7.アンジェラ
あれから数日、勇者からの連絡はない。
冒険者ギルドに通っていれば偶然バッタリ出会ったり、もしくは誰かから何かしらの伝言でもあるかな、などと思っていたのだけど結局何のご無沙汰もなかった。
勇者達はこの町の代官の屋敷に滞在していると聞いていたので、ダメ元で屋敷に行ってみたが案の定追い返されてしまった。
やっぱり私みたいのが勇者に会わせてくれって言っても無理な話だよね。後に聞いた話では既に勇者一行はこの町にはおらず、王都に帰ってしまったらしい。
やはり勇者が心変わりしたんだろう。勇者達にしてみれば私が倒した巨大トカゲなんて大した魔物ではなかったろうしね。
山の主がどんな魔物だったのかは知らないけど、そちらの方の討伐達成の報告や処理で忙しいのは明白だ。私のことなんて構っている暇はないのだろう。
元々当てにしてなかった勇者達の件は忘れて、私は冒険者稼業に精を出していた。
生活していかないといけないからね。仮冒険者の受けれる依頼の中で私に一番合ってそうな素材採取、中でも薬草を中心にした依頼を多くこなしていた。
「何やってんだよお前、本冒険者の査定に落ちたぞ。はぁ本冒険者と言っても最低ランクのアイアンクラスにも上がれないとか情けない奴だな」
「面目ない……」
冒険者にはランクがあって、それによって受けれる依頼が決まっている。
ちなみに仮冒険者がウッド、本冒険者になるとアイアンになり、ランクが上がるとカッパー、シルバー、ゴールド、プラチナと上がっていくらしい。
先日仮冒険者支援の買取上限である最後の一匹は、馬鹿でかい鹿の魔物を狩って売りに出した。
依頼でなくても高額になる魔物を売っても査定ポイントになると聞いたために、素材採集の合間に高額になりそうな魔物を狩っていたのだ。解体作業場の親方が凄い値になるはずだと言ってたのにななぁ、高額買取りなら査定のポイントも高くなるはずなんだけど。
親方の見間違いで大したことのない魔物だったのかもしれないな、多分そうなんだろう。だって買い取り額が支援金と同じ銀貨一枚だったからね。
支援の買取上限に達してしまったこともあるし、あの目付きの怖い受付嬢から私程度の冒険者が狩れる魔物なんてたかが知れてるから、他の依頼を頑張る方がいいと指導されたので素材採取を頑張ったのだけど……。
薬草の採取はポイントが低く設定されているらしい。常時依頼のばかりだったからね。そういうのは早めに教えてほしかった……いや、数の取れない希少薬草は別にして、一般の薬草を結構な量を納品したけど、報酬が銅貨数枚だったことを考えればわかったことか、反省……。
「まぁ、もう一回チャンスはある。頑張んな」
「は、はい」
仮冒険者支援は二回、期間にして二か月だし、私はもう一か月分あるので気を取り直して頑張りますか。
最悪、次回も落ちるようだったら、冒険者を諦め普通の仕事を探して、地道に生きていこうかと考えている。冒険者に拘りがあるわけじゃないし。
「仲間を探して討伐依頼を受けたらいいじゃねぇか。ゴブリン討伐の依頼とかは、割とあるからよ」
「はぁ」
仲間を探してか……私、知らない人に話しかけるの苦手なんだよね。ヘタレと笑うなら笑うがいいさ。
てなわけで、翌日私は以前勇者達と巨大トカゲと戦ったあの山中に赴き魔物を狩ることにした。
あの時ほどの巨大トカゲはいなかったが、その巨大トカゲより二回り程小さい空飛ぶ大トカゲを見つけた。小さいと言ってもあの巨大トカゲと比べてで、十分に大型に分類される魔物だ。
例の如く魔物の習性なのか、私を見つけると襲い掛かってくる空飛ぶ大トカゲ。無論返り討ちにしてマジックバックに放り込んだ。
うん、これなら査定額も期待できそうだ。本当は勇者達と戦った巨大トカゲがいればよかったんだけど、残念ながら見つからなかった。あれって中々いないレアな魔物ってやつだったのかな?
