聖域
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──聖域
フランク共和国は聖域化している。
そう、ラインハルトは冒頭で説明した。
「120個師団を殲滅した敵の戦略級大魔術。あれと同じ効果を常時放っている。今のフランク共和国に迂闊に侵入すれば、我々は全滅するだろう」
ラインハルトは薄笑いを浮かべてそう言った。
「では、どのようになさるのですか?」
「ひとつ、試したいことがある。我々の新しい世代の魔族が本当にあの聖域と化したフランク共和国で活動できないかについて。新しい世代の魔族だ。君たちもその活躍については聞いているだろう」
新しい世代の魔族とは黒き腐敗を混ぜ込んで作られた魔族のことだ。ここ最近、前線で活躍しているのか彼らである。
「彼らの活躍は知っています。ですが、彼らだけで侵攻を?」
「無論、不可能だ。彼らのほとんどは生み出されたばかりで碌な士官教育も受けていないし、圧倒的な経験不足だ。それに対してフランク共和国には共和国親衛隊が存在する」
彼らは強力で、対魔族戦闘のプロフェッショナルだとラインハルトは付け加える。
「それではいったいどうなさろうというのです?」
ここでマキシミリアンが理解不能だというように尋ねた。
「聖域というのは存外簡単に汚染にされるものなのだよ。新型魔族たちの投入は、ひとえに聖域を汚すためである。聖域内で殺生を行い、一時的にでも瘴気でフランク共和国という聖域を汚す。それが目的だ」
瘴気があれば我々は聖域でも活動できるとラインハルトは語る。
「新型魔族が道を切り開く。我々はそれに沿ってフランク共和国を陥落させる。特に首都ルテティアを陥落させることは重要だ。ここが奪われるということは、前の大戦の中でもなかった。砲爆撃は行われたが、首都ルテティアそのものを陥落させてはいない」
その象徴を踏みにじってやろうとラインハルトが愉快そうに語る。
「これが最後の戦いだ。全軍を投入する。新型魔族に道を切り開かせ、我々はその上を突き抜ける。目標はフランク共和国全土の征服だ。我々に栄光を。我々に勝利を。我々に戦いを。魔王最終指令は今も我々の第一の目標だ」
「はい、閣下」
魔王最終指令。ここまで魔王軍を暴走させ続けた命令。
その命令も今や役割を終えようとしていた。
「では、諸君。良い戦いを」
こうして魔王軍によるフランク共和国侵攻作戦がスタートした。
最初に段階で動いたのは、リヴァイアサン級飛行船だった。
新型のドラゴンたちとそれに加えて吸血鬼たちを満載したそれがフランク共和国の首都ルテティアを目指して飛行していく。
やはり聖域化に使用されている神聖魔法はラインハルトが悪魔として有する黒き腐敗を完全に打ち消せるわけではなく、ドラゴンたちは飛行船を護衛しながら首都ルテティア上空に到達した。
そして、フランク共和国の高射砲や対空機関砲が火を噴く中、ドラゴンたちが展開し、同時に吸血鬼たちが降下する。吸血鬼たちは霧化による高速移動の要領で着地し、目に入った人間を手当たり次第に殺す。
それによって瘴気が発生する。
だが、フランク共和国軍も殴られてばかりではなかった。
第1共和国親衛師団“シャルルマーニュ”が首都の防衛に当たっており、同時に空軍のフレスベルグも緊急発進する。
第1共和国親衛師団“シャルルマーニュ”は首都に降下した吸血鬼部隊と交戦。刻印弾で彼らを薙ぎ倒す。首都にもかかわらず、砲撃すら行われた。
一方の降下した吸血降下猟兵部隊は、火砲の支援もなく、ドラゴンたちはフレスベルグとの戦闘に巻き込まれ、地上支援が行えないでいる。フレスベルグの中には祖国が陥落し、亡命して来たベテランの外国人パイロットも含まれていた。
