国家殲滅大魔術
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──国家殲滅大魔術
国家殲滅大魔術を使用するにはヴェンデルの協力が不可欠だった。
正しい位置に、龍脈に沿いつつ、魔術的な意味合いもある場所で儀式を行う。
人の血で魔法陣を描き、そこで呪文を詠唱する。
合計で8か所。
8か所で儀式が行われる。
8つの点で結ばれる魔法陣の中にはルーシニア帝国がすっぽりと収まり、何ものも逃がすことなく、大魔術の準備はなされる。
そして、いよいよひとつの魔法で数千万人を殺す詠唱が始まる。
「これから生まれ行く命を絶とう、これから春を迎える命を絶とう、これから老い行く命を絶とう。今日という日にありとあらゆる命を絶ってくれよう。我は暴君なり、我は虐殺者なり、命の重みの区別なく殺すものなり」
ラインハルトが詠唱を行う。
「抗おうとするものよ。大人しく瞼を閉じよ。恐ろしき黒い闇はすぐそこまで来ている。闇に恐怖することを是とするか、それとも闇を受け入れることを是とするか。終わりは来たりてラッパを鳴り響かせん。今こそ死を、大量の死を!」
次の瞬間、龍脈に流れているエネルギーが全て黒魔術の魔力に変わった。
大地は腐っていき、植物は枯れる。枯れた植物の上に血を吐いた人間たちが倒れる。そして、瞬く間に腐敗していく。
赤子も老人も区別なく死んでいき、貧しきもののも皇帝を区別なく死んでいく。
「国家殲滅大魔術“カタストロフィ”」
余韻に浸るようにラインハルトがそう呟く。
文字通り、国家が消滅した。ひとつの国家が消滅した。
前線でも兵士たちが死に絶えており、生き残りはひとりとして存在しなかった。
ルーシニア帝国軍は壊滅。ルーシニア帝国も壊滅。
恐るべき死が振りまかれた大地は静まり返り、人の声はしない。
全てが死に絶え、腐敗した大地では腐臭だけが漂い、腐臭とともに瘴気が生まれていく。やがて国全体が瘴気に包まれた。
この恐るべき事態をフランク共和国は海軍を派遣して知った。
ルーシニア帝国の全てが死に絶えている。
防護服を纏って内部を調査した隊員はそう報告した。
新聞社は真っ先にこの異常事態を報告し、大地に死が撒き散らされたことを知らせた。そして、自分たちの国は大丈夫なんかという疑問が生じていた。
ド・ゴール大統領は無事だと国民に対して知らせ、『我が国はあらゆる敵対的魔術から防護されている』ということをラジオ放送で知らせた。
何せ、フランク共和国には“聖剣の乙女”であるガブリエルがいるのだ。きっと大丈夫だという声が聞かれていた。
「これで国は守られるのですか?」
「理論上は」
その時、ガブリエルは龍脈に当たる場所に人工聖剣“デュランダルMK4”を突き立てていた。人工聖剣から白魔術に似た魔力が流れ、それが龍脈を満たしていく。
「おお。おお! 実験は成功だ! 龍脈を白魔術が満たしている! これで龍脈に黒魔術を流されても相殺できるだろう! 君はこの国を守れるのだ、ガブリエル大佐!」
「それはよかったです」
ガブリエルがにこりと微笑む。
このことは大々的に報道された。
ラジオはこう知らせる。『“聖剣の乙女”ガブリエル・ジラルディエール大佐は今日、国をルーシニア帝国を襲ったおぞましき魔術から守る手段を講じました。これで我が国は安全です。今後、同盟国各国とも協力して、同じ措置を各所に講じる予定です』
この報道以降、ガブリエルに対する好ましい気持ちが崇拝へと変わった。
報道したラジオ局や新聞社もガブリエルを神聖化して報道し、市民たちもガブリエルを神聖視し始めた。『彼女は天使だ』『彼女は神の遣いだ』『彼女は救世主だ』とガブリエルを褒めたたえる声は彼女を神格化したものへと変わった。
そして、同時に彼女の敵は悪魔の手先扱いされ、特に国家殲滅大魔術を使用したラインハルトは『恐るべき悪魔』として名をはせた。
こうして、信仰心と恐怖心が同時に根を伸ばしていく。
恐怖心はラインハルトをより強力な悪魔とし、信仰心はガブリエルに影響を及ぼす。
ふたつの感情は高まり続け、ふたつの強力な存在を生み出そうとしていた。
「アルマの姐さん」
「なんですか、ヴェンデル?」
そんな感情の高ぶりはあまり感じられないクラクス王国のかつて王都の王城にて、ヴェンデルがアルマに話しかける。
「大将は急にあんな魔術が使えるようになったんすかね?」
「そうなのではないでしょうか。以前から使えたならば使っていたはずです」
「それにしては随分と手慣れたものでしたけれど」
「……何が言いたいのですか、ヴェンデル」
アルマがヴェンデルに尋ねる。
「大将は全く別の存在になっちまったんじゃないかって思ってるんすよ。最近の大将はおかしいでしょう。あの巨大なドラゴンの霊体。国ひとつ滅ぼす魔術。どう考えたって何かがおかしいすよ。自分たちはこれを見てるだけで、本当にいいんすか?」
「……我々はラインハルト大将閣下の部下です。ならば、信じてついていくしかありません。我々は『戦い続けろ』という魔王最終指令を守らなければならないのですから」
アルマは少し躊躇った後にそう言い切った。
「アルマの姐さんはそれでいいんすか?」
「ええ。私は構いません、一向に」
「そうすか。なら、自分もそれで構わないっす」
ヴェンデルはそう言うと立ち去っていった。
アルマも気づいてはいた。
自分を生まれ変わらせたような魔術は普通ならば使えないようなものだったはずだ。明らかにラインハルトの魔術は高度なものへと進化している。
だが、だからと言って何だというのだ?
敵の能力が向上しているならともかく、自分たちの、自分たちの上官の能力が向上しているのに何の不満を覚える必要がある? それは喜ばしいことではないか。決して忌むべきことでも、心配すべきことでもない。
自分たちは魔王最終指令を守り、戦い続けている。そして勝利に向かっている。
それは素晴らしいことであり、喜ばしいことだ。
「私たちは勝利に向かっている。悩むことなど何もない」
アルマはそう考えて考えることを止めた。
瘴気が漏れ出るだけになったルーシニア帝国からは多くの魔族が生み出されては、前線に向かう。クラクス王国とルーシニア帝国を失った今、次に狙われるのはスヴェリア連邦だと思われていた。
スヴェリア方面軍40個軍団120個師団が編成され、スヴェリア連邦方面に向かう。
スヴェリア連邦の陥落はもはや確実かのように思われていた。
魔王軍は勝つことに慣れ始めていたのだ。
兵站線も辛うじて維持されており、無理な大規模兵力の移動にも耐えている。
だが、彼らはひとつ忘れている。
自分たちにできることは大抵の場合、相手にもできるということを。
そして、ガブリエルがスヴェリア連邦に向かう。
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