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6・巨大トカゲ

 はっ!

 何をやってるかな私。

 ばっちり熟睡してしまったよ、我ながら呆れたものだ。

 魔物除けの香を焚いたり、周囲に感知用のワイヤーを張っていたりしてたとは言え、魔物が徘徊する森の中の廃村に居るのに、よくこの状況でぐっすりと眠ってしまうなんてことができたものだ。

 何かあったら直ぐに目を覚ますように身体を横にせず、座った格好のまま目を閉じて深く眠らないようにするつもりだったのに……。

 起きた時には床に寝そべっていて、いつの間にか日が差していたよ。

 まぁ、やってしまったものは仕方ない、無事だったんだしいいか……うん、次から気を付けよう。


 簡単な朝ご飯を作り、腹ごしらえを済ませると早速山登りを開始する。

 今日は依頼にあった希少薬草を手に入れて夜までにここに戻り、またここで一泊してから明後日町に戻る予定だ。

 私はエスナの町から昨晩泊まった廃れた村までに辿った森に飲まれた道より、更に険しい最早道とは言えない元山道を登っていく。


「あれ?」


 私は思わず間抜けな声を出してしまった。急に開けた場所に出て、しかも明らかに最近人が通った跡があるのだ。

 何で? 周りを見渡し考える。

 あっ……。 

 この辺りの地形をよくよく思い出してみると、確かにここにも道があったのを思い出した。

 私は町から廃村を経由してここまで来た、だけど町から直接山に向かうには、この誰かが通った道を通る方が近道だ……いや正直に言おう、近道も近道、とんでもない程に遠回りしてしまいました私は!

 久しぶりにこんな所まで来たからすっかり忘れていたよ。いや、元々色々な薬草を採取に来たのだから私の通ったルートが間違いというわけではない。ただ山に行くにはこの誰かが通った道を使えば、一泊する必要がない程の近道だっただけで……。


「い、いいんだもん。おかげで良い薬草が沢山取れたんだから、結果オーライだよ!」


 負け惜しみではないよ。別に誰かと勝負してたわけではないからね。


「でもまぁ、おかげで楽に山に行けそうだよ」


 つい考えていたことが口に出てしまったが、誰も聞いている人がいないので構わないだろう。独り言、言い放題である。

 ……いや、やっぱり虚しいから控よう。


「はっ!」


 し、しまった。この足跡の人達も私と同じ希少薬草を採取しに来た人達ではないだろうか? 

 ま、まずい、急がなきゃ! 希少薬草ってくらいだから生息数が少ない薬草だし、折角ここまで来たのに刈られた後だったら私無駄足じゃん。

 い、いや、慌てるな私。

 あの誰かが通った跡が人間だとは限らないだろう。この辺だとオークやゴブリンなんかの魔物がいるかもしれないし、例え人間だったとしても野盗とかの可能性もある。思い込みと油断は禁物だよ。


 そんな私の心配をよそに、何者とも出会わないまま目的の薬草をゲット、数もそこそこ取れた。ふぅ、もう下山してもいいかな。近道を使えば余裕で日が暮れるまでには町につけるだろう。


「さて、ん?」


 何処からかドンドンキンキンと音が聞こえてくる。何だろう?

 よせばいいのに私は好奇心に負けて森に入ると、草木をかき分け音が鳴り響く方へ近づいて行った。


「ぐあああああっ!」


 山道から外れ木々の生い茂る森を抜けると、一際開けた場所に出る。その途端誰かの絶叫が耳に届いた。

 目の前には巨大なトカゲが大暴れしていた。その攻撃を受けたのだろう白銀の鎧を身に着けた騎士が弾き飛ばされ、叫び声を上げていたのだった。

 あの巨大トカゲ、以前戦ったトカゲと似てるなぁ。この辺りに生息しているトカゲなのだろうか?

