海戦
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──海戦
スヴェリア連邦を救援するためにフランク共和国から増援が海路で送られるという情報を陸軍情報部が無線傍受の末に掴んだ。
「我々はこれを阻止する」
ラインハルトがそう宣言する。
「海軍は持てる全ての戦力を使って、敵海軍の動きを阻止したまえ。海軍力においては依然として我々が優勢だ。問題はないだろう」
「はい、閣下」
ラインハルトの言葉にエリーゼが応じる。
「敵を海に沈めたまえよ。心臓すら凍る北の海に敵を沈めたまえ。それが我々に求められていることだ。海軍も陸空近衛軍のように戦わなければならない。今までは一方的に弱者を虐げるだけでよかったが、今回からは異なる。敵の主力艦隊に向けて海軍は戦いを挑まなければならないのだ」
ラインハルトが語る。
「恐ろしい決戦になるだろう。胸躍る決戦になるだろう。鉄と鉄がぶつかり合う決戦になるだろう。そして、我々は勝利しなければならない。スヴェリア連邦の征服は今度こそ完遂しなければならないのだ」
1度目はガブリエルによって阻止された。2度目を阻止しようとフランク共和国は援軍を派遣しつつある。だが、そうさせるわけにはいかない。
「まあ、楽しんできたまえよ。艦隊決戦とは胸躍るじゃないか」
ラインハルトはそう言ってエリーゼたちが見送った。
魔王軍海軍第1艦隊が出撃する。
空母はあれから8隻に増強され、戦艦も新たに2隻が加わった。
海軍が艦隊決戦を挑みに向かう。港に残るものは制帽を振って見送り、出撃するものたちは敬礼を送って返した。
フランク共和国海軍も全主力艦が出撃していた。
航空戦力によって戦艦が撃沈された事実から彼らも空母を保有し空母4隻が直掩に当たっていた。フレスベルグ120体が艦隊上空を守っている。
そして、魔王軍海軍から放たれた偵察のドラゴンがフランク共和国海軍を捕捉した。
魔王軍海軍は第一次攻撃隊100体を出撃させ、様子を見ることにした。
ドラゴンとスケルトンドラゴンからなる第一次攻撃隊は制空80体、雷撃10体、爆撃10体からなる航空部隊であった。
それらは偵察機の知らせた位置に向かい、当然のことながら、制空戦闘のためにフレスベルグとの戦闘に突入する。そして、空での殺し合いが続いている中、雷撃と爆撃が実行される。狙うは敵戦艦。
魚雷が放たれ、爆弾が投下される。
フランク共和国海軍の高速戦艦はそれを巧みに回避しようとしながらも、2隻が攻撃を受けた。1隻は航行不能。1隻は火災の発生のみで済んだ。
魔王軍は敵フレスベルグの攻撃を恐れて、艦隊直掩にかなりの数のドラゴンを張り付けていたが、フランク共和国海軍にその意志はなく、彼らは艦隊決戦で決着をつけようとしていた。
フランク共和国海軍戦艦5隻、重巡洋艦6隻を主力とする艦隊が魔王軍海軍第1艦隊に迫ってくる。迎え撃つのは魔王軍海軍第1艦隊戦艦6隻、重巡洋艦6隻を主力とする艦隊。
最初に砲声を響かせたのはフランク共和国海軍であった。
フランク共和国海軍の最新鋭高速戦艦2隻の主砲は16インチ。魔王軍海軍の主力戦艦に負けず劣らずの手法で砲身はフランク共和国海軍の方が長いため、高初速長距離の砲撃が行えるようになっている。
魔王軍海軍第1艦隊は狂犬のように駆けまわりながら、敵の懐に飛び込もうとする。それを阻止するように敵の戦艦は砲撃を続ける。
ここで魔王軍海軍に命中弾が生じる。先頭にいた戦艦が打撃を受け、第4砲塔が大破する。火災や弾薬庫の爆発こそ引き起こさなかったものの、主砲1基が動かなくなるという損害を負ってしまう。
両海軍の水雷戦隊は互いに雷撃を防ごうとして撃ち合っている。
そして、ここに来てようやく魔王軍海軍が敵に向けて砲撃。一発目で敵戦艦を夾叉するという腕前を見せる。
