魔王軍春季大攻勢
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──魔王軍春季大攻勢
魔王領は冬は雪に覆われ、春先は解けた雪が泥になって足を取る。
ラインハルトたちがこの時期を攻勢のタイミングに狙ったのも当然と言えた。五ヵ国連合軍はが火砲を破壊された後、また後方から新しい火砲が補充されては意味がないのだ。五ヵ国連合軍には泥で足を取られてもらい、兵力のスムーズな移動が困難になるようにしてなければならい。
魔王軍は五ヵ国連合軍を追撃するつもりはない。
ただ、彼らに撤退を要求するだけだ。
そして、攻勢が始まる。
魔王軍は学習していた。
長期に及ぶ準備砲火は敵に今から攻撃を行いますという知らせとなり、奇襲の要素が薄まるということを。
なので、準備砲撃は短時間に限られ、短いが濃密な圧力をかけたのちに、歩兵が突撃を開始する。近衛軍を筆頭に動員された陸軍数百個師団の一斉攻撃だ。
塹壕は瞬く間に魔族で満たされ、五ヵ国連合軍は撤退を強いられる。
じわじわとした撤退が始まり、いずれそれが崩壊する。
そして、それを阻止するための砲兵はもう既に五ヵ国連合軍には存在しなかった。
魔王軍陸軍第1教導猟兵旅団“フェンリル”の活躍で、砲兵陣地は壊滅していた。
五ヵ国連合軍の撤退は止まることなく崩れ続け、やがて完全な指揮統制を失った壊走と相なった。
しかし、魔王軍はそれ以上五ヵ国連合軍を追撃することもなく、敵の塹壕に向けて制圧射撃を行った後に魔王軍は撤退していった。
五ヵ国連合軍はこの魔王軍春季攻勢で大打撃を受けた。
砲兵は壊滅。歩兵の損害も少ないないものだった。
五ヵ国連合軍は直ちに砲兵を補充することは困難として、一時撤退を決定。
五ヵ国連合軍はなんら戦果を挙げることなく、国境まで撤退していった。
この散々たる結果に終わった魔王軍討伐作戦は魔王軍が未だに脅威であることを裏付けると同時に、政府首脳部の激怒を招いた。
どの国でも討伐軍司令官は解任され、予備役に編入された。
フランク共和国でも司令官は無能の烙印を押され、解任後、予備役に編入された。
「してやられましね」
「全くだ。魔王軍の戦力があそこまで膨れ上がっているとは思いもしなかった」
大統領宮殿に招かれたガブリエルが言うのにド・ゴール大統領がそう返す。
「今の魔王軍は過去のものとは本質的に異なる、ということでしょう。敵は兵力を誤認させ、偽りの数字を信じ込ませました。たったの10個師団程度、と。だが、攻勢を始めてから1か月足らずで敵の戦力は数百個師団に増大。全く以てやられたものです」
「我が国の内部にも魔王軍の潜入工作員がいる可能性が出てきている」
「それも踏まえますが、敵はどうやって数百個師団もの戦力を準備したのでしょうか? これまでの戦死者から考えても、魔王軍にそこまでの戦力を与えるような瘴気はなかったと思うのですが」
「つまり、新しい技術が使われていると」
「我々はあらゆる可能性を考えるべきです、大統領閣下」
ガブリエルは人形のような表情でそう言った。
「あるいは彼らがブリタニア連合王国の住民を皆殺しにして、何かしらの呪血魔術を使って、本土までそれを運んだか。大がかりで手間はかかりますが、彼らも我々同様に必死であることを考えればなきにしてもあらずです」
「ふうむ。だが、ひとつ言えるのは連中は舞台の規模の拡大に対して装備の補充が間に合っていないということだ」
「確かにそのようですね」
魔王軍は師団数を急激に拡大させたが、前線でその様子を見ていた将兵のいうところには彼らは『銃も何も持たず、準備砲撃もない状態で突撃してきた』とのことだった。
それは明らかに魔王軍は部隊の数こそ増やせど、それに応じた装備を準備できていないということであった。
「ですが、今回の攻勢のときには装備は整っていたと」
「ああ。魔王軍の生産力は恐ろしい。だが、資源というものには限りがる。魔王軍が押さえている鉱山から試算したが、連中はこれ以上部隊を増やせないし、損耗を補充することもできないとのことだった。となれば、連中はどうする?」
「我々から奪う」
「その通りだ。魔王領においての制圧戦は失敗に終わった。今は砲兵に重砲を加えて再編成中だ。連中のリソースが尽きるのは先が、我々が資源を奪われるのが先かだ」
ド・ゴール大統領はそう言って腕を組んだ。
「だが、今回の我々の攻勢の失敗で国民は戦争継続を疑問視し始めている。『本当に戦う価値はあるのか』と。我々はまず彼らを納得させなければならない」
「私も微力ながらお手伝いを」
「ああ。それと君の戦線復帰についてだが……」
「決まったのですか?」
ガブリエルが期待に満ちた目でド・ゴール大統領を見る。
「いいや。結論は先延ばしになった。軍は君を失うことを恐れている。私もそうだ」
ド・ゴール大統領は首を横に振った。
「軍人は祖国を守るために存在しているものです。祖国より軍人を大事にするようなことがあってはいけません。その点を軍上層部は理解しているのでしょうか?」
「だが、君は存在するだけで、何百万人ものフランク共和国市民の士気を上げる。その価値は計り知れない。不用意に前線に投入するよりも、後方での士気向上に携わっておいてもらいたいのだ」
「そのような決定であれば、受け入れましょう。ですが、やはり私は戦うために存在していると思っています。魔族たちを殺し、殺すことでその魂を救済し、善なる世界の創造を主より仰せつかったと思っています」
それにです、とガブリエルが付け加える。
「あまりに後方勤務が長いと勘が鈍りますから」
「君らしい意見だ」
そこでガブリエルは退室した。
「残念ですが、今回も前線にはいけそうにもありません」
「大統領閣下も大佐のことを大切に思っていらっしゃるのでしょう」
「急に過保護になられたような気がします」
ガブリエルは不満げだった。
「今は各師団ともに再編成中です。それが終わるのを待ってからもう一度頼まれてみてはどうでしょうか?」
「そうですね。そこまで急ぐ必要はないのです」
今はまだ。
「いずれ戦線が再び膠着状態に陥るか、最悪崩壊することもあるでしょう。その時は私が出なければなりません」
ガブリエルのそれはただの自信過剰ではない。彼女は現実に魔王軍数十個師団を撃破して、後方への道を作ったのである。
そして、今なお“剣の死神”は健在だ。
「ところで、ラマルク博士から何か依頼があるとのことでしたが?」
「人工聖剣の新型である人工聖剣“デュランダルMK4”が完成したのでテストしてもらいたいと。より高度な技術が使われているそうです」
「それは楽しみですね。早速向かいましょう」
「畏まりました」
どうして動いてるか分からないものの改良版なんてどうやって作ったっていうんだ? また誰かが自殺して技術を残したのか?
アルセーヌはそう思いながら、研究所に馬車を向かわせた。
道路では次第に車を見かけるようになっている。
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