 それと今吹っ飛ばされた騎士、見たことある人なんだけど。

 巨大トカゲの前で奮闘している人は騎士を含めて四人いた。そのいずれの人達も見覚えがある。


「キース! 大丈夫か?」

「ああ、なんとかな、だが体力が残り少ない」

「シオン、私も魔力がもう殆ど……」

「ゴメン、ボクもだ。こりゃ詰んだね……」


 間違いない定食屋に来ていた勇者一行だ。なんだか苦戦してるみたいに見えるけど?

 確か山の主を討伐しに行くって言ってたけど……あの巨大トカゲが山の主? 

 いやいやいや、そんなわけないよね、あのトカゲは異常に大きいけど大して強い魔物ではないし。

 ひょっとしてあれかな、山の主を倒したけど力を使い果たした後に運悪くあの巨大トカゲに襲われたとか。うん、きっとそうだ、そういうことなら辻褄が合うしね。

 だってさ勇者一行だよ、世界を救う英雄の方々だよ、そうでもなければあんな大きいだけのトカゲに遅れを取るわけないじゃん。

 あっ、巨大トカゲが口を大きく開いて息を深く吸い込んだ。まさか火でも吐く気なのかな? まるでドラゴンみたいな真似をするな、あのトカゲ。

 おお、本当に火の球を出した! 火の玉は勇者達に当たったが防御結界が張ってあったらしく四散した。だが防御結界も同時に砕け散っていた。もう少し強力な結界を張った方がいいと思うけど、さっき僧侶が魔力がもうないって言ってたから、張りたくても張れないのかもしれない。

 それを知ってかどうかはわからないが、巨大トカゲはもう一度大きく息を吸い込む。また火の球を吐く気らしい。

 ん? 勇者達、防御結界が張れないのならあんな所で固まってないで避けないと、火傷しちゃうよ。

 勇者達はひょっとして動けないほど体力を消耗してるのかな。

 どうしよう、私が出張ってもいいものか。ええい、なるようになれだ。

 私は巨大トカゲの前に飛び出すが……あっ、これ間に合わないや。

 咄嗟に私は運よく足元に転がっていた手ごろな大きさの石を拾い上げ、巨大トカゲの頭に向けて投げつけた。


バコン!


 巨大トカゲの頭部に、私の投げた石が大きな音を立てて直撃した。

 石は砕け散ったが十分な威力があったらしく、巨大トカゲはゆっくりと倒れていき、やがて地面を揺らし轟音を立ててひっくり返った。


「は?」

「うそ……」

「ええっ?」

「……マ、マジか?」


 騎士、僧侶、魔法使い、そして勇者が順に間の抜けた声を漏らした。


「えっと、大丈夫ですか?」

「エ、エリーさん、え、何で君が此処に? いや、君がマウントドラゴンを倒したのか?」


 マウントドラゴン? いやだなぁ、あれがドラゴンの訳がないじゃないですか。

 ドラゴンと言うのはね、もっともっと大きくて怖い魔物中の魔物だよ。

 ドラゴンだったらあの巨大トカゲの背ににおまけのように付いているようなちゃっちい羽ではなく、もっと立派な翼のはずだし、ブレスだって火の玉じゃなくて山だって吹き飛ばす強力なものなはずだ。あと魔法だって使っちゃう本物の化け物なんだよ。

 村に住んでいた時に本で読んだことがあるからね……ん、あれ、絵本だったかな?

