司令部奇襲
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──司令部奇襲
魔王軍は大規模な攻勢に向けての再編成が進められていた。
彼らはもうフランク共和国は戦えないと判断しており、かなり甘い見通しで軍の編成は進められていっていた。
だが、彼らは後悔することになる。
まずはひとつ目の師団司令部が強襲された。
師団司令部の司令部要員は抵抗する間もなく全滅してしまう。
そして、最悪だったのは司令部が壊滅したことに誰も気づかなかったことだ。
フランク共和国軍のガブリエルに率いられた特殊作戦部隊は可能な限り戦闘をガブリエルに任せ、銃声を立てなかった。そしてその銃にもサプレッサーが装備され、銃声を立てなかった。
密かに魔王軍の司令部を奇襲しては壊滅させていくガブリエルたち。
以上に気づいたのは、アルマだった。
再編成中のはずの部隊の再編が進んでいないことに彼女は気づいた。
どこかで問題が起きているのかと思い司令部を覗けば、司令部要員は皆殺しにされていた。そして、濃い神聖魔術の痕跡が残されている。
「敵襲! またあの“剣の死神”が襲い掛かってきています!」
だが、警報が全ての部隊にいきわたるには時間がかかった。
その間にガブリエルたちは第1近衛擲弾兵師団“ガルム”の司令部を強襲しようとしていた。司令部には当然バルドゥイーンもいる。
そこにガブリエルたちがなだれ込んだ。
「敵襲──」
「はあああ──っ!」
叫びそうになった近衛吸血鬼を斬り捨てガブリエルが次々に司令部要員に襲い掛かる。バルドゥイーンは必死になって応戦していた。
「“剣の死神”め!」
バルドゥイーンの手から何十発もの金属の槍が放たれる。
ガブリエルはそれら全てを斬り伏せるとバルドゥイーンに襲い掛かった。
ざんっと音がしてバルドゥイーンが袈裟懸けに斬られる。
神聖魔術の影響もあり、バルドゥイーンは傷を癒せない。
「いたぞ! 襲撃者たちだ!」
「囲め! 包囲しろ!」
奇襲から立ち直った魔族たちがガブリエルたちのいる天幕を包囲する。
「強行突破して帰還します! 私に続いてください!」
「了解!」
ガブリエルと特殊作戦部隊は包囲する魔王軍部隊を突破する。
ガブリエルが神聖魔術を振りまいて魔族たちを遠ざけ、抵抗する魔族は斬り捨て、ガブリエルたちは突撃を続ていく。そして、魔王軍の賢明な抵抗もむなしく、ガブリエルたちは包囲網を突破して帰還していった。
残されたのは殺戮の痕跡と破壊の痕跡だけ。
「バルドゥイーンは?」
「バルドゥイーン少将閣下は戦死が確認されました。残念です」
「そうですか……」
長らくともに戦ってきた仲間の死にアルマは少しばかりのショックを受ける。
だが、これは戦争だ。いつ誰が死んでもおなしくない戦争なのだ。
であるならば、この程度のことで落ち込んではいられない。
「ラインハルト大将閣下と話します。この未曽有の敗北について」
アルマはラインハルトの元を訪れ、素直に先ほど起きた襲撃について話した。
「そうか。バルドゥイーンが去ったか。それは残念だね」
ラインハルトは小さくうなずく。
「ただちに後任の司令官を決めたまえ。そして、戦争を続けるんだ」
「……何の罰もないと?」
「誰を罰しろと? 再編成中の軍は脆いものだ。こういうことが起きるのは計算の上だ。そして、我々は何があろうと戦い続けなければならないのだ。魔王最終指令に基づいて。『戦い続けろ』という命令に従って」
それであるならば貴重な人材を罰したりなどして戦場から遠ざけたりするものではないよとラインハルトは語る。
「それではだたちに後任人事を決定します」
「ああ。ところで、体の方はどうかね、アルマ?」
ラインハルトがそう尋ねる。
「問題ありません。ですが、コンディションが向上したかは、実際に戦って見なければ分からないかと思います」
「そうか。楽しみだね。君で成功すれば、他の近衛吸血鬼で試したい」
ラインハルトは司令部が強襲されたことなど、バルドゥイーンが死んだことなどどうでもいいかのようにそう愉快そうに語る。
実際にどうでもいいのだろう。今や膨大な数の軍隊を保有することになったラインハルトたちにとってはバルドゥイーンの死など“ちょっとした損害”だ。
ただただ、必要なのは『戦い続ける』こと。それ以外のことはどうなっても構わない。そして、今もアルマたちは戦い続けている。
「『戦い続けろ』『戦い続けろ』。素晴らしい命令です。我々は戦い続けなければ。休むことは許されない。ひたすら戦い続けなければいけないのです。それが勝利に繋がっていようと繋がってしまいと」
アルマは口角を歪めてそう言う。
「素晴らしい戦争。素晴らしい死。戦乙女に祝福された死は美しい。我々は彼らの意志を継ぎ、戦い続ける。勝利のために。いや、戦いのために」
アルマは笑った。
それから予定から遅れたものの、魔王軍のルテティア侵攻作戦のための軍の再編成が完了した。ルテティアの神聖魔術による加護は厳重になっており、やはり陸軍を捨て身で突撃させ、それでできた道を走るより他なかった。
陸軍は数百個師団が存在する。装備の足りていない部隊も存在するものの、戦えないことはない。陸軍を突撃させる準備も整っている。
「陸軍全部隊、突撃準備完了です」
リヒャルトが軍議の場でそう報告する。
「近衛軍も全部隊突撃準備完了です」
「空軍の全部隊作戦行動可能です」
アルマとマキシミリアンも報告する。
「よろしい。諸君、突撃だ。敵に向かって突撃だ。我々は戦い続ける。最後の最後まで『戦い続ける』のだ。この命令は決して覆されないし、延々に続く命令だ」
ラインハルトが号令を発する。
「全軍突撃前進開始。陸軍は道を作れ、近衛軍は敵を撃破せよ、空軍は敵を薙ぎ払え。攻撃開始。攻撃開始だ。我々は戦い続けるのだ」
ラインハルトが高らかと命じる。
「了解。突撃開始させます」
「陸軍が突撃を開始次第、近衛軍も」
そして、首都ルテティアへの総攻撃が始まった。
陸軍が一斉に押し寄せるのにフランク共和国軍は必死の阻止砲撃を行うが、その突撃を阻止できない。あらゆる火砲が投入されたが止められなかった。あらゆる銃火器が投入されたが止められなかった。
陸軍の歩兵たちは神聖魔術で満たされたルテティアに入ると、その魔力によって浄化され、分解される。しかし、全ての瘴気が滅されたわけではなく、僅かに残った瘴気が少しずつ蓄積していく。
そして、ルテティアは次第に瘴気に侵されて行っていた。
ルテティアが瘴気で汚染されて行くのを神聖魔術が相殺し、何もない空間が生まれる。そこに近衛軍が突撃する。
近衛軍の突撃は敵の陸戦部隊を確実に排除し、ルテティア制圧に向かっていっていた。ルテティアの各地に魔王軍が出没し、防衛部隊が市街地にまで撤退する。
しかし、フランク共和国に降伏の意志はなかった。
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