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5・廃村

 困った、私は困っていた。

 住み込みで働いていた定食屋をクビになってしまったのだ。

 事情はどうあれ勇者を土下座させてしまったのが悪かったらしい。まぁ、そうだよね。でも私は悪くないよね? 土下座だって勇者が勝手にやったことだしさ、別の謝りようはあったと思うけど? 言い訳をしてみても後の祭りだけど……。


 元々私が持っていた所持品は大した物がなかった上に、行商人のシェスさんから貰ったマジックバックがあったので、追い出される際には手間はかからなかった。問題は次に住む場所だ、流石に宿無しは遠慮したい。さて、どうしたものだろうか。

 幸いにして少しばかりのお金はある。シェスさんに魔物の猪を売ったお金や、仮冒険者支援で得た支援金とか。

 ただこれはしっかりとした生活拠点と安定した収入があってこその余裕ある金であって、収入の当てがないまま宿などに泊まり続ければ、あっという間に底をつくだろう。

 町の商業者ギルドで住み込みの仕事がないか探そうとして行ってはみたが……残念なことに住み込みの仕事は見つからなかった。

 働き口自体は何件かはあったが、待遇や賃金があまり良くない所ばかりで、良さそうな仕事はない。

 選り好みしてる余裕はないが、なるべくなら良い条件で働き口を見つけたい。しかし住める場所を優先して探さないといけないので、仕事探しは後回しの方がいいだろう。

 ちなみに商業者ギルドを通さない働き口もあるが、怖くて働く気にはなれないのでパスだ。

 ああ、そうだ住む所を探すなら冒険者ギルドにも行ってみるか。

 冒険者だって旅をしている人や住所不定の人ばかりではないはずだ。私のように住む場所を必要としている人もいるかもしれない。

 それに仮冒険者の支援制度があるくらいだから、きっと何らかの救済支援があるんじゃないかと思うのだ。


 冒険者ギルドの入り口を潜ると、そこから見える受付カウンターは相変わらずだった。うん、行列が出来てる所と一人もいない所。もう一つカウンター席を作ればいいのに。

 今度は並んでもいいから、にこやか美人受付嬢の方に行こうと足を向けた。どうせあの態度の悪い受付嬢は私のことを覚えてないだろうし。実際、前回忘れられてたしね。

 カウンターに近づくと態度の悪い受付嬢と目が合った。

 しまった、つい気になって様子を見てしまったよ。視線をずらしておけば良かったと思ったが時すでに遅しだった。

 受付嬢は口の端をつり上げコイコイと手招きをした、間違いなく私に対してだ。ありゃ私のこと覚えていたか。

 まぁいいか、あの人に相談してみるか。今並んでいるこっちのにこやか美人受付嬢と違って暇そうだし。

 私が受付嬢さんの前に行くと「何でそっちに並んでんだよ!」と文句を言われたが、ちゃんと相談には乗ってくれた。


「ああ? なら冒険者ギルドの宿舎を使えばいいぜ、格安でしかも安全だ。ただちょいと狭くて汚いけどな」


 ほうほう、流石は冒険者ギルド。とりあえずは雨風をしのげられればいいかな。贅沢を言える立場じゃないからね。

 契約は一日から最長一週間で、期限が切れれば更新可。契約中でも中途解約もできて使用した日数分を日割りで支払えばいい。宿泊費は例の仮冒険者支援制度で手に入れた金額で十分払える範囲だ。