 まぁ、ともかくドラゴンはあんなに弱くないはずだよ。


「あれがドラゴンかどうかはともかくとして、倒してはないですよ。多分気絶しているだけです」

「え?」


 勇者とそう会話を交わしているうちに巨大トカゲは頭を振りながら身体を起こし、ゆっくりと立ち上がった。


「くっ、なんてことだ。折角エリーさんが時間を稼いでくれたのに……」


 むぅ、これは本当に勇者達は疲労困憊で体力魔力とも消耗してるのかな、仕方ないなぁ。


「勇者様、あれ私が倒してもいいですか?」

「え、そりゃ倒せるなら……って、いやいや無理だろう?」


 勇者の心配もわかる。

 いかにも一般の町娘が冒険者になったようにしか見えない私じゃ、荷が重いと思っているのだ。実際勇者が定食屋に来てた時は私はそこで働いていたのだから。

 でもまぁ何とかなるよ。

 だってあれは多分以前倒して谷底に落ちていった巨大トカゲだよ。何故わかるかって? トカゲの顔や身体に以前私が傷つけた跡がバッチリ残ってるんだよね。巨大トカゲの方も私を思い出したらしく威嚇の雄叫びを上げ身体をワナワナ震わせていた。あっちの方はリベンジする気満々のようだ。

 巨大トカゲは身体を低くして猛スピードで突っ込んできた。口を開き噛み殺す気のようだ。無論噛まれてやる気もないけどね。あちらか突撃をしてきたのでこちらから攻め込む手間が省けて丁度良かったよ。

 私は短剣を抜いて巨大トカゲの突進を躱すとすれ違いざまに首を一閃した。


「グギャアアアア!」


 う~ん、切れたことは切れたけど短剣が短くて首を落とすことができなかったよ。


「ば、馬鹿な、あんなにあっさりとあの硬い鱗を……」


 ん? 何故か勇者達が呆れてるな、どうしたんだろう? やっぱり私じゃ倒せないと思ってたんだろうね。

 あっ、勇者の持ってるアレいいな。

 中途半端に傷を負った巨大トカゲは怒りを露わにして、巨体に見合わない速度でUターンをすると、再び雄叫びを上げ襲い掛かってきた。傷のせいか迫力は増したが速度は落ちていた、これなら躱すのは容易い。

 巨大トカゲの攻撃をひょいと再び躱し、勇者のもとへ戻った。


「う、美しい……まるで舞を踊っているようだ……」


 舞? 勇者は疲労でおかしくなってるのかな。私は単に避けただけだけど?

 それは、どうでもいいや。


「勇者様、それ貸して下さいませんか、私の短剣では短くて」

「あ、ああ」


 ちょっと放心気味の勇者から、彼の持っていた大剣を拝借させてもらった。私が剣を受け取ってから、思い直したのか勇者は慌てて剣に手を伸ばした。


「大丈夫です借りるだけです。取ったりしませんから」

「い、いや、そうじゃなくて、その剣は俺しか使えない……い、いいいっ!」


 勇者の言葉が途中でどもる。そりゃそうだ、だって今度は地面を疾走するのではなく数歩助走を付けてジャンプをすると、その背中の小さな羽を羽ばたかせ空を飛んだのだ。あの巨体があの羽で浮くんだ! どう考えても明らかに浮力不足だろう、そうなるとあれは魔法、そう魔法なのか? やるなトカゲのくせに。