町に帰るために下山し始めたその時、私の頭上に複数の影が……。
「あれ、空飛ぶ大トカゲがあんなにいっぱい。さっきのトカゲの仲間なのかな?」
空飛ぶ大トカゲ達が耳障りな鳴き声を上げたと思ったら、直滑降で私目がけて襲い掛かってきた。私の間合いに入ってきたトカゲは首を落として仕留める。それを見ていた残りの数匹が頭上で鳴き声を上げ威嚇していた。これが非常にうるさい。
手ごろな石を数個拾いトカゲ達に投げつける。私は弓を持っていないのでお馴染みの投石攻撃だ。石はトカゲ達に命中しては次々と墜落していく。はて、何で一匹も避けないんだろう、不思議だ。
都合十匹の空飛ぶ大トカゲをマジックバックに収め、今度こそ町に向って歩き出した私だった。
町に到着した時には既に日が暮れていたので、冒険者ギルドで買い取りをしてもらうのは明日にしよう。私は冒険者ギルドの運営する宿舎へ直行すると部屋に駆け込み、直ぐに床に入って眠ってしまったのだった。
次の日、私はつい寝過ごしてしまい、起きたのは昼近くになってしまった。原因は二度寝だ。
ううっ、いかんいかん。定食屋をクビになってから、ちょっと弛んでるな。気を引き締めねば、まだ仮であっても曲がりなりにも私は冒険者だからね。
顔を洗い身支度を整えたら早速冒険者ギルドの解体作業場に向おう。あ、その前に朝食兼昼食を取ろうかな、まぁ魔物の買い取りの後でもいいか。
私が冒険者ギルドの裏手にある宿舎から、表沿いの冒険者ギルドの正面口に回り中に入ると、どこかで聞いたことのある声が……。
「ちょっと貴方の教えてくれたエカテリーナさんは私の探していたエカテリーナさんと違うじゃない!」
「ああ? 知らねぇよ! 最近荒稼ぎしてるエカテリーナは定食屋の店長でもあるエカテリーナの姉御で間違いねぇよ!」
「だから、あんな冒険者ではないおばさんじゃなくて、もっと若いかっこかわいい女性だってば!」
「何度も言うがそんな奴は居ねえよ! それにエカテリーナの姉御は最近また冒険者活動を再開したらしいんだよ! 馬鹿みたいに魔物を狩ってギルドに売ってくれるお得意さんなんだぜ、お前なんかに悪口を言われる筋合いはない人だぜ!」
へ~、店長そんなに凄い人だったんだ。
でも全然冒険者活動しているようには見えなかったけどなぁ。おなかの脂肪が邪魔そうでちょっと動くだけでフウフウ息を切らしていたし、いつも店長室からいびきが聞こえていたし。
いや、そんなことより、あの目付きの怖い受付嬢と口論している人に見覚えがあるよ。
まだ育ち切ってない幼さが残る顔つきに控えめな胸……もとい、スレンダーな体形、凛とした声は間違いない。
「アンジェラちゃん?」
「え? お、お姉様!」
やっぱりアンジェラちゃんだ。行商人シェスさんの娘のアンジェラちゃん。一度しか会ってないけど、こんな美少女忘れたくても忘れないよ。
「お姉様ぁ? 新人、お前の妹なのか?」
「いえ、知人の娘さんで何故かそう呼ばれてるんですよ」
「そうなのか、お姉様、お姉様ねぇ、く、くくくくっ」
何が可笑しいんですかね? いいじゃんお姉様。慕われるって悪いことじゃないでしょ!
「お久しぶりです、お姉様!」
「はい、お久しぶりですアンジェラちゃん。今日はどうしたの、また行商なのかな、シェスさんは?」
「父は今日は来ていません、商いの仕事ではないので。私はお姉様を探していたんですよ」
「私を? アンジェラちゃん一人で?」
「ああ、大丈夫です。丁度この辺りに用事のあった腕っぷしの強い方に護衛を頼みましたから。今はいないですけど」
それって意味がないのでは? まぁ冒険者ギルドにいる限りは危険はないと思うけど。意外と冒険者ギルドって治安はしっかりしてたりするのだ。この町の冒険者ギルドが特別なのかもしれないけど。
「ったく、どこのお嬢様だよ。おい新人、友人は選んだ方がいいぜ」
「何ですか貴方、それでもギルド職員なんですか!」
「ああ、やるってんのか、このアマ!」
うわわわわわっ、あの目付きの怖い受付嬢と睨み合いながら口喧嘩をするなんて、私アンジェラちゃんはもっと大人しい娘だと思ってたよ。
「ア、アンジェラちゃん。私、魔物を売りに来たんだ、一緒に行こうよ」
ともかく受付嬢と離さないと。私は無理やりアンジェラちゃんの手を取り、奥にある解体作業所に引っ張って行ったのだった。
受付嬢とエキサイトしていたので抵抗されると思ったのだが、そんなことはなく素直についてきてくれた。
振り向いてアンジェラちゃんを見ると何故だか頬を赤らめモジモジしている。
トイレかなと思い場所を教えてあげたら「違います!」と怒られてしまった。難しい年頃というものなのだろうか?
