倉庫での戦い
本日1回目の更新です。
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──倉庫での戦い
月光の照らす夜。
まだこの世界では暗視装置は開発されていない。だが、吸血鬼たちにとって夜は自分たちの時間だ。彼らは夜の闇とともに現れ、人知れず獲物を仕留め、哀れな人間たちを屍食鬼にしてしまうのである。
人々はそうであるが故に夜を恐れる。闇を恐れる。
備蓄倉庫の守りを固めている歩兵大隊の兵士たちもそうであった。
彼らは明々とした篝火を以てして闇を照らし、遠ざけ、昼間のようにしようとしていた。だが、篝火の明かりではこの広大な夜の闇を完全に切り裂くことは不可能だ。彼らは明かりの下に集い、小銃を握って警備の任務に就いていた。
時折、闇を駆け抜ける光が見える。騎兵だ。騎兵は松明を持ち、倉庫の周辺に怪しげなものが近づいていないかを確かめていた。彼らは騎兵銃で武装し、サーベルを腰に下げ、定期的に巡回路を回っていた。
「少佐殿。定時報告です。異常なしとのこと」
「分かった。明日には発つことになる。それまでに食べられるだけ食べておけ。倉庫番の役得だ。余剰な物資が生まれるのも戦争に勝利したおかげだな」
「そうですね。これまでは常に物資は不足していました」
大隊長が副官に向けて言うのに、副官が頷く。
「戦争は終わった。この長かった戦争もついに終わったんだ。子供たちは平和な世界を生きていける。それが俺には何よりも嬉しいよ」
「20年余り。本当に長い戦争でした」
ようやく大戦は終わった。
魔王軍は滅んだ。彼らの首都である魔都ヘルヘイムは今や六ヵ国連合軍の占領下にある。あれだけ人間たちが恐れた吸血鬼や人狼、ドラゴンたちは大敗し、六ヵ国連合軍によって処刑されるか、虜囚の身となっていた。
オークやゴブリンなどの敗残兵は未だ残り、各地で山賊めいた活動を行っているが、それは大したことではない。指揮官なき彼らはどの道滅びゆく定めにあるのだ。六ヵ国連合軍は魔王領の占領と治安回復任務に当たっている。ゴブリンもオークも、いずれは六ヵ国連合軍によって殲滅されるだろう。
この大隊も残存勢力の掃討のために動員された部隊だ。ここで補給を行ったら、近くで魔族が目撃された場所にいき、掃討戦を行う。
魔王軍はもはや過去のもの。大戦は終わったのだ。誰もがそう信じている。
「この任務が終わったら祖国に帰れる。最後の任務だ。気合を入れていけ」
「畏まり──」
だが、そうではないと否定する、大戦の継続を望む集団が存在した。
「いないいないばあっ!」
「て、敵襲──」
魔王軍残党の最大勢力。ラインハルトの軍勢だ。
ヴェンデルの呪血魔術で陣地のど真ん中に現れたベネディクタ、ヴェンデル、そしてラインハルトと少数のオークとゴブリンの集団は、戦争の終わりを信じていたものたちの脳天に蹴りを叩き込むことになった。
突如として現れたベネディクタは目の前にいた兵士に飛びかかり、首筋に鋭く伸びる2本の犬歯を突き立てる。兵士はもがき苦しみながら、屍食鬼へとその姿を変えていく。
「何事だ!?」
「敵襲です! 吸血鬼が3体とゴブリンとオーク!」
「畜生。応戦しろ! こちらの方が数で勝っている! 落ち着ていて戦えば負けることはまずありえない! 機関銃に刻印弾を装填し、配置につかせろ!」
「了解しました!」
大隊長は流石に長年戦ってきただけあって動きも素早かった。
機関銃が刻印弾を装填して配置に付き、歩兵が分隊ごとに集結して陣地のど真ん中に現れたベネディクタたちを包囲し小銃の銃口を向ける。
「うへえ。完全に包囲されたじゃないっすか。だから、嫌なんですよ、ベネディクタの姐さんと一緒に仕事するの。ちょっとは頭使ってください」
「これからが本番だぜ?」
ベネディクタが手を振り上げる。
それと同時にこの倉庫一帯を包み込む結界が生じた。
「結界魔術だ! 警戒!」
「機関銃、撃てえ!」
だが、機関銃が撃ち始めるよりも早くベネディクタが動いた。
機関銃の射手が炎に包まれて地面に転がり回る。歩兵が突如として発火し、辺り一面が炎に包まれる。真っ赤な炎が、人間たちの恐れた闇を切り裂いていた。しかし、その燃料は人間そのものだ。
「あははっ! 燃えろ、燃えろ! 焼き尽くせ! 人間の焼ける臭いは最高だ!」
「反撃しろ! 魔術師も投入するんだ!」
暴れまわるベネディクタを相手に人間の魔術師が戦闘に加わる。機関銃が潰された今、最大級の火力は魔術師だ。ひとりの魔術師は歩兵1個小隊に匹敵する火力を発揮できると、そう言われている。
「闇を祓いたまえ!」
魔術師たちが一斉に詠唱するが何も起きない。
「何が……」
「悪いな。お前らの魔力はあたしがいただいた。ここにいる全員の魔力はあたしのものになっているんだよ。驚いたか? 恐怖しているか?」
これこそがベネディクタの呪血魔術である。
人間は魔術師にせよ、そうでないにせよ、魔力を有している。
ベネディクタはそれを全て吸い上げる。そして、全てを自分のものとして、得意とする炎の魔術に変換する。敵の魔術師は魔術が使えず、ベネディクタだけが圧倒的な力を振るうことになるのだ。
敵の弱体化と己の強化を同時に行えるベネディクタの魔術は強力であった。しかし、これは相手が一定数いないと成り立たない魔術である。そうであるが故にベネディクタは大勢の敵との交戦を望んだのだ。
「さあ、戦い続けようぜ! 戦争はまだ終わっちゃいない! 兵隊の価値なんてのは戦ってこそだろう! 価値を失う前に、兵隊として死ねなくなる前に、派手に戦って戦争を味わいつくそうぜ!」
ベネディクタはそう言って炎を放ちまくる。
倉庫にも火が付き、食料が燃え、武器弾薬が暴発する。
「各自の判断で発砲! 奴を止めろ! このままでは皆殺しだぞ!」
戦争は終わったはずなのに、魔王軍は滅びたはずなのに、それなのにどうしてこんなことになっているんだ? この作戦が終わったら祖国に帰れるはずだったんだ。それなのにどうして、どうして……。
目の前の化け物は間違いなく噂に聞く近衛吸血鬼だ。戦争が終わったはずの今、出くわすなんてこれ以上の最低な出来事があるというのか?
「させるかよ。燃えろ」
ベネディクタの炎が再び六ヵ国連合軍の兵士たちを包む。
それでも散発的な抵抗は起きていた。刻印弾が飛び交い、兵士たちは抵抗する。
「人間の焼ける臭いの何と香ばしいことか。これぞ戦争だ。戦争とはかくあるべきなのだ。人が焼け、魔族が焼け、炎は文明の象徴として、そして破壊の象徴として扱われる。人が焼けて転がり回りながら発する断末魔の何と甘美な響きか」
そう言いながらもラインハルトも戦闘の準備を整えていた。
「大将。見せてくれよ。そろそろあんたの実力って奴をさ。このままだとあたしがひとりで全員を片付けてしまうことになっちまうぞ」
「それもそうだ。では見たまえ。私の魔術を」
次の瞬間、ラインハルトの足元に黒い魔法陣が浮かんだ。
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