兵は口から血を吐き、苦痛に悶えながら、意識を手放した。それは二度と戻ってくることはなかった。
「生存者、ゼロっす。作戦失敗っすよ」
「仕方ない。それに構いはしない。彼らには魔族への恐怖と憎悪が植え付けられた。死の間際に見たものはさぞおぞましく、美しい光景だっただろう。それを脳に焼き付けた死体はよい瘴気を生み出してくれる。死体を集めなければ」
ラインハルトはそう言って死体を死霊たちに集めさせ始めた。
1体、1体ずるずると死体が引きずられながら運び込まれる。
「ヴェンデル」
「直で死体穴に繋いでいいっすか?」
「ああ。それでお願いしよう」
ヴェンデルが空間に穴を開け、死霊たちがその穴に向けて死体を放り込んでいく。バラバラになった死体は掻き集められ、臓腑も集められ、飛び散った肉片と血以外のものは全て回収されいていく。
「ちっ。燃えたりねえ。不完全燃焼だ。あの魔都ヘルヘイムまでの撤退戦はよかったぜ。敵は十数万。対するこっちは数千程度。1、2個大隊で軍団の突撃を止めようとしていたんだ。敵は山ほど、わらわらと現れてはあたしの結界に入って焼き殺される。あれぞまさに戦争ってもんだったな」
「待っているといい、ベネディクタ。いずれ時がくれば好き放題に暴れられる。また十数万の敵を相手にすることもできるだろう。その時を待ちたまえ」
「大将とあたしなら今からでもやれるんじゃねえの? 早く六ヵ国連合軍の連中とやり合おうぜ。炎が敵をも燃やして道を作り、大将の死霊の軍隊が突撃するんだ。六ヵ国連合軍が数個師団、数個軍団だとして来ようと、絶対に勝てる!」
ベネディクタは興奮しきっていた。
今まで最弱と思われていたラインハルトが予想をはるかに上回る力を持っていたのだ。負ける、負けると言われた戦争末期を経験し、負けた、負けたと言われる戦後を体験しているベネディクタにとってラインハルトの存在は神のようなものだ。
「控えたまえよ、ベネディクタ。君は戦略を決める立場にない。その覚悟がない。その権利がない。戦略を決めるのは、軍の道筋を描くのは私だ。君たち前線士官は忠実に戦うことが仕事だ。前線で戦うのはいいものだが、前線の光景と戦略的見地から見た戦争というのは大きなギャップがある」
「前線での勝利は勝利だろう?」
「前線での勝利は戦術的勝利だ。戦術的勝利は必ずしも、戦略的勝利には結びつかない。小さな前線での勝利は濁流のように押し寄せる六ヵ国連合軍による攻勢に大して、あまりにもちっぽけだ。大局に影響しないのだ」
ラインハルトは語る。
「だから、我々は負けた。それぞれの吸血鬼や人狼たちは局所的、戦術的勝利をあちこちで収めた。だが、敵の大軍勢を前には焼け石に水だった。もちろん、前線で果敢に戦った将兵たちは讃えられてしかるべきだ。だが、彼らの勝利では、魔王軍の勝利はもたらせなかった」
「だけど、“剣の死神”は」
「あれは例外中の例外だ。彼女はあまりに強力だった。完全なイレギュラーだった。だが、彼女が登場してもしなくても、どの道魔王軍は負けていたよ。六ヵ国連合軍は個の力に頼らなかった。組織としての、軍隊という一種の集合的有機体としての強さを求めた」
ラインハルトは死体を運ぶ死霊たちを見る。
「装備の質。訓練の効率。ドクトリンの開発。彼らは戦争のために様々なものを生み出し、そして大量に供給した。大戦末期になって熟練工を徴兵して、前線に送り込んだ我々とは違う。彼らには余裕があった。勝利のための余裕が」
やがて死霊が死体を運び終える。
「ベネディクタ。我々は一度負けたのだ。完膚なきまでに敗北したのだ。我々は魔王軍の生き残りだ。そうであるならば、二度も同じことを繰り返して、戦争の延長ではなく、敗北の延長をしてもしょうがないだろう。我々は敗走した。壊走した。その屈辱を再び味わいたいと君はいうのかね?」
「大将がそう言う考えなら、従うさ。大将が今は魔王最終指令の執行者だ」
戦いのことで最終的な決定権があるのは魔王最終指令の執行者であるラインハルトだ。彼以外の魔族に、魔王軍最終指令による『戦い続けろ』という命令を行使することはできない。
魔王軍は戦い続けなければならない。敗北は許されない。逃げることも許されない。ただひたすらに戦い続けなければならないのだ。
「そろそろ戻るっすか?」
「ああ。戻ろう。我々の仕事は一先ず終わった。後は──」
ラインハルトが血の溜まる窪地や、肉片が飛び散った木箱などを眺める。
「──これを見た六ヵ国連合軍がどのような反応をしてくれるかだ」
六ヵ国連合軍は攻撃に気づくだろう。そして対処するだろう。
だが、どう対処するかだ。
「ただの魔王軍残党の仕業と思うか、それとも核心を突くか。敵の反応が楽しみじゃないか。やはり戦争とは優れた相手と戦ってこそだ。無能と戦っても、面白くはない。ただ、蹂躙する楽しみだけが味わえるだけ。一方的に相手を蹂躙するのも、それはそれで楽しいが、やはり敵には抵抗してもらいたいものだ」
ベネディクタは笑みを浮かべて、ヴェンデルは覚めた表情でラインハルトの言葉を聞いていた。彼らはラインハルトの独白にも近い言葉に何を感じたのだろうか。
「大将。撤退準備完了っす」
「よくやってくれた、ヴェンデル。では、撤退するとしよう」
ラインハルトが撤退し、ベネディクタが続こうとする。
「なあ、お前、前にラインハルト大将のことで何か揉めたのか?」
「何も揉めてないっすよ、ベネディクタの姐さん」
「そっか。それじゃな」
ベネディクタが撤退する。
「そうっす。何もなかったっす。そうなんっすよ……」
暫し逡巡したのちにヴェンデルもまた撤退していった。
残されたのは燃え上がる倉庫と血痕、肉片だけだった。
六ヵ国連合軍は後のこれを発見するも、ラインハルトたちの仕業だとは思わなかった。ここ最近活動を活発化させている魔王軍から野盗に成り下がった魔族たちの仕業と思われ、近くの山などを捜索した。
だが、何も出て来なかったのは言うまでもない。
それでもひとりだけはこの異常さに気づいていた。
ガブリエルである。
“剣の死神”が現場を訪れていた。
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