……ちょっと年上なだけで、私も大して変わらない年齢だけどさ。
解体作業場に入ると親方と出くわした。そりゃそうだ、ここは親方の職場なんだから。
「おっ嬢ちゃん買い取りか? 今度はどんな獲物なんだ?」
「えっと、ちょっと大きいのが十匹くらいですね、ここに入りきるかなぁ?」
「ぶっ、ちょっと待て! おいお前ら、外にある大型魔物用の解体場を今すぐ片付けろ、大急ぎだ!」
親方が激を飛ばし、作業員達が大急ぎで駆けずり回る。
「あの~、何かすみません」
「いいってことよ、嬢ちゃんのおかげでここの冒険者ギルドも潤ってきたからな」
はて、私の買取価格から考えて、ギルドが潤うようなことはないと思うけどな。
ひょっとして私に気を使ってくれてる? 仮冒険者の私をおだてても意味ないよ、親方。
作業員さんが準備ができたと呼びに来たので、アンジェラちゃんと一緒に親方の後について作業場の奥にある大きな扉の外に出た。
「じゃあ嬢ちゃん、ここに出してくんな」
「はい、わかりました」
マジックバックから十匹の空飛ぶ大トカゲを取り出した。
「なんじゃこりゃあああああああああああ!」
もう、うるさいなぁ親方。そんな大声出さなくてもいいじゃん、ねぇアンジェラちゃん?
あ、あれ、アンジェラちゃんが目を丸くして固まっているよ。アンジェラちゃん、アンジェラちゃん、しっかりして!
「え……」
おっ、やっと起動したみたいだよ。
獲物が大きかったので驚いちゃったのかな? 私より年下のアンジェラちゃんはまだわかるけど親方たちはどうなのさ? プロなんだからこのくらいで驚かないでちゃんとしてよね。
「おい、こりゃあワイバーンじゃねぇか……しかも十体もかよ」
ワイバーン? ワイバーンってアレだよね私の記憶が正しければ龍種の魔物だったはずだよね? いやまさかそんなはずはないよ。だって倒したの私だよ? 町娘に毛が生えた程度の私が狩れる魔物じゃないよ。
「お姉様、これお姉様が倒したのですか?」
「ええ、そうだけど。これってワイバーンじゃないよね、アンジェラちゃん」
「何をいってるんですか、これワイバーン以外の何に見えるんですか!」
「え、本当に? ただの空飛ぶ大トカゲかと思ってた」
「空飛ぶ大トカゲって……お姉様」
はぁと呆れたように、溜息をつくアンジェラちゃん。
「嬢ちゃん、ワイバーンってわかってなくて狩ってきたのか……相変わらずとんでもないな」
流石解体作業場で働く人達だ、親方を始め驚きながらも、もう解体作業に取り掛かっていた。
ふ~ん、これワイバーンなんだ……でも、あれ? ワイバーンって私が狩れるほど弱かった? 私の記憶違い? あれあれ?
「流石お姉様です、ちょっと……いえかなり驚きました」
「え、そう、あはは」
う~ん、訳わかんないなぁ。でもまぁ今回こそ買い取り金額は期待できそうだね。流石にワイバーンなら仮冒険者の支援金額を上回るだろう。
「嬢ちゃんの買い取りは優先的にやらせてもらうぜ。幸い急ぎの仕事は入ってなかったし、何よりこんなレア素材は滅多にお目に掛かれないしな。大急ぎでやるから明日には査定は出せるし、買取金も渡せるはずだ」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします、親方、皆さん」
私はペコリと頭を下げて作業場の親方と作業員にお願いすると、皆「任せておけ」と笑顔で答えてくれた。
アンジェラちゃんは「親方?」と首を傾げていたが、やっぱり一般的には作業長のことを親方とは呼ばないようだ。
「あの受付の方と違って、皆さん良い方達ですね」
「あはは、そうだね」
アンジェラちゃんはやっぱりあの目付きの怖い受付嬢のことは好きではないようだ。私もどちらかというと苦手なタイプだけどね。
「お姉様。私の護衛の方が冒険者ギルドに戻って来るまで少しお話をしたいのですが」
「ええ、構いませんよ」
改まってどうしたのだろう、何か重要な話なのだろうか?
私達は冒険者ギルドの二階にある、食事もできるテーブル席に移動する。ここは吹き抜けになっていて、見下ろすと受付や依頼掲示場等が見渡せることができた。
「お姉様、唐突ですがエリーさんという名の方に心当たりはありませんか?」
「ほへ?」
心当たりがあるかと言うなら大ありだ。なにせ定食屋で働いていた時には、ずっとその名で呼ばれてたしね。
店長が私を呼ぶときに自分と同じエカテリーナという名を嫌がって、私の前に働いていた店員の名を名乗るように強制されたのだ。シフト表の表記から備品に付いてた名札まで名前を変える必要がなくなり、フロアマネージャーが喜んでいたっけ……当然、私は納得できるはずもなかったけど。
アンジェラちゃんが言うエリーは別人のことかもしれないしね、エリーなんて割とよくある名前だし。
一応、定食屋でその名前で呼ばれていたことを伝えると、アンジェラちゃんは頭に手を当て「はぁ」と溜息をついた。
えええ? どうしたのよアンジェラちゃん?
