魔王軍再編成
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──魔王軍再編成
人類側が師団の再編成を急ぐ中、魔王軍も師団の再編成を急いでいた。
今の魔王軍は基本的に3個旅団からなる師団だ。
このままでも戦えないことはないし、第1、第2、第3近衛擲弾兵師団などではこのままで進めるつもりだ。
だが、それ以外の師団に関しては3個連隊を中核に砲兵連隊などをつけ、より規模を小さくした師団で戦っていくことを決定した。
というのも、波状攻撃を仕掛けるうえでは今の3個旅団編成の師団よりも、3個連隊編成の師団の方が、機動力が増して、攻撃が仕掛けやすいということにあった。
魔王軍は数の有利を手にした。だが、それは同時に兵站への大きな負荷と運用の難しさを増したことを意味する。兵站は遠くに離れれば、離れるほど負担になる。これから国外に攻撃に出ようとしている魔王軍にとっては頭の痛い話であった。
巨大な軍団。かつてならば全て現地調達で済んだだろうが、今の魔王軍ではそういうわけにもいかない。砲弾も、銃弾も、五ヵ国連合軍とは規格が違う。そんな中で確かな兵站を確立するのが難しいことは、ブリタニア連合王国への遠征で既に判明している。
今回は海を挟んでいないとは言え、その何百倍もの戦力を送り込むことになるのだ。
兵站将校は今から頭を抱えており、馬匹の確保に奔走していた。
「大将閣下。兵站部門がもっとスレイプニルが必要だと言っていますが」
「ふうむ。確かにそうだろうね。今回の遠征では消費する食料も、弾薬も馬鹿にならない量になるだろうから。では、準備しておくとしよう」
「はっ」
アルマはそうラインハルトに応じながらも疑問を抱いていた。
あれだけの軍勢を作った後にまだスレイプニルを作るような余裕はあるのだろうかと。そういう疑問があったのだった。
「閣下。お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「何かな?」
「あの軍勢はどのようにして作り出されたのですか?」
アルマがそう尋ねるとラインハルトが目を細めた。
「あれは魔法だよ。奇跡の力さ。何も不審に思う必要はない。瘴気の効果的な使用方法を思いついただけなんだからね。近衛吸血鬼にも、ドラゴンにもこの技術は応用できる。そして、私が思うにこの技術はさらに既存のものにも応用できると考えてる」
「生み出す技術を、既存のものに……?」
アルマはよく意味が分からずに首を傾げる。
「まあ、百聞は一見に如かずだ。私の研究室に来たまえ。私の生み出した技術を見せるとしよう。効果的な技術だ」
そして、ラインハルトがアルマを研究室に案内する。
「これを見たまえ」
「これは……」
そこにいたのは腕や足が盛り上げって不自然な格好になったオークやゴブリンたちだった。彼らはそこで、肥大化した手足を振り回している。
「これは一体……」
「魔族の強化だ。瘴気は魔族すらも蝕み、分解することは知っているね? 一度分解した手足を再構築することであのような体を作れるのだ。だが、私はもっと有意義な使用方法を思いついている」
そここでラインハルトが指を鳴らした。
「エレオノーラ。来るんだ」
やってきた近衛吸血鬼を見て、アルマは愕然とした。
それはアルマの鑑写しのようにそっくりだったのだ。
「再構成。それは髪の毛一本からでも行える。既に呪血魔術を得ている近衛吸血鬼の髪の毛を利用することで、我々は呪血魔術を有する近衛吸血鬼を再構成したのだ」
エレオノーラとラインハルトが促すと、遠くにいたゴブリンが捻り潰される。
それは全く以てアルマの呪血魔術と同じ能力だった。
「流石に完全に能力を再現することはできなかったが、なかなかのものだろう?」
「これは……確かに……」
「ヴェンデルでも試してみたのだが、そっちは失敗だった。彼は出自が特別なので、そう簡単にはいかないのだろう。だが、ベネディクタとバルドゥイーンでは成功している」
