神の君臨
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──神の君臨
ガブリエルの死体はラマルク博士の研究室に運び込まれた。
第1教導猟兵旅団“フェンリル”が首都ルテティアを襲撃したことで、首都は戒厳令下に置かれており、ド・ゴール大統領の葬儀すらまだ行えていない。
それに加えてガブリエルが死んだ。
いや、死んでいるかどうか分からないのだ。
今も彼女の握る人工聖剣“デュランダルMK4”からは神聖魔術が漏れ出してる。
それは魔族たちを寄せ付けず、近づいた魔族を浄化してしまう。
「ラマルク博士。ガブリエル大佐は死んでいるのですか?」
「……現実歪曲値の数値からは生きていると判断できる。だが、生物医学的には……」
ガブリエルの心臓はヴェンデルによって握りつぶされている。
それは確かに必殺の一撃だったはずだ。ガブリエルが生きていることなどあり得ない。心臓を潰されて生き延びることのできる人間などいるはずもない。
だが、ガブリエルは死んでいないという思いが多くのフランク共和国の人間の中にはあった。彼女はあれぐらいで死んでいい人間ではないと。
「蘇生はできないのですか?」
アルセーヌが必死にラマルク博士に尋ねる。
「蘇生と言っても、心臓がないのでは……。どうなっているのだ、これは」
生物医学的には死んでいるはずのガブリエルは今も魔術的には生きている。
そこで瞳を閉じていたはずのガブリエルが目を覚ました。
「なっ……!? 何が起きた!?」
「現実歪曲値が異常数値です! パラメーターが振り切れています!」
ラマルク博士が驚きの声を上げ、助手たちが叫ぶ。
「ふあわ。おはようございます。皆さん、どうかしましたか?」
「ガ、ガブリエル大佐……?」
死んでいるはずのガブリエルが上半身を起こし、欠伸をしてみせた。
「あなたは心臓が抜き取られて死んだはずだ。どうして生きているのだ!?」
「そう言われましても。生きているから生きているとしか。私は自分が死んだという記憶はないんですよね。とても暖かな場所に言って、そこで偉大なる存在と言葉を交わしたとした覚えていなくて」
いつの間にかガブリエルの心臓を抜き取られたはずの胸に傷も塞がっていた。
「き、奇跡だ! 神々の奇跡だ!」
「おお。偉大なる神々よ! フランク共和国に神の祝福あれ!」
ガブリエルが復活したという知らせはフランク共和国の首都ルテティアを駆け巡った。ドラゴンが爆撃を行うため灯火管制が布かれた都市で、ラジオ放送が聞こえる。それは英雄の復活を知らせるものであった。
ガブリエルは蘇った。彼女は死なない。彼女は本物の神の遣いだ。
魔族による攻撃を受け、危機的な状況にあったフランク共和国の人間にとって、これは朗報以外のなんとも言いようがなかった。
「ガブリエル大佐がいる限り、フランク共和国に負けはない!」
「魔族の手からフランク共和国の解放を!」
フランク共和国の市民が叫ぶ。勝利を。栄光を。崇拝をと。
ガブリエルに対する信仰心は過去最大に高まり、彼女のことは本当に神の遣いだと思われていた。そして、それは事実だった。
ラルヴァンダードがラインハルトを介して地上に介入したように、神々もまたガブリエルを通じて地上に介入したのだ。
信仰心を得るために。
「ガブリエル大佐。人工聖剣はまだ使えるかね?」
ガブリエルの検査が終わってからラマルク博士が尋ねる。
「使えるはずですよ。ほら」
“デュランダルMK4”を握ったガブリエルはその刃から神聖魔術が放たれた。
膨大な規模の神聖魔術だ。計測することもできない。
「う、うむ。問題はないか……。それでは陸軍司令部に出頭したまえ。先ほどアルセーヌ君が来て、命令を伝えていったよ。陸軍司令部は一度壊滅したそうだが、生き残った将校たちが臨時の司令部を作ったらしい」
「陸軍司令部が壊滅した……。分かりました。急いで出頭します」
ガブリエルは軍服を纏うと、颯爽と“デュランダルMK4”を抱えて、研究室の外に出た。そこではアルセーヌがガブリエルを待っていた。
「待ちしておりました、大佐。こちらへ」
「ええ。行きましょう」
ふたりは馬車で、首都ルテティアの中心部に位置する陸軍司令部を訪れた。
「ガブリエル大佐! 共和国に勝利を!」
「ええ。共和国に勝利を」
陸軍司令部では衛兵がガブリエルに畏敬の眼差しと敬礼を送る。
「ガブリエル大佐。よく来てくれた」
「はい。私に任務でしょうか?」
「その通りだ。今現在、魔王軍の進軍は停止している。敵は次の攻撃に向けての再編中と思われる。我々としてはそこを襲撃したいと考えている。敵は再編成のために足元が疎かになっているところを殴り付けるのだ」
臨時の陸軍司令官はそう言ってガブリエルを見た。
「だが、いくら足元がおろそかになってるとしても敵戦力の規模は膨大だ。迂闊に攻撃を仕掛ければ、我々は全滅するだろう。そこで我々は特殊作戦部隊を編成した。少人数の精鋭で、敵の司令部を奇襲する」
「なるほど。それはいい考えですね」
「その特殊作戦部隊に君にも参加してもらいと思っている。傷の方は、その、治ったのだろう?」
陸軍司令官は怯えるようにしてそう尋ねた。
怯える理由はシンプルだ。ガブリエルは単独で今のフランク共和国軍を皆殺しにできるのだ。そして、彼女は人間ではない可能性が出てきた。心臓を抜き取られても復活したのだ。それはもう人間はない。
人間でないならば、なんだ? 神か?
未知への恐怖がフランク共和国軍の将軍たちの中にはあった。
「ご安心を。私は共和国と神々に忠誠を誓っています。今までと変わらず」
そんな将軍たちの恐れを読み取ったかのようにガブリエルがそう言う。
「そうだな。いや、失礼した。ガブリエル大佐は特殊作戦部隊の指揮を取って、敵司令部叩いてくれ。できる限りの援護はするつもりだ」
「畏まりました。その任務、きちんと果たして見せましょう」
ガブリエルが敬礼を送る。
「よろしく頼むぞ、ガブリエル大佐。作戦開始は明日の夜からだ」
「はい」
ガブリエルはそのまま帰宅し、ラジオを聞く。
ラジオはガブリエルのことを神々が地上で姿を現されたものと語っていた。奇跡の復活と膨大な神聖魔術の力も相まって、ガブリエルを神聖視する人間は後を絶たなかった。彼女は神だ、天使だという声がラジオから響く。
「大袈裟ですね」
ガブリエルがそう呟く。
「私はただの兵士。それだけなのです」
ガブリエルはそう言ってラジオを消し、そして眠りについた。
夢でのお告げは徐々に具体的なものへと変わっていく。そして、お告げは次の作戦の成功の秘訣と注意すべきものについて知らせた。
魔王軍大将ラインハルトについて。
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