 だがあまり空を飛ぶのには慣れてないらしく、どちらかと言うと浮かんでるという表現の方が近い。

 なる程、あそこからまた火の玉を吐こうと考えてるね、こちらの剣の間合いが届かない位置から。


「氷槍!」


 魔法使いが杖を翳して呪文を唱えてると思ったら魔法を放っていた。目の前で発動した生魔法である、いいなぁ魔法、私は魔法使えないしさ。


「ちぇっ、全然効いてないや、もっと魔力が残ってればなぁ」


 魔法使いの言った通り魔法でできた氷の槍は、巨大トカゲに当たる前に透明な壁に当たり砕け散った。

 ほおおっ、あれ防御魔法みたいだね。凄いな、そんな魔法も使えるんだあのトカゲ。

 魔法使いが魔法を撃っているうちに、私は足元を見回していた。

 う~ん、手ごろなのが無いなぁ。ちょっと大きいけどこれでいいか。

 私はさっき投げた石より二回りは大きい石を持ち上げると、そのまま巨大トカゲに投げつける。

 魔法使いの魔法みたいに弾かれると思ったが、石は透明な壁を突き破り見事巨大トカゲに命中した。

 そして錐揉みして墜落する巨大トカゲ。

 先程と違いあの高さから落ちたので、さっきよりかなり大きい轟音と振動を響かせて地面に叩きつけられていた。


「えええ! 投石であの防御結界を破ったの、噓でしょ?」


 魔法使いが驚きの声を上げる。

 まぁ驚くかもね。私みたいな見た目でわかる、初心者の冒険者が巨大トカゲを落とせば。 

 でもあのトカゲ見た目ほど強くないし、きっと魔法使いも魔力が万全なら楽勝で地面に落とせていたよ。だって私でも落とせたんだから。

 おそらく山の主と戦った後で疲弊してたんでしょうし、仕方ないと思うよ。


「あっ! 立ち上がるぞ」


 勇者が指を差し叫ぶ。

 変な方向に腕や羽が曲がっていてダメージこそ深いようだが、今度は頭を打ってなかったらしく巨大トカゲは直ぐに起き上がり、こちらに向けて大きく口を開いた。結局火の玉を吐き気なんだね。


「残りの魔力で防御結界を張ります。もし破られたらゴメンね……エリーさん貴方も早く中へ!」

「なに、破られても自分が盾になるさ、心配するな」


 僧侶さんと騎士さんが凄くかっこいいよ、流石は勇者パーティだね。

 僧侶は防御結界の中に入ってくれと言ってるけど、間抜けに口を開けてその場で停止しているトカゲを攻撃するチャンスなので遠慮しときます。

 私は名前を呼んでくれた僧侶に「ありがとう」と返事をしてから、巨大トカゲに全力でダッシュをした。


「エリーさん、何を!?」


 勇者が私に向って叫ぶ。

 勇者はさっきから叫んでばかりだね。体力も魔力も底を付いて声を出すのが精一杯なのだろう。もう少し待っててね、今仕留めちゃうからさ。

 巨大トカゲの口の中が光り火の球が出そうになった瞬間、私は横に回り込みさっき短剣で切りつけた反対側の首に切りつける。両手に持った大剣をきっちり刀身の根元まで刃を食い込ませ一気に振り抜くと、巨大トカゲは絶叫を上げることなく首を落とされ絶命したのであった。


「な、何いぃいいい!」

「えええ――っ!」

「う、噓でしょおおおっ!」

「マジ、マジなのかな!夢じゃないよな?」


 またまた騎士、僧侶、魔法使いそして勇者が声を上げる。

 嘘でも夢でもありませんよ、皆そんなに驚かなくてもいいじゃん。

 しかしまぁ三者三様ならぬ四者四様の反応だね。

 勇者達が万全だったのなら誰か一人でも余裕で倒せてたと思うよ。だってさ、勇者達は山の主を倒した後での巨大トカゲとの戦闘だったんですよね?


 勇者達四人の怪我は大したことはなく、体力魔力を使い果たした疲労困憊の状況だっただけなので、暫く休めばある程度は回復するだろう。残念ながらポーション類は使い果たし手持ちがないそうだ。無論私も持ち合わせがない、傷薬くらいなら持ってるが傷をたちどころに治す魔法の薬品であるポーションは高価で、私のような新人冒険者が持てるものではない。残念ながらシェスさんのくれたマジックバックの中にも入ってなかったしね。


「ええっと、では私はこれで……」

「待ってくださいエリーさん!」


 いつまでも私が此処にいても仕方ないので、さっさと立ち去ろうとしたところ、勇者に引き留められてしまった。ちゃんと借りた大剣も返したし、他に借りた物はなかったと思うけど。

 あっ、まさかあの巨大トカゲに止めを刺したのがいけなかった? 勇者が止めを刺したかったとか。元々勇者達が戦ってた魔物だしなぁ。

 私が勇者から言いがかりをつけられるとするなら、私が獲物を横取りしたと言えなくもない。

 そんな理屈は理不尽だが、相手は勇者だ。ただの町娘が最近冒険者になっただけの私では、権力のある勇者から文句を言われれば大人しく従うしかない。それが格差社会というものだ。


