ベネディクタの芝居
本日2回目の更新です。
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──ベネディクタの芝居
魔王軍はただちにゲリラ戦の準備に入った。
ゲリラ部隊はガルム戦闘団には所属しないか、あるいは一時的に指揮をベネディクタに譲った部隊が戦うことになっていた。
なるべく、ガルム戦闘団の再編成の邪魔をせず、手の空いている魔族で攻撃を仕掛けるべく、一時的にスレイプニルの供給をゲリラ部隊に優先することで、偵察活動を行った。狙いは敵の輜重兵や少数の警備部隊だ。
だが、ベネディクタは密かに大規模戦闘を目論んでいた。
派手な戦争を好む彼女の性格と、その固有の魔術──“呪血魔術”の性質上、多人数と戦うのはベネディクタの本分であった。
それにラインハルトの力を試すのに、輜重兵ごときではつまらない。もっと大規模な戦闘で彼の力を確かめたいという思惑があった。
「襲撃する連中が決まった」
「具体的な作戦案を示したまえ」
「任せとけ」
ラインハルトの前に置かれたクルアハン周辺の地図にベネディクタが駒を置く。
「目標はこの占領軍の備蓄倉庫に食料を搬入してる連中だ。連中は所詮は輜重兵だし、装備は護身用の小銃程度だ。機関銃でばかすか撃たれることもないし、敵の魔術師が出張ってくる可能性もない」
「ふむ」
実際の偵察では六ヵ国連合軍の備蓄倉庫には1個大隊の兵力が今は駐屯しており、彼らは機関銃を持っているし、魔術師も擁していると分かっているのだが、ベネディクタはそれを黙っていた。どうせ気づかれることはないと。
「嘘だね、ベネディクタ。君は嘘が下手だ」
「……っ!?」
「1個大隊の戦力。機関銃。魔術師。それから今は騎兵も駐屯しているだろう?」
「どうしてそう思うんだい、大将?」
あくまで知らぬ振りをして、ベネディクタがそう返す。
「分かるから、分かるのだよ。君の考えは分かっている。派手に暴れまわりたい。また戦場のスリルが楽しみたい。そして、ついでに私の実力も見極めておきたい。心外だな、ベネディクタ。私の実力は君たちを創ったことで証明されているじゃあないか」
まさか精神支配の魔術かと思って自身をスキャンするも魔術の類は見つからない。ベネディクタは全く理解できなかった。
「何、驚くことはない。単に君が嘘を吐くだろうから、ヴェンデルに聞いておいただけだよ。安心したまえ。私は部下を精神支配の魔術で操ったり、その思考を覗いたりなどしない。怖がらせてしまったかな?」
「ちっ。ヴェンデルの野郎……」
ヴェンデルは確かにラインハルトに事実を告げた。
だが、それ以前に彼は事実を知っていた。
ラインハルトは派手な戦闘を好むだろうベネディクタが好みそうな目標がこの付近にあることを、事前に知っていたのだ。彼とて無能ではない。これまで軍人として働いてきたのだ。目標の選定に個人の性格が反映されることなど、対戦相手を分析しなければならない人間にとっては常識だ。
ラインハルトは死霊を忍び込ませた。
ラインハルトの本領は死霊術。悪霊を使うことは当たり前の魔術だ。
そして、その備蓄倉庫に今は1個大隊の戦力が駐屯していることを知った。巡回の騎兵部隊とともに行軍途中に警備を任されている1個大隊の戦力の存在を知ったのだ。
「じゃあ、別の目標を──」
「構わない。その目標を襲おう。私は小規模な戦いを望んだ。この戦争で1個大隊の戦力など、ほんの僅かなものだろう? 我々はこれまで数十個師団の動く戦場にいたのだよ。1個大隊程度の戦力程度に怯える必要などあるまい。相手に機関銃がある? 相手に魔術師がいる? その程度のことで怯んでいてはいつまでも戦えない」
ラインハルトが笑いながらそう言うとベネディクタも笑みを浮かべた。
「流石だぜ、大将。じゃあ、ここを襲撃だ。襲撃は夜中の2時。日が昇るまでには仕留め終える。まあ、あたしたち近衛吸血鬼に日光は意味はないがね」
ベネディクタが自慢げにそう語るときにアルマが前に出た。
「ベネディクタ。心得なさい。今後、このようなことをすれば近衛軍総司令官である私が許しません。魔王軍最終指令を執行するラインハルト大将閣下を欺こうとするなど、反逆罪も同然。分かっていますね?」
「わ、分かっているさ。ただ、ちょっと大将の実力を拝みたかっただけだ」
アルマの殺意にベネディクタが僅かにたじろぐ。
「まあ、今回は不問としようではないか、アルマ。私も部下の信頼を得る努力をしてくるべきだったのだから。そう、戦いの中でこそ証明されるものもある。私は目立った活躍をしてこなかった。ベネディクタが実力を疑問視するのも無理はない。ただし──」
ラインハルトが手を握り締める。
「これが最後だ。私は魔王最終指令の執行者としての立場がある。あまり私を馬鹿にしたことはしないでもらいたい」
ベネディクタがただ頷く。
今のラインハルトは別人のようだった。
闇そのもの。恐怖そのもの。
そうとしか言いようがない。闇を恐れないはずの近衛吸血鬼であるベネディクタが恐れを抱くような深い、深い闇。原初的な恐怖。あまりに巨大な存在の前に自分の存在がちっぽけに感じてしまうような、そんな恐怖だ。
「悪かったよ、大将。だが、襲撃は決まりだよな?」
「ああ。私の実力を見せようじゃないか。所詮は四天王の末席と言えど、私はこれまで四天王であったのだ。この私が勇敢に戦い、そして死んでいった他の四天王の名を汚すわけにはいかない。証明しよう。四天王としての実力を」
「了解。作戦案はシンプルに殴り込みだ。隠密なんてやらねえ。ヴェンデルの呪血魔術で連中の陣地のど真ん中に出て、暴れまくる。食料は焼き払って敵の兵站にも打撃を与えちまおう。そして、死体と捕虜を回収だ」
「結構。シンプルな作戦というのはシンプルであるが故に崩しにくいものだ」
ラインハルトは満足したように頷く。
「君は闘争とはかくあるべしを体現したかのような子だ。よい戦士だ。血に飢えていて、戦いを求め続けている。そして、死を恐れない。敵を恐れない。だが、用心したまえよ。それはよき戦士であると同時に、戦乙女に連れていかれる戦士でもあるのだ。常に自分の死について考えたまえ」
「あいよ」
ベネディクタが軽いノリでそう言って、会議室を出ていった。
「よろしかったのですか。あのような態度を許されて」
「戦場で働いてくれるならば、どのような態度だろうと許すとも。ああ見えて、彼女は指揮系統の意味を理解している。魔族が、人が死ぬ命令を下す人間というものが、どういう立場にあるのかということを知っている。それは決して侮られてはならないし、それは決して友人であってはならない。死を与えるものは常に孤独であるべきだからだ」
アルマがやや憤慨して述べるのに、ラインハルトがそう語った。
「アルマ。君がいれば問題はないだろう。私は部下を叱るのは苦手でね。特に闘争心に満ちたベネディクタのような若者を、私のような衰えた老人が叱るのは忍びない。君には私の片腕としての役割を期待しているよ」
「はっ。了解しました、ラインハルト大将閣下」
アルマが頷く。
「では、ベネディクタの催す宴に招かれるとしよう」
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