神聖存在ガブリエル
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──神聖存在ガブリエル
ガブリエルはルテティア市街地に魔王軍が出没したという知らせを陸軍司令部で聞いていた。空軍が壊滅し、海軍が壊滅した今、残されたのは陸軍だけであり、陸軍総司令部が事実上のフランク共和国軍総司令部だった。
将軍たちは頭を抱えていた。
籠城とは包囲を解いてくれる味方がいなければただの時間稼ぎに過ぎないのだ。そして、今のルテティアはそのような状況だった。
どうするべきだ? 市民を脱出させる? どこに? どうやって?
最悪の状況だった。こうなってしまえばもはや敗戦と同義だ。
「私が行きます」
そこでガブリエルが声を上げた。
「おお。ガブリエル大佐……!」
「君が行くならば戦局はひっくり返せるかも知れない!」
今のルテティアを覆っている神聖魔術の源はガブリエルである。
彼女が戦うのであればその神聖魔術によって魔王軍は撤退に追い込まれるのではないか? そういう期待が将軍たちの中にはあった。
「私は戦いますが、この苦しい状況を必ずしも逆転に持ち込めるかは分かりません。ですが、できる限りのことをするつもりです。閣下たちも勝利への道筋を描いてください。それが重要です」
勝利の道筋などとうの昔になくなった。
「頼むぞ、ガブリエル大佐」
「はい」
そして、ガブリエルが戦場に向かう。
「大佐ひとりで戦況を覆せと?」
「ひとりではありません。多くの仲間たちがいます。共和国親衛師団も全部隊が投入される予定になっています」
「しかし……」
「決まったことです」
アルセーヌの目には上層部が犯してきた過ちのツケをガブリエルが支払わされているようにしか見えなかった。
もっと早い段階で、魔王軍が一度壊滅した段階で、兵力を投入して残党を徹底的に倒しておけば、こうなることは避けられたのではないだろうか? あの時の政治家たちは明らかに間違っていた。脅威は残っていたのだ。こうなるという脅威は残っていたのだ。
政治家たちはツケを支払うことはなかった。いや、いずれは彼らもツケを支払うことになるだろう。ルテティアが陥落し、ルテティア市民が皆殺しにされるならば、政治家たちも例外なく皆殺しにされるはずだ。
だが、その前にガブリエルが死ぬ。
ド・ゴール大統領とともに徹底的な殲滅を訴えたガブリエルが死ぬ。
こんなのは間違っているのではないか? ガブリエルは正しい選択を取ってきたのに、他の人間の間違いのツケを支払うことになるなど。それも死によって支払うことになるなど。どう考えてもおかしい。
だが、やるしかない。ルテティアを守るにはガブリエルの参戦が必要だ。
「ガブリエル大佐。ご武運を」
「ええ」
そして、ガブリエルが戦場に向かう。
人工聖剣“デュランダルMK4”とともに戦場に向かう。
それは神々しいとすら言えた。
彼女の背中の羽は未だに健在で、光を放っている。
光を帯びたガブリエルは美しく、祈りたくなるほど神々しかった。
「ガブリエル・ジラルディエールを発見!」
「砲兵に支援を要請しろ!」
「間に合いません!」
ガブリエルが一気に加速する。
「我々は進軍する!」
近衛吸血鬼たちがなぎ倒される。
「神の御旗の下に我々は進軍する!」
近衛軍の兵士たちが次々に撃破されて行く。
激しい戦闘が繰り広げられるが、それは魔族の抵抗が激しいだけでガブリエルは悠々としたものだ。悠々と、素早く、徹底的にガブリエルは敵を鏖殺していく。
魔王軍は壊走を始め、彼らの攻撃プランは台無しになった。
ガブリエルの追撃は続き、抵抗する魔族をガブリエルは容赦なく斬り捨て、逃げようとする魔族の背中を斬り、魔王軍を徹底的に追い詰める。
一定の距離まで進んだところで砲弾がガブリエルに降り注ぐ。
だが、ガブリエルは神聖魔術の波動で砲弾をすべて破壊してしまう。
「我々は進軍する!」
ガブリエルによる一方的な虐殺は続いた。
近衛吸血鬼が、人狼が、吸血鬼が、ゴブリンが、オークが、ドラゴンが、歴戦の兵どもが殺されて行く。呆気なく斬殺されていく。その勢いは止まることなく、ガブリエルは虐殺を続ける。
「神の御旗の下に我々は進軍する!」
ガブリエルは叫び、侵攻してきた敵部隊を相手にする。
ガブリエルはただただひたすらに、敵を殺し続け、魔族にも怯えて逃げ出すものが現れ始めた。だが、そういうものが逃げ出すことに成功する前に神聖魔術によって溶解してしまっている。
ガブリエルは単騎で進み続け、各地で孤立した友軍を救出すると、さらに魔王軍に猛攻を加えていく。
激しい攻撃を受けている魔王軍では早急に立て直しが図られていた。
戦線に開いた穴を埋めろ。とにかく部隊を前進させろ。そういう命令が飛び交い、前線がさらに混乱したものになっていく。
そんな中でひとり、状況に対処しようというものが現れていた。
「そこまでです。フランク共和国のいかさま師」
「あなたは人工魔剣の使い手でしたね」
ガブリエルの前に立ちふさがったのは、アルマだった。
「この間の決着をつけましょう」
「望むところです。決着をつけましょう」
ガブリエルが“デュランダルMK4”を構え、アルマが“ダインスレイフD型”を構える。ふたつの人工聖剣と人工魔剣がぎらりと剣呑に輝く。
そして、ふたりが一気に駆けだす。
互いに相手の首や心臓を狙って剣を突き出す。
剣と剣が交わり、激しい金属音を立てる。戦闘は激しく、神聖魔術と黒き魔術の魔力が膨大な量、周囲に向けて吐き出される。
だが、アルマの懸念はどうすればガブリエルが死ぬのかということにあった。
ガブリエルは一度心臓を潰されている。それにもかかわらず、すぐに戦線に復帰してきた。恐るべきことだ。相手は不死身なのかもしれない。
だが、そのようなことに怯えるアルマではない。
敵が不死身ならば、永久に殺し続けるだけだ。蘇るたびに心臓に刃を突き立ててやる。そうすることでこの女に我々の戦争を邪魔させはしない。そう、アルマは考えていたのであった。
とにかく今は決着をつける。勝利する。
アルマはそう考えて剣を振るい続ける。
ガブリエルの方も勝利することだけを考えて剣を振るっていた。目の前の魔族を殺す。もっと大勢の魔族を殺す。魔族は殺し尽くす。
そして、彼らの罪を清めるのだ。
罪を清めるために死を与える。それ慈悲深く、とても残酷だ。
だが、ガブリエルを支配していた思想はそういうものであった。
彼女はアルマも“救済”するために殺そうとする。
激戦が繰り広げられた。
アルマは善戦した。ガブリエルのトドメを刺せそうなシーンもいくつもあった。だが、彼女はガブリエルを仕留められなかった。
激しい金属音が響き、アルマの手から“ダインスレイフD型”が弾き飛ばされる。
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