「エリーさんにお願いがあります」

「な、何でしょう?」


 勇者が真剣な目をして私にお願いがあると言う。命令ではないお願いだ。酒場で酔っ払っていた時と違い紳士な態度だね。関心関心。


「このドラゴンを倒したのはエリーさん貴方ですが、この亡骸は俺達に預けてくれませんか?」


 あらまあ、勇者はまだあの巨大トカゲがドラゴンだと思っているみたいね。本当にドラゴンなんて出たら私では倒せないって。本物のドラゴンなんて見たことないど。

 やれやれ仕方ない、話を合わせておいてやりますか。


「どうぞ、元々勇者様方が戦っていたのですから」


 以前定食屋の常連のお客さんが、王国では勇者の権力は伯爵と同クラスだと言っていた。なので勇者に対してなるべく逆らわずに、ご機嫌を損なわせるようなことはしないことだ。それがこの世界で賢く生き抜く秘訣だ……酔っていた勇者を殴り倒し、土下座までさせた私が言っても説得力がないけど。


「ありがとうございますエリーさん。倒した証としてあのドラゴンを王都に持ち帰りたいのです。勿論エリーさんには報酬をお支払いしますし、討伐者としての名誉をお約束します」

「いやいやいや勇者様、あの巨大ト……ドラゴンは勇者様達が弱らせてくれたから私でも倒せたのですよ、なので気遣いは無用ですよ」


 勇者達が疲弊してたから、ドラゴンだと思い込んでいるあの巨大トカゲが強く感じただけだって。山の主がどんな化け物かは知らないけど、勇者達が万全なら巨大トカゲなんて雑魚と変わらないだろうしね。

 それにあの巨大トカゲをドラゴンだと言って持っていくと笑いものにされてしまうよ?

 あ、もしかして助けに入った私に気を使ってくれてるのかな?

 だとしてもその程度で報酬とか名誉とか言われても困る。

 これじゃまるで私を小馬にしているか騙そうとしてるように見えるでしょ? それに多少の褒賞はわかるけど、そのくらいで名誉とか、世の中そんな甘い話はないよ。流石に私もそこまで馬鹿じゃないしね。


「いえ、そういうわけにはいきませんよ、エリーさん」

「いえいえ、お気になさらず、勇者様」

「いえいえいえ、エリーさんには権利がありますから」

「いえいえいえいえ、全て勇者様のお手柄で結構ですから」

「……いい加減にしなさい二人共」


 僧侶が腰に手を当て、呆れた顔で勇者と私の間に割り込んできた。


「でもなアリス、ドラゴンを倒したのはエリーさんで……」

「でもな、ではありません。王都に戻る前にエスナの町の冒険者ギルドに報告をしなければいけないでしょう? エリーさんとの話は町に行ってから改めてお話しましょう」

「そうか、そうだよな。ではエリーさん、話は町に戻ってからということで」

「わかりました」


 いつまでもこんな所で進展のなさそうな話し合いをしていても、不毛というものだ。

勇者は首を落とされた巨大トカゲに向って手を翳すと、手の前に黒い穴が開き巨大トカゲは一瞬でその穴に呑まれていった。

 おおっ、あれは噂に聞く収納魔法というものではないだろうか。流石は勇者だ、便利な魔法を使えるなぁ。

 さて、町に帰ろうと腰を上げ歩き出そうとしたら騎士に声をかけられた。


「お待ちなさいエリーさん、エスナの町まではクリスの転移魔法で戻ることができるので歩いていく必要はありませんよ。転移魔法が使えるくらいには魔力も回復したでしょうクリス?」


 ほぅ、流石は勇者だパーティだね、何て素晴らしい魔法なんだろう。


「もぅキースさぁ、魔法を使うのボクなんだから自慢げに言わないでよ。さぁこちらへ、エリーさん」


 魔法使いに手を引かれ近付くと全員が魔法使いの所へ密集してきた。

 そして魔法使いが長い呪文を詠唱し始めると足元に魔法陣が現れ光りが溢れ出した。

 景色が一瞬揺らいだと思ったら、よく知るエスナの町の入り口付近に私達はいたのだった。凄い、何これ、超便利じゃん!

