表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/117

拠点の強化

本日5回目の更新です。

……………………


 ──拠点の強化



 バルドゥイーンの思いとは裏腹に、魔王軍は着々とクルアハンを拠点化していった。


 街に澱む瘴気は慎重に集められ、ラインハルトの下に捧げられる。


 その瘴気を材料に培養炉が魔族を生み出す。


 人工幻獣“スレイプニル”。この異形の馬こそが魔王軍の騎兵部隊を支え続け、主とともに散っていったのだ。魔王軍騎兵大隊を復活させるには、スレイプニルの量産は欠かせない。この馬とともにあれば、どんな強固な敵陣であろうと蹂躙できる。


 ゴブリンやオークの存在も重要だ。今はひとりでも多くの兵士が必要とされる。指揮を執る吸血鬼と人狼が欠けているのは痛いが、守りを固めるのは兵士は多いに越したことはない。特に第3近衛旅団をガルム戦闘団として運用するならば、このクルアハンという拠点を守るための守備隊が必要になる。


 今のクルアハンに残された瘴気では、吸血鬼と人狼を生み出すことはできない。


 かつての魔王軍はここまでシステマティックではなかった。


 自然発生した瘴気溜まりから生まれる魔族たちが、より強い魔族へと引き寄せられて、自然と軍を形成した。その時は人類にとって魔王軍というのは、山賊と大して変わらなかった。出会えば不幸だし、数が増えれば掃討戦を行うが、本気で戦争をする相手ではない。そういうものだった。


 しかし、人間同士の大戦が幾度となく勃発し、瘴気が濃く溜まり始めると、生まれてくる魔族も高度なものになった。伝説のドラゴンや強力なジャイアントやトロール、そして吸血鬼や人狼が生まれる。


 そして、魔王軍の中で知性あるものが生まれ始めると状況は変わった。


 魔王軍は軍としての組織力を高めた。瘴気を意図的に発生させて軍勢を増やし、人間の武器を真似し、発展させて、魔王軍はひとつの国の軍として機能するようになった。それが先代魔王ゲオルギウスの時代の話だ。


 魔王ゲオルギウスが築いた魔王軍を魔王ジークフリートはより高度に発展させた。


 各地で迫害を受け、流浪の旅を続けていたラインハルトが魔王軍に加わったときには、近衛吸血鬼という高度な魔族の人工生産法が実現し、人工幻獣たちも生まれ始める。


 ゴブリンとオークは完全に自動化された培養炉で生み出され、人間の知識を持って魔王軍に渡ったラインハルトによって、武器も人間の者と同等かそれ以上となる。


 かくして、高度化し、システマティックになった魔王軍はその憎悪を爆発させ、世界を相手に約20年に渡る戦争を繰り広げたのだ。


「大将閣下。当面はどのように活動を?」


 近衛軍総司令官になったアルマがラインハルトに問う。


 近衛軍総司令官と言っても今は1個旅団の戦力がいるだけだ。それもガルム戦闘団として運用されることが決定し、近衛軍を中核とした諸兵科連合となっている。


 そして、アルマ自身の階級も少将。旅団か師団程度の規模の軍隊を指揮する階級だ。


 近衛軍総司令官とは威勢がいいが、実態はそんなものだ。


「そうだね。当面はゲリラ戦を行おうかと思っている」


「ゲリラ戦、ですか。魔王ゲオルギウス時代に行われていた」


「よく勉強をしている。そう、魔王ゲオルギウスはゲリラ戦で人間の討伐軍を苦しめ、撤退に追い込んだ。我々も彼に倣おうではないか。ゲリラ戦を繰り広げ、この数の不利を一時的にでも解消しておこう」


 ラインハルトは執務室にてアルマにそう言った。


「ですが、ゲリラ戦では決定的な勝利が得られません」


「その通りだ。ゲリラ戦の性質そのものに問題がある。ゲリラ戦が行えるのは基本的に自分たちの勢力圏だったエリアに限られる。ゲリラ戦とは住民の協力がなければ、戦えない代物なのだからね。つまりは六ヵ国連合軍の駐留軍を相手に嫌がらせはできるが、六ヵ国連合軍を滅ぼすことはできない。そういうことだ」