とにかく、殺せるだけ殺せと命令されていた吸血降下猟兵部隊はとにかく殺し、殺し、殺し、殺した。第1共和国親衛師団“シャルルマーニュ”の兵士も、他の一般人も容赦なく殺し続けた。
だが、彼らはひとつ忘れていることがあった。
この聖域を作り出した張本人であるガブリエルは第1共和国親衛師団“シャルルマーニュ”の所属であるということを。
「我々は進軍する!」
ガブリエルが人工聖剣“デュランダルMK4”を掲げて突撃してくる。
吸血降下猟兵部隊は銃弾で応戦するがその全てが弾き飛ばされる。投下に成功した機関銃の銃弾ですらも全て弾かれ肉薄される。
「神の御旗の下に進軍する!」
鮮血。
ガブリエルは吸血降下猟兵部隊を次々に殺していった。ラインハルトの目論見とは異なり、人工聖剣で殺された魔族からは瘴気が発生しない。この場にはほぼ瘴気は発生しなかったし、ガブリエルという神聖魔術の無自覚な使い手がいることで浄化されて行く。
ガブリエルによる一方的な虐殺は2時間に渡って続き、降下した吸血降下猟兵部隊はほぼ全滅し、生き残りは破壊工作に従事したが、それも瞬く間に制圧された。
結局のところ、魔王軍はまたしてもフランク共和国首都ルテティアを陥落させることができなかったのである。
だが、侵攻作戦はこれで終わりというわけではない。
国境から侵攻した魔王軍の大軍勢は虐殺の限りを尽くし、進軍経路を確保した。
黒き腐敗は有効な対策手段だった。
黒き腐敗。黒き腐敗。黒き腐敗。
それは人を腐らせ瘴気を発生させ、その量を増幅する。
今ではほとんどの魔族が黒き腐敗への耐性を獲得していた。黒き腐敗に魔族が耐えるのだから、ラインハルトは黒き腐敗を広げて回った。
魔族たちが変化する。
ドラゴンは巨大に、近衛吸血鬼は強力に、人狼は獰猛に。
「ここから先に敵陣地です。そこで防ぐつもりのようです」
「だが、そうはならない。そうだろう、アルマ」
「その通りです。そうはなりません」
敵はドナウ三重帝国義勇軍とクラクス王国義勇軍を含めた第2共和国親衛師団“ジャンヌダルク”を中核として編成された軍で、首都ルテティアへ向かうための街道沿いに防衛線を展開していた。
「第174軍団突撃、続いて第175軍団突撃、さらに第176軍団突撃。波状攻撃です。突破できるまで突撃を続けなさい。それこそが勝利に至る道です」
「我らに勝利を!」
戦いで精神が高揚した兵士たちは恐れを知らず敵陣地に突撃していく。
ここまで膨れ上がった魔王軍に全ての師団に火砲を配備する余裕などなく、準備射撃もなしで魔族がひたすらに敵の塹壕陣地に突撃していく。
フランク共和国軍は必死になって銃弾を叩き込み、魔族を阻止しようとするが、次から次に出現する魔族を止めることはできず、塹壕陣地がひとつ陥落しては、またひとつ陥落する。だが、魔族の消耗も激しく、1個軍団を丸々使い潰して、ようやくひとつ目の塹壕を制圧したというところだ。
だが、それでいいのだ。
これで進軍経路は作成された。
「アルマ。第1、第2、第3近衛擲弾兵師団を投入したまえ。そろそろ畳もうじゃないか」
「畏まりました、閣下」
ここで魔王軍の精鋭部隊が投入される。
兵士の質、装備の質ともに最高レベルにある第1、第2、第3近衛擲弾兵師団の投入によって、戦線が一挙に動く。波状攻撃で屍を晒した魔族たちの発する瘴気の上を彼らは突撃していき、瞬く間に第2共和国親衛師団“ジャンヌダルク”を追い詰める。
第2共和国親衛師団“ジャンヌダルク”は粘るだけ粘った。武器弾薬が尽きれば、聖水を塗布したスコップと銃剣で戦った。彼らは共和国親衛師団の名に恥じぬ戦いぶりを示し、勇敢に散っていった。
そして、魔王軍は進軍する。
首都ルテティアに向けて。
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