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4・勇者シオン

 予定外の収入があってホクホク顔で定食屋で仕事をしていると、常連さんから声をかけられた。


「エリーちゃんご機嫌だね」


 本名とは違う店長に付けられた名前を呼ばれても、全然気にならない程に浮かれていた。いや正直言うと、最近はエリーと呼ばれた方がしっくりくるようになってきたなぁ。


「えへへ、わかります? 実は……」

「ここの店長はいるか!」


 常連のお客さんに「今、懐が暖かいのですよ」と言いかけた時に突然店の入り口が勢いよく開かれ、大声を張り上げた少年が店に入ってきた。

 彼は一般の庶民が多いこの場所で、明らかに場違いな程の立派な鎧を身に着けていた。アレってお客さんではないよね?

 少年を見るなりフロアマネージャーが慌てて店の奥に引っ込むと、間も置かずに店長を連れて戻ってきた。

 店内でいきなり大声を上げ店長を呼び出すような無礼者で、しかもまだ若い少年だ、普通なら怒鳴り返して追い返されるだろう。だが今回はそうはならなかった。

 彼自身のかなりの身分の者だとわかる装いもそうだが、彼の傍には位の高そうな騎士と、高僧の証であるローブと杖を所持した僧侶、大魔導士の証のマントを纏った魔法使いが少年の後ろに控えていたからである。


「あ、ありゃ勇者様じゃねぇか」


 常連のお客さんがそう呟いた。


「勇者……様? お客さん知ってるのですか?」

「エリーちゃんは知らなかったのか? 代官の屋敷に滞在しているそうだ」

「へぇ、でもここに何の用なんでしょう?」

「さぁな」


 店長は勇者一行に、へこへこ頭を下げて彼等を店の奥に案内していった。多分応接間に連れて行ったのだろう。機嫌を損なうことを避けてたくらいの方々だし、他のお客さんのいる店内で対応するのは失礼だろうしね。

 暫くすると低姿勢の店長が勇者一行を連れて戻ってきた。

 帰るのかと思いきや……。


「勇者様がこちらでお食事をなさっていくそうですよ。名誉なことですから粗相のないように」


 店で働く従業員達に店長がそう告げた。

 おや? わざわざ他のお客さんのいる店内で食事しなくてもいいのに。

 店の奥にある一番良い席に案内された勇者一行は、倍の人数は座れるテーブル席に悠々と座ると、楽しそうに雑談を始めた。ただ、その様子を遠巻きに見つめる店長とフロアマネージャーは緊張で顔が強張り全然楽しそうではない。

 私が仕事をしながら耳に届く話をまとめると、どうやら勇者自身が客席で食事をしたいと言い出したらしい。


「店長、君のところで仕入れたあの食材はまだあるのか?」


 勇者に呼ばれた店長がビクッと身体を震わせ、慌てて勇者のもとへ走って向かう。

 店内で走ったら危ないよ店長。私にはよく「店内を走るな」って怒るのにね。


「勇者様、あのグレーターホワイトベアの肉はもうありませんが、それに変わらぬ食材のグレーターグレイベアの肉なら仕入れてございます。それでもよろしいのでしたらお持ちしますが……」

「そうか、ではそれを頼む」

「かしこまりました!」


 んん? 何処かで聞いたことのある名前の食材だね。まぁいいけどさ。

 食事を待つ間、勇者達の会話が続いていた。


「シオンは勇者のくせにこういう庶民的な場所が好きですね」

「いいじゃないかキース、俺は賑やなの好きなんだよ」

「そうですか。たまには悪くはないですが、自分はどちらかというと落ち着いた場所で食事は取りたい方ですね」


 勇者と騎士が会話を交わす。

 確かに騎士の方は仕草が貴族っぽいので良い生まれなのだろう。ちなみにシオンが勇者、キースが騎士の名らしい。

 

「わたくしもキースさんと同じですわ。食事は静かに頂くものですわ」

「ボクもキースやアリスの意見に賛成だね、こんなところでは落ち着かないよ」

「そうですわよねクリス。でもキースの言った通りたまにはいいかしら」

「まぁたまにはね。野営とかで食べる食事よりはましだし」


 僧侶と魔法使いは騎士と同意見らしい。僧侶がアリス、魔法使いがクリスという名前のようだ。どうでもいいけど野営よりましって台詞はどうなのよ?


「アリスとクリスまで、もういいやお前達代官の屋敷に戻ってろよ」

「だから、たまにはいいかって言ったじゃん」

「右に同じですわ」

「自分は最初からたまにはいいかと言ったのだがな」


 勇者達の声が大きいわけではなく、周りのお客さんがいつもより静かに食事を取っていたため、彼らの会話が自然と耳に届いてしまうのだ。

 私は賑やかな勇者達のテーブルを尻目に、他のお客さんのテーブルを駆け回る。他の給仕をしている人達が勇者達のテーブルを気にして碌に働かないのだ。人手はあるのに忙しいという訳のわからないことになっていた。

 もう、仕事しなさいよ、貴方たち!


「おっ、美味いな」

「ふむ、悪くはないですが先日のグレーターホワイトベアの肉よりは幾分落ちるな。調理にしても少々粗が目立つ」

「キース、文句があるなら食うな」

「文句を言ってるわけではないですよ、感想を述べているだけです」

「相変わらず屁理屈の多い奴だな。黙って食えないのかよ」

「屁理屈とは失礼ですね、それに自分は基本的に黙って静かに食する人間なのですがね」


 勇者の口には合ったようだが、騎士の口には今一合わなかったようだ。


 ふぅそれにしてもやっと人が落ち着いてきたよ。物珍し気にやじ馬達も来店してきたりもしたけど、みんな飽きたのかお客は殆ど店からいなくなっていた。

 しかし勇者達まだいるのか。高い料理だけでなくこの店で出せる最高級のお酒まで飲んでいる。勇者は少年だけどお酒は飲める年みたいだね、まぁこの世界では成人は十五歳だし見た目が少年でも年齢が達していれば問題はないからね。

 しかし、美味い食事に美味い酒。いいねぇセレブな方々は……いやセレブはこんな定食屋で食事なんかしないか。

 どうでもいいけど、もう閉店なんだから早く帰らないかなぁ。


 それから、更に時間が経ち、随分前にラストオーダーも終わっていた。


「ところで店長。今回のグレーターホワイトベアだけでなく以前の猪肉や兎肉もこの店で手配したものらしいな」

「左様でございます」


 騎士にそう聞かれ店長が強張った顔で答える。


「ですがシオンの我儘で食材を手に入れるのは大変でしたでしょう? しかも勇者に食べさせると聞いた町の方々が先を競って良い食材を集めまくったと聞きました。そんな中で代官のお抱えの料理人の目にかなう最高級の食材を手に入れるとは、一体どのような手を使ったのですの?」


 僧侶が店長を見つめながら質問を投げかける。

 ……あのぅ、多分それ全部私が集めたやつじゃない?


「そ、それはですね……」


 玉のような汗をかき、言葉を選んでいる店長。


「やめなよアリス。店長が困っているよ。仕入れ先なんて例え勇者パーティのボクらが相手でも教える訳ないじゃないか」

「あら、それもそうね。ごめんなさい店長」

「い、