ゲリラ部隊指揮官
本日1回目の更新です。
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──ゲリラ部隊指揮官
ゲリラ部隊の指揮官に選ばれたのはベネディクタだった。
「よっしゃ。任せといてくれよ、大将。戦果を挙げてくるぜ」
だが、ラインハルトはベネディクタだけに部隊を任せなかった。
「俺っすか? ベネディクタの姐さんが暴走しても止められる自身はないっすよ」
ラインハルトはヴェンデルを補佐に付けた。
「君の役割はベネディクタの手綱を握っておくこともあるが、死体や捕虜、そして友軍を無事に帰還させることもある。今は貴重な戦力だ。そう簡単に失いたくはない。装備にしても、ゴブリンとオークにしても、無から何の工程もなしに生まれたわけではないのだから。よろしく頼むよ、ヴェンデル」
「了解っす。それぐらいの仕事でしたら」
「ああ。たかがそれぐらい、されどそれぐらいだ。密偵の情報によると六ヵ国連合軍は我々魔王軍残党を追っている。それには“剣の死神”も含まれているということだ。くれぐれも用心したまえ」
「……分かったっす」
危険な任務もヴェンデルには任せられる。何故ならば、彼はいつだって逃げられるから。包囲されていようと、追撃されていようと、彼には一瞬で逃げ去るという芸当ができる。それは他の吸血鬼には不可能だ。
このクルアハンの瘴気から生まれた彼にしか不可能だ。
「では、ベネディクタ。近衛軍総司令官であるアルマから指示がある」
ラインハルトはそこで控えていたアルマに発言を促す。
「いいですか。これはゲリラ戦です。狙うのは相手の脆弱な部位。決して正面から戦いを挑んではなりません。“剣の死神”の存在が噂されている状態では何よりです。狙うのは敵の輜重兵や、後方の治安維持を行っている少数の兵士。絶対に勝てるという相手としか戦ってはなりません」
「そんなの退屈だぜ」
「文句を言うのであればあなたを任務から外し、別のものを指揮官にします」
「はいはい。いうこと聞けばいいんだろう」
ベネディクタは不満そうにそう言った。
「そして、死体や捕虜は連れ帰ること。捕虜は特に重要です。情報源にもなりますし、より多くの瘴気を生み出す材料にもなります。必ず捕虜は生きたまま連れ帰ってください。いいですね」
「あいよ。他には?」
「吸血ですが、必要と判断された場合は行って構いません。吸血を絶対に禁止するということは言いませんが、血に酔いすぎないように。ヴェンデル、あなたは血に酔うことは許されません。あなたの役割は重要なのです」
「了解っす、姐さん」
近衛吸血鬼も普通の吸血鬼も血に酔う。彼らにとって血液とは魔力を全快させる特効薬であり、芳醇なワインだ。一定量までは魔力の回復というメリットだけをもたらすが、一定量を越えると、酩酊状態になる。
そうなった場合の吸血鬼たちの反応は様々だ。
さらなる血を求めて暴れ狂うか。上機嫌になって恐怖を感じなくなるか。あるいはただふらつくだけで戦闘力を失うか。
いずれにせよ、戦場で酔うのはいいことではない。
魔力の回復程度にならば血を啜ってもいいが、それ以上は禁止する。それが新しい軍規であった。以前は戦闘中は一切の吸血行為が禁止されていたことに比べると、条件は緩和されたと言っていいだろう。
以前は戦闘中の吸血行為がバレて、懲罰部隊に回される吸血鬼もいたものだ。
「それから最初の目標にはラインハルト大将閣下が同行されます」
「摂政閣下が? わざわざ現場に?」
「そうです。光栄に思いなさい」
驚くベネディクタにアルマが言い放つ。
「君たちの邪魔にならないようにするつもりだ。私も力を試してみたくてね。少しばかり私も成長したものだから、その成長の成果を確かめておきたい。例の“剣の死神”に対応できるかどうかを見定めておきたくもある」
「あいよ。だが、指揮官はあたしだ。あたしの指示に従ってもらうぞ」
ラインハルトがそう言うのに、ベネディクタが釘を刺す。
「無礼な! ラインハルト大将閣下は魔王最終指令の執行者ですよ! きちんと敬意を払いなさい!」
「敬意は肩書についてくるんじゃない。戦場で勝ち取るものだ」
アルマが叱るが、ベネディクタはなんら気にせずの立場だ。
「構わない。私は実力を示すべきだろう。今のままでは棚ぼた式に魔王最終指令の執行者となり、最上位の指揮権を手に入れただけに見える。そうでないことを君たちに証明しよう。私も戦えるのだということを」
そう言ってラインハルトは低く笑う。
不気味な笑みだ。まるで戦争を楽しんでいるかのような、そんな笑みだ。
「我々は結局のところ戦うしかない。魔王最終指令があろうとなかろうと、君たちは戦い続けることを選んだだろう。それは素晴らしいことだ。あの敗北の恥辱の中でも、戦意を失わず、戦い続けることを選んだ君たちは評価されるべきだ」
ぱちぱちとラインハルトはベネディクタたちに拍手を送る。
「だが、私をあまり侮らないことだ。私は君たちの生みの親である。創造主である。自分が生んだ存在に負けるほど、私はまだまだ落ちぶれてはいないよ。君たちに示そうではないか。私が魔王最終指令の執行者に相応しいことを」
ラインハルトが語る。
「そうでなくちゃな。魔王軍は昔から強い奴が偉かった。それは変えるべきではない風習だ。強い奴が偉いってのは理にかなってる。強い奴は頭も切れる。強くなるためには、強くあり続けるためには頭脳が必要だからだ。考えなしに力だけで戦おうとする奴は、所詮は二流。高度に計算された戦いが行えてこその強さだ」
「姐さんが言える立場っすか? 姐さん、いつも考えなしじゃないっすか。今回の魔王軍の敗北も受け入れずにバルドゥイーンの旦那と戦い続けるつもりだったみたいでしたし。頭、使いましょうよ」
「うるせー。あたしはあたしなりに頭を使ってる」
「まあ、姐さんは今まで指揮する立場になかったからよかったものの」
ヴェンデルが不安そうな視線をアルマに向ける。
「ヴェンデル。可能な限り、ベネディクタを支えなさい。彼女に引き際というものを学習させるように。よろしく頼みましたよ」
「はあ。分かったっす」
ヴェンデルは肩を落として頷いた。
「私は最初に力を示すだけだ。あれこれと指図はしないし、君の指示に従おう。だが、最初の一撃だけは譲ってくれるね?」
「ああ。それぐらいなら構わない。派手に頼むぜ、大将」
ラインハルトが一体何をするのかこの時点では全く分かっていなかった。
四天王最弱と呼ばれた彼がどのような戦い方をするのかにはベネディクタは興味を持っていた。四天王というからにはそれ相応の力があるはずだ。それを示してもらいたいものだなとベネディクタは思ったのだった。
「期待はずれにはならないよう、努力しよう。それ相応の力を示すつもりだ。君たちも自分たちの生みの親が貧弱では立つ瀬がないだろうからね」
ラインハルトはそう言って、口角を釣り上げた。
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