「ま、いい機会だと思いな。本腰入れて本冒険者になるために頑張ればいいさ。お前最近ここに来てなかっただろ?」


 まぁ、そりゃ定食屋で一日中働いてたからね。

 う~ん、私なんかが本冒険者になれるかどうかはわからないけど、何かしら稼がないといけないしね。


「そうですね、じゃあ私でも受けれそうな依頼ありますか?」

「そーだな、まだ素人だしやっぱり定番の薬草とかの素材採取がいいんじゃないか。薬草の種類がわかればだが」

「あ、それならある程度はわかります」

「そうか、なら掲示板の左端辺りにその手の依頼があるはずだ。字は読めんのか?」

「はい、読み書きは大丈夫です。掲示板の左側ですね、ありがとうございます。」


 相変わらず怖い目付きの受付嬢に礼を言ってから、人の群がっている掲示板に向かう。

 掲示板前は少し、いや結構な傷や汚れの付いた鎧やローブを身に着けた、いかにも冒険者然とした人達ばかりだ。

 私だって革鎧に短剣を装備しているものの、彼らほどの貫禄はないなぁ。

 まぁ私は仮冒険者でまだ本職とは言い難いので気にする必要はないか、うん。

 ちなみに低レベル冒険者の依頼が並ぶ左端は人がまばらだ。依頼達成の報酬が安い依頼ばかりだしねぇ。


 ふんふん、ほうほう、成程ね。

 素材採取は別に依頼を受けてからでなくてもいいらしい。もし現物を持っているのなら依頼を受けてすぐに提出しても構わないとか。

 依頼のある薬草を覚えておいて、取ってきた後に依頼が残っていればラッキーくらいでいいだろう。と言うか薬草関係は殆ど常時依頼らしいので、その心配はしなくてもよさそうだね。

 おっ割と良い値になる薬草もあるな。

 かなり山の中に入っていかないといけないが、私は幸か不幸か定食屋をクビになったためにいちいち町に戻る必要がなくなり、例え泊りがけになったしても問題はない。

 まぁ良い値になると言ってもそれ程大きな稼ぎにはならないが、また出くわした魔物を狩って売ればいいだろう。あの山は私程度でも倒せる弱い魔物が多いんだよね。無論私が今まで出くわさなかっただけで、強い魔物がいると思うので、気は抜けないけど。

 ああ、そうだ、確か今月の仮冒険者支援制度の買い取り上限は残り一体とか言ってたな。上限を超えた分は来月に回せばいいか。シェスさんから貰ったマジックバックは時間停止付きの高性能の魔道具なので腐る心配はないので安心だ。

 今更ながらシュスさんはこのマジックバックを私にあげてよかったのかな? 間違えて違うの渡してしまったとかではないよね? ちょっと心配になってきた。

 シェスさんからマジックバックを貰った時に、一通りの野営で使うキャンプセットをマジックバックと一緒に頂いた、冒険者になるなら必要でしょうと。今回の素材採取は泊りがけになるし、ありがたく使わせてもらおう、ありがとうシェスさん。