 ゲリラ戦は決定的な勝利が得られない。それはラインハルトの説明にある通りだ。


 ゲリラ戦とは基本的に自分たちに有効的な勢力圏で行われるものであり、戦闘の規模も小規模である。これまで多くの戦いが行われてきたが、ゲリラ戦だけで勝利を手にした国はない。他国の介入や、厭戦感情の高まりによる相手国内の混乱。そういうものがなければ勝利はできないのである。


 だから、魔王ジークフリートは魔王ゲオルギウスの方針を引き継がなかった。彼は世界を相手に戦える軍隊を揃え、真正面から戦い、いくつもの国を支配した。侵略し、征服し、隷属させる。そういうことができたのは魔王ゲオルギウスのゲリラ戦のドクトリンを引き継がなかったためだ。


「だがね、アルマ、我々魔王軍はそもそも戦争が続けば続くほど強力になっていく組織なのだよ。分かるだろう。戦争では多くの憎悪と怨嗟の感情が蠢き、大勢の死者が出る。正式な葬儀もされていない死体は、やがて瘴気を生み出し、我々はそれを糧にさらなる軍勢を増やすことができる」


「確かにその通りです。我々は戦えば戦うほど強くなります。そのはずでした。ですが、どうして敗北したというのでしょうか?」


 アルマは疑問だった。ラインハルトのいうことが本当だということは彼女も知っている。憎悪に塗れた人間の死体は瘴気を生み出し、瘴気から魔族が生まれる。瘴気は毒であるが、魔族が生み出される糧でもある。


 それが大量に生まれただろうこの大戦でどうして魔王軍は敗れたのだろうか。


「それは六ヵ国連合軍も知っていたからだ。死体から瘴気が生まれ、瘴気から魔族が生まれることを。だから、彼らは決して戦線を膠着させなかった。進める時には進み続けた。魔王軍が瘴気から発生した魔族を得ようとするときは、既にその死体は敵の戦線後方で白魔術師が浄化している。そうやって六ヵ国連合軍は我々の増強を許さなかった」


「なるほど。確かに六ヵ国連合軍が攻勢を開始したときは一斉に戦線が動きましたね」


「だろう? 彼らは我々の戦力が増強されることを阻止した。適切に」


 そして忌々しいことにとラインハルトは続ける。


「そういう点で見ても、ゲリラ戦には意味があるのだよ」


「……っ! 戦線後方に死体が放置される可能性は低い。死体は散らばり、瘴気が生まれやすい環境が生まれる。そういうことですね」


「飲み込みが早いね、アルマ。その通りだ。我々は小規模な六ヵ国連合軍の部隊を襲い、生きていれば捕虜として、死んでいれば死体を回収する。後は、瘴気が生まれるまで、このクルアハンの隅にある集団墓地で熟成させればいい」


「そうすれば近衛吸血鬼や人狼も……」


「それはまだ難しいかもしれないが、いずれは可能になるだろう。今は単純なオークとゴブリン、そしてスレイプニルの生産に尽力しよう。クルアハンを拠点として完全に確保してからでなければ、ゲリラにとって困るのは拠点を失うことだ」


 まあ、拠点を失って困らない軍隊はないが、とラインハルトは笑う。


「魔王軍の復活のためにはゲリラ戦によって敵の死体を手に入れることだ。生きた捕虜ならばなおいい。拷問し、魔族に対する憎悪を植え付けた上で死なせれば、より多くの瘴気を生み出してくれる」


「大将閣下のお考え、理解できました」


 アルマが深く頭を下げる。


「ありがとう、アルマ。我々はこれからも戦争を続けなければいけないのだ。魔王最終指令に基づいて。戦争を続けるのだ。憎悪が憎悪を呼び、瘴気の渦まく戦争を」


 ラインハルトがそう語る中、アルマはラインハルトが愉悦に似た笑みを浮かべていることに気づいた。


 彼は戦争を楽しんでいる。


 アルマがそう確信するのは容易なことだった。


……………………

本日の更新はこれで終了です。


では、面白いと思っていただけたらブクマ・評価・励ましの感想などお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新連載連載中です! 「人形戦記、あるいはその人形は戦火の中に魂を求めるのか」 応援よろしくおねがいします!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