 転移魔法は都市や町などの決まった場所に移動する魔法で、今のように町に帰るような用途には使えるが、逆にさっきまで居た山中とかに移動することはできないらしい。まぁそれでも便利だけどね。


 早速その足で冒険者ギルドに向う。

 ……勇者達と一緒に歩いていると目立つなぁ。

 勇者を先頭に冒険者ギルドの入り口を潜る。

 勇者の一行のその堂々たる姿に冒険者ギルドに居た人達の注目を集めるが、当の勇者達は気にした様子もない。

 凄いなぁ、場慣れしてるというか。こんな注目なんて私には絶対に慣れることはないよ、自他共に認める小心者だしね。

 勇者達の後ろを少し離れて歩くけど、絶対に勇者達の同行者として見られてないだろう。きっと勇者の追っかけに見えているに違いない。

 受付カウンターに並ぶことなくギルド職員が勇者のもとに飛んできた。


「これはこれは勇者シオン様、本日はどういったご用件でしょうか?」

「火急かつ重要な要件だ。ギルドマスターはいるか」

「は、はい、ではこちらに」


 おおっ、流石勇者様一行だねギルドマスターの了承も取らずに、いきなり通されるとか伯爵クラスの権力は伊達じゃないね。でも個人的にはアポは取った方がいいと思うけどね、人として。

 勇者は私の方を見てにっこりと微笑んでからギルド職員の後について、関係者以外立ち入り禁止の立て札が掛かった奥に足を踏み入れる。続いて騎士、僧侶、魔法使いが入り、少し遅れて私も先に進もうと足を上げた瞬間、誰かに腕を掴まれた。


「お前、何やってんだよ!」

「はひっ、す、すいません!」


 思わずびっくりして噛んじゃったよ。振り向くと私の腕を掴んでいたのはあの目付きの怖い受付嬢だった。


「なに勝手に勇者の後をついて行こうとしてんだよ、さっさとこっちに来い!」

「え、でも私、勇者様について……」


 あ、あれ?

 そういえばついて来いなんて一言も言われてないよね。

 ああ、まさか、さっき勇者が私を見て微笑んだのは、大人しく待っているようにって意味だったのか?

 うわっ、だとしたら私なんて恥ずかしい勘違いを。そうだよねまだ仮冒険者の私がギルドの長であるギルドマスターに会えるわけないじゃん。


「ああ?!」

「い、いえ、何でもありません。すみませんでした」


 受付嬢はただでさえ怖い目付きを更に細めて私を睨むので慌てて謝る私。


「ちっ、まぁいい。用がないんならさっさと帰んな。勇者が来たせいでギルド内がちょっと混乱してやがるからよ」

「あ、はい。そうします」


 私が帰っても後で勇者から連絡があるだろう、多分。

 本当は取ってきた薬草を買い取ってもらいたかったが、日を改めた方がいいかな。薬草の入っているマジックバックは時間停止機能付きの性能の良い物だし、品質が悪くなるようなことはないからね。依頼自体がが無くなっている可能性はあるけど。いや、常時依頼だから大丈夫かな。

 今日は宿舎に帰って休むことにしよう。思い返してみたら昨晩は野宿してたわけだし朝も早かった、道理で眠いはずだよ。

 ギルドホールを出た時に勇者の声が聞こえた気がしたけど気のせいだろう。彼は今頃ギルドマスターと大事な話の途中のはずなのだから。

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