 今日は既に昼を回ってしまっているので出発は明日でいいか。

 さて、宿舎の手続きは……その前に何か食料を調達しないと、朝から何も食べてないんだよね。

 一旦、食べ物を求めて冒険者ギルドの外に出ようと出入り口に向かう。


「ちょいと待ちな新人」


 受付嬢に声をかけられた。勿論、目付きの怖い受付嬢の方だ。

「な、何でしょう……お金ならありませんよ」

「知っとるわ、何で私が新人からカツアゲしなくちゃいけないんだよ!」

「で、では、何の御用でしょうか?」

「そんなに怖がるな。こいつをやるよ」


 そう言って中身の詰まった布袋を私に投げて寄こした。中身を確認するとパンやら干し肉やら食材が詰まっている。おお、何てタイムリーな。


「いいんですか、ありがとうございます。」

「礼ならいいさ。私の知人の定食屋が最近羽振りが良くなってな、食材を沢山貰ったんだ。使いきれねぇから他の者にも分けてやってんだ。気にするな」

「そうなんですか、でも何で食材なんですか?」

「そりゃお前、料理に使うに決まってるじゃねえか……何だその目は! 私はこう見えて料理が得意なんだぞ!」

「へー、ソウナンデスネ」

「信じてねぇな、どいつもこいつも!」


 まぁ人は見かけによらないって言うし本当に得意なのかもしれないな。

 まぁ、何はともあれ、ありがたく頂戴しよう。

 革袋の中の食材は料理をしなくても食べれる物も入ってるし、今日の食事はこれでいいか。残りはマジックバックに入れておけば腐る心配もないしね。

 食材はかなりの量で明日からの泊りがけの食料分も余裕で賄える。調味料や簡単な調理具等は持っていたし買い出しは不要だろう。

 まだブツブツ言っている受付嬢に宿舎の手続きをしてもらい、宿舎のある冒険者ギルドの裏手に回った。


 おおっ宿舎はちゃんと男女別になっているし、年配女性の管理人までいる。敷地はかなり広いし建屋は三階建てだ。

 受付嬢が用意してくれた書類を管理人さんに渡し、代わりに鍵を受け取り指定された部屋へ向かった。


「へぇ、全然狭くないじゃない」


 思わず声が出たが、受付嬢が言ってたほど狭くもないし汚くもない。

 はっきり言おう、私が今まで暮らしていた定食屋の住み込み部屋より、ずっといい部屋だ。

 ベッドの上には奇麗なシーツが敷かれ窓や机にも埃もない。他を見回しても実に清潔感のある部屋だ。冒険者ギルドの宿舎、侮りがたしである。

 ともかく安心して眠りにつけるのはありがたい。

 受付嬢から貰った布袋からパンや果物を出して、それを頬張り腹ごしらえを完了させる。

 明日は早いのでもう寝る準備をするか。準備と言っても風呂がないので、水場で身体を拭いたり、髪を洗い歯を磨くくらいだけど……う~ん、やっぱりちゃんとした家に住みたいよねぇ。

 私は定食屋をクビになってからこれからどうしようかと結構気を張っていたので、正直言うと疲れていた。マジックバックから取り出した愛用の布団をベッドの上に敷くと直ぐに眠りに落ちてしまったのだった。


 <>


 日差しを遮るように木々は生い茂り行く手を塞ぐ。私の背以上も伸びた草をかき分け道なき道を進んだ。いや、正確には道はあったのだ、ただ使われなくなったために道がなくなったように見えるだけだ。

 何故そんなことがわかるのかというと、私は以前この辺りに住んでいたのだ。この魔物がはびこる森の奥の僻地に。

 エスナの町を出て私が行商人のシェスさん達と出会った森から山側方向に足を踏み入れ、森の生い茂る中を丸半日歩き、夕暮れ近くに山の麓、今日の目的の場所に到着した。

 その森の中の開けた場所を見渡し私は深く溜息をついた。


「酷い有様だね」


 廃村になってからまだ数年しか経ってないのに、もう何十年も放置されたいたかのような荒れ具合だ。

 私はエスナの町に住む前は今は廃村になったこの村ナミの村に住んでいた。

 当時、記憶喪失で森を彷徨っていた私を助けてくれて、そのまま村に向い入れてくれた村がここにあったのだ。

 ここに来る前の記憶は今も戻らないが、この村に住んでいた頃のことはよく覚えている。みんな厳しくとも優しい良い人達だった。

 町から離れていて不便なことも多いし、しかも周りの森には危険な魔物が生息している村であったが、私は毎日を楽しく暮らしていた……魔物の集団が村に襲いかかってくるまでは。

 ……あっ、違うよ、村人が全滅したわけじゃないよ。

 確かに村を守るために魔物と戦った男達は何名かは亡くなったし、怪我人も大勢出た。当時私はただの村娘だったけど、身寄りのない私を助けてもらって、お世話になった村人のために農具を手に戦ったよ。

 何故農具だったかって? 仕方ないじゃん、それしか武器になりそうな物がなかったんだから。

 結局、追われるように村を放棄して、村人共々森の外へ逃げることになった。

 私は先陣を切って後ろに続く村人を守りながら何とか森の外にたどり着いた。幸いなことに私でも余裕で倒せる程度の魔物としか出くわさなかったのだった。本当に運がよかったよ。

 森を出て見通しの良い場所に出ると、私の後ろに付いてきた村人達が次々と森から出てきた。怪我をした者もいたがほぼ村を出た時と同じだけの人数がいたが、残念ながら殿を務めてた力自慢の男達に少々の犠牲がでてしまったみたいだった。

 

 私が森の外に出るまでに魔物を数百体程は倒したが、森を出てからも魔物の群れが時々森から出てきて、疲れ切った村人達に襲い掛かってきた。

 村人の中でも特に女性や子供達は、恐怖と疲労で逃げようにも身体がうまく動かないようだったので、私が魔物の前に出て魔物を倒しまくった。

 ……あれ、私も女性なんですけど?

 まぁいいか、このまま魔物の群れが尽きてくれれば、村人達の体力が回復するまでここで休んでもいいのだけど……。

 だけど、そんな期待は裏切られた。

 地響きと共に森の中から巨大なトカゲが現れたのだ。

 トカゲと言って馬鹿にすることなかれ、めちゃくちゃ大きなトカゲだよ。動けなかった人達が驚いて這いつくばりながら逃げ出す程の。いや、恐怖で腰を抜かして動けないものもいるな。

 ともかく動けない人達を担いで早く逃げて、皆!