互いの海軍もこれまで無為に過ごしていたわけではないということを証明するために猛烈な砲撃を加え合う。最初に落伍者が出たのはフランク共和国海軍だった。重巡洋艦1隻が大破し、戦列から離脱しいく。
それでも鋼鉄の殴り合いは続き、魔王軍の戦艦が轟沈。続いてフランク共和国海軍の戦艦が大破炎上。1隻、また1隻と戦列を離脱していき、殴り合いはヒートアップする。
戦艦の装甲に敵の砲弾が弾かれる恐ろしい音が響き、それでも砲撃を加え合う両軍の艦隊は飢えた野犬のようであった。
互いを貪り食らいながら、艦隊は同航砲戦を続け、また重巡洋艦1隻が落伍する。
ここで水雷戦隊同士の決着が付き、勝利した魔王軍海軍の水雷戦隊がフランク共和国海軍に迫る。
フランク共和国海軍は副砲で雷撃を阻止しようとし、魔王軍海軍の水雷戦隊は砲弾を浴びながらも敵の懐に飛び込む。
そして、雷撃。
魚雷は戦艦1隻と重巡洋艦2隻を海底に没せしめた。
だが、そこまでだった。魔王軍海軍水雷戦隊は敵の猛砲撃を浴びて、後を追うように海底へと沈んでいった。
残りわずかとなった主力艦同士が殴り合う。
勝者は決まった。
砲塔2基をやられながらも最後まで生き残ったのは魔王軍海軍の戦艦1隻と重巡洋艦2隻であった。
彼らはそれから輸送船団の進路を妨害し、砲撃を加えると、制海権を失ったことをしったフランク共和国海軍の輸送船団が撤退していくのを眺めた。
魔王軍海軍は手ひどい損害を出しながらも勝利した。
その勝利はラインハルトに伝えられ、彼は満足げに報告を受け取った。
「鋼鉄の殴り合いの勝者は我々であった。今や海は我々のものだ。高らかに叫ぼう。我々は勝利したと!」
「勝利万歳!」
魔王軍海軍の勝利に魔王軍は湧きたち、そしてスヴェリア連邦への侵攻が始まった。
元より大規模な陸軍戦力を有さないスヴェリア連邦に20個軍団60個師団もの戦力が投じられたことでスヴェリア連邦の戦線は崩壊。瞬く間に首都が陥落し、全土が陥落する。それまではあっという間の時間であった。
ついにかつて六ヵ国連合軍と呼ばれていた組織は2ヵ国しか残らず、その2ヵ国もひとつは身内で殺し合っているという。
だが、世界最大の陸空軍力を有するフランク共和国が生き残っていることはあまりいい兆候とは言えなかった。
そして、ラインハルトの体に再び変化が訪れていた。
彼の体は黒き腐敗を自在に操れるようになり、同時に黒き腐敗を使って空間に歪みを生じさせることができるようになっていた。
「おめでとう。君は大悪魔への一歩を踏み出したんだよ、ラインハルト」
誰もいない魔王城の王座のまでラルヴァンダードが拍手を送る。
「ほう。やはりルーシニア帝国の虐殺が響きましたかな?」
「だろうね。誰もが君を恐れている。恐ろしい魔王と。恐ろしい魔族と。その恐怖が君に集まり、君を成長させた。悪魔から大悪魔へと。直に君もボクのようになるよ。同胞が増えるのは楽しみだね」
「ええ。私も楽しみです。大悪魔という恐るべきものたちの系譜に加われるのは」
「だが、用心しなければいけないよ」
ラルヴァンダードが言う。
「天使が顕現しようとしている。天使は悪魔にとって天敵だ。彼らの地上での活動を許すのであれば、君の大悪魔への成長も止まってしまうかもしれない。彼らは見つけ次第、迅速に殺すべきだろうね」
「必要があればそうしましょう」
「必要なんだよ。君は既に一度手痛い打撃を被っている。二度目がないといいね?」
ラルヴァンダードはそう言って消えた。
「天使。あの娘のことだろう。恐るべきことだ。だが、我々は勝利する」
そして、戦い続けるのだとラインハルトはくつくつと笑った。
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