「あのワイバーンの山を見て、そうじゃないかと思ったんですよ。やっぱりお姉様がエリーさんだったんですね」
「まぁ店長のせいでそう呼ばれていたのは確かなんだけど、それが何かあったの?」
「お姉様、そのことはシオン様は知ってるんですか?」
シオン様? はて、何処かで聞いた名前だね。
……あっ、確か勇者の名前がそんな名前だった気がするよ! うん、間違いない勇者のことだ!
勿論、勇者は知って……あれ、勇者は私のことエリーって呼んでたよね。元の名がエカテリーナだと言ってないような……うん、言ってないな。
だからか、勇者から連絡がなかったのは。冒険者でエリーを探しても私に行き着くはずがないよ、冒険者での登録はエカテリーナだったからね。
「勇者様は多分知らないと思うけど……」
「やっぱり、そうなんですね」
「エ、エリーさん!」
唐突に会話に割り込んできた少年。聞き覚えのあるその声の主は、今まさに噂をしていたその人であった。
あれ、でも何で勇者がここにいるの?
「シオン様落ち着いて下さい! ともかく席に座っていただけますか」
「あ、ああ、すまないアンジェラ」
アンジェラちゃんにたしなめられ、席に着く勇者。すぐに身を乗り出して私の目の前に顔を近づける。
ちょっと近いよ勇者。
「エリーさん探しましたよ、あの定食屋を辞めてしまったと聞いて、その後の行先もわからないって……」
違うよ、辞めたんじゃなくて、辞めさせられたの。流石に原因になった本人の前で本当のことは言えないけど。
「えっと、お久しぶりです勇者様。すみません、私のせいでご迷惑をおかけしました」
「いえ、迷惑だなんて、ですが何故こんなことに?」
事の経緯をアンジェラちゃんが丁寧に勇者に説明してくれた。話下手な私が話すよりよほど効率的で助かるよ。
「成程、そういうことだったんですね」
「すみませんでした勇者様……あの怒ってますよね」
「いえ、怒るなんてとんでもない。俺の方こそエリーさんから目を離したのがいけなかったんです」
おおっ、勇者は私より年下だと思うけど、しっかりとした態度で私に頭を下げた。とても定食屋で酔っ払って暴れていた、どうしようもない人と同一人物とは思えないよ。
「それでエリーさん……いえ、エカテリーナさんと呼んだ方がいいですよね?」
「う~ん、どっちでもいいけど、そうだねぇ~、正直に言うとエリーと呼ばれてた期間の方が長いのでエリーの方がしっくりくるんですよね」
不本意ながらそれが正直な気持ちだったりする。
なにかエカテリーナって貴族っぽい名前で私には似合わない気がするんだよ。そして今だから言うが定食屋の店長も似合っていないと思う。
「エリーと呼ばれた時期の方が長いのですか? エカテリーナではなく」
「そう思うよね。実は私、記憶喪失だったんですよ」
「……エリーさんその話、もっと詳しく聞いてもいいですか?」
勇者だけでなくアンジェラちゃんも真剣な顔で頷くと、私の過去話を聞こうと身を乗り出してきた。え~、私の昔話なんてそんなに面白いものでもないんだけどなぁ。
私は記憶を失っていて、森の中にあった村に保護されそこで暮らしていたこと。村が魔物の集団に襲われ村人達と共に逃げたこと。そして今住んでいるエスナの町の定食屋で住み込みで働いていたこと。最近クビになったことを順に話した。ついでに何故私がいエリーと呼ばれるようになったかという下らない理由も。
う~ん、ゴメンね話すの苦手で、ちゃんと伝わったのだろうか?
だってさ、二人共眉間にしわを寄せて黙り込んじゃってるんだよ!
「成程、アンジェラの推測が正しかったようだ」
「でしょう? お姉様のような方がごろごろしてるはずはありませんから」
アンジェラちゃんと勇者は互いに頷きあって何やら納得していた。私には何のことかさっぱりわからないんだけど?
「もうこんな時間ですね。続きは私たちが泊まってる宿で話しましょう」
「そうだね、行きましょうエリーさん」
「え、私も?」
私の返事も待たずに両方の手をそれぞれ組まれ、二人に挟まれながら連行されるように冒険者ギルドを出た私達。
着いた先は町で一番の高級宿。
え~と私、お二人が泊まるような高級な宿に泊まれる程、お金に余裕はないのですけど?
読んでくださりありがとうございます。
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