 巨大トカゲが子供達を狙って襲い掛かってきたので、咄嗟に私は間に割り込み巨大トカゲに切りかかっていた。

 流石にこれは倒せないかな、なんて思っていたが……巨大トカゲは見掛け倒しだった。

 弱い、弱いよこの巨大トカゲ! だた大きいだけじゃん!

 それなのに村の男性たちは巨大トカゲの攻撃に吹き飛ばされている。なにやってんのよ、もう。疲れてるのはわかるけど、私も疲れてるんだからねしっかりしてよね。

 巨大トカゲを数回切りつけたら、血だらけになりながらも目を血走らせて私にその大きな口で噛みつこうとしてたから、顎を蹴り上げてやった。

 ズドンと音を立てて仰向けに倒れる巨大トカゲ。それを合図に残っていた魔物達が森に帰って行く。ふむ、どうやらあの巨大トカゲがボスだったみたいだね。

 巨大トカゲは運悪く倒れた場所が坂になっていたようで、気を失ったままゴロゴロと斜面を転がっていった。そして谷底へ……流石に死んだかな? 這い上がってこないなら巨大トカゲの生死なんてどうでもいいけど。

 ともかく、無事に村から逃げ出せた村人たちは村に戻ることもできず、近隣の町に移り住むことになったのだ。

 大半の村人達は難民の自分達を受け入れてくれる町に移住することにしたようだった。

 私はなんとなく今いる場所から一番近い所でいいやと思い、森に近かったエスナの町に住むことに決めたのだった。

 村の人達と離れるのは少し寂しかったし、記憶喪失だった私を助けてくれた恩もあったけど、この際新しい場所で一から頑張ってみようと思ったのだ。

 たまたま村長の知人だった定食屋の店長を紹介してもらい、私はそこで住み込みで働くことになったのだ。だけどその定食屋もクビになっちゃったし、紹介してくれた村長には申し訳ないと思う。

 村長は「貴方と同じエカテリーナという名の店長だから仲良くな」と言ってくれたけど、仲良くどころか嫌がられたよ、しかも辞めた従業員の名前で呼ばれるという訳の分かんない状況になってたし。


 ちなみに記憶喪失だった私が何故自分の名前がエカテリーナとわかったのか? 名前だけ覚えてた? ブー! 残念違うよ、名前も覚えてなかったんだよ。では何故? それは私が所持してた高価そうな杖にエカテリーナと名が彫られてあったのだ。うん、だから本当の名前かはわかんないんだよね。でも村長が名無しでは困るだろうと、エカテリーナと名乗ったらいいのではないかと言われたので、それに従った訳だ。

 はっきり言うと、村に住んでいた期間より今のエスナの町に住んでいる期間の方が長いので、エカテリーナと呼ばれるより定食屋ので呼ばれてたエリーの方がしっくりくるんだよね。この際だからこれからエリーと名乗ろうかな。ただ名前を付けられたきっかけが、今一納得できないでいるけどね……。


 おっと、いつまでも回想に浸っていても仕方ない。

 今、この元村があった一帯は魔の森と呼ばれる地域とされ、滅多に人が立ち入らない場所となっていた。


「とりあえずは今日はここに泊まるかな」


 寂しいので独り言を呟きながら、昔私が暮らしていた家にやってきた。

 むぅ、予想通りの酷い有様だ。でもまぁ屋根が残ってるだけまだましか。

 私は魔物避けの香を焚き、村の周辺に感知用のワイヤーを設置した。この道具もシェスさんが持たせてくれた中にあったのだ、ありがたく使わせてもらおう。

 そうだ目的の薬草だが、ここに来るまでにそこそこ採集できた。私がここに住んでいた時と生息域がほぼ変わってなくてよかったよ。薬草の知識もここで覚えたんだっけ。懐かしいな。

 さぁ明日は山の方を登ってみよう。冒険者ギルドで高値で依頼されていた薬草はここより山手の方にあるはずだ。

 こんな状況では熟睡はできないだろうけど身体は休めないとね。

 私はそっと目を閉じたのだった。

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