ラインハルトは淡々とそう語る。
「そして、だ。私は君たち近衛吸血鬼そのものを一から再構成し、より優れた形にして、再び生み出そうと思うのだが、どう思うだろうか?」
「しかし、あのような化け物になっても……」
「安心したまえ。操るのは呪血魔術に関してだけだ。呪血魔術をより強力なものに変えようと思うのだ。これは髪の毛などから生み出したコピーにはできなかったことだ」
ラインハルトがそう言ってアルマを見る。
「どうだろうか? 被験者に志願してもらえないだろうか?」
そして、ラインハルトはそう尋ねた。
「分かりました。大将閣下。喜んで志願します」
「ありがとう、アルマ。君をより強大な存在にしてみせよう」
そして、実験が始まる。
「鎮痛剤を使うが、いずれ効かなくなるだろう」
ラインハルトはそう言ってアルマの腕に注射針を刺した。
アルマの体から感覚が消える。
「それではアルマ。これから君を再構成する」
ラインハルトはそう言い黒き腐敗と瘴気の混ざった容器の中にアルマを入れる。
アルマは一度分解され、ラインハルトによって再構成される。より強力な呪血魔術を得るために、そして彼が開発したある兵器を使えるようにするだめに。
「アルマ。起きたまえ、アルマ」
「ん……」
アルマが目を覚ます。
「実験は成功だ。君は特別な存在になった。特別だ。唯一無二だ」
ラインハルトは笑顔を浮かべてそう告げた。
アルマが手足を動かす。違和感はない。
呪血魔術を使って遠くのものを掴もうとする。
だが、掴もうとしたものは捻り潰され。予想以上の力が発揮されてしまった。
「これは……少し鍛錬が必要ですね」
「ああ、そうだろう。十二分に能力を扱えるようにしておきたまえ。それから君にプレゼントがある。受け取ってもらえるかな?」
「何でしょうか?」
「これだ。人工魔剣“ダインスレイフD型”。我々が五ヵ国連合軍の人工聖剣に抗う力として生み出したもの。これを君に贈呈したい」
「よろしいのですか?」
「もちろんだ。君以上の使い手もいないだろう」
ラインハルトからアルマは恐る恐る人工魔剣“ダインスレイフD型”を受け取る。そして柄を握り締めると、膨大な魔力が発生するのが分かった。これはあの人工聖剣に匹敵するほどの魔力だ。
「それを握り、励みたまえよ、アルマ。期待している」
「はっ! ご期待に沿えるよう努力いたします!」
アルマは“ダインスレイフD型”を鞘に入れ、その身に纏った。
「さて、アルマ。我々はいくつかの問題を抱えている。分かるかね?」
「兵站、ですか?」
「それは物量を以てしてある程度解決できる。問題とは五ヵ国連合軍のどの国に重点をおいて攻め込むかだよ。ルーシニア帝国は広い国土を有し、兵站をより厳しくする。フランク共和国は精鋭ぞろいだ。クラクス王国は大国2か国に挟まれていて手が出しにくい。スヴェリア連邦については山岳地帯での戦闘が辛い。ドナウ三重帝国もまた国土が広い」
五ヵ国連合軍。ルーシニア帝国、ドナウ三重帝国、フランク共和国、クラクス王国、スヴェリア連邦。このうちどの国に攻め入るかが問題となっていた。
「現状は多正面作戦だ。愚にもつかぬ計画性のない戦線拡大によって我々は五ヵ国を相手に戦争をしている。破滅的とすらいえよう。だが、我々には使命がある。我々には魔王最終指令がある。『戦い続けろ』との命令がある」
そう言ってラインハルトは鼓舞するように手を握り締めた。
「で、あるならば戦い続けなくてはならない。戦い続けることこそが我々の使命だ。だが、順番は慎重に選ぶべきだろう。そうは思わないか、アルマ。この悲劇的で、喜劇的で、面白おかしく、悲痛な戦争で少なくとも我々は勝利したいだろう?」
「はい、閣下。敵は慎重に選んで順番に殺しましょう」
アルマが同意して見せる。
「私にも考えがあるが、まずは周りの意見を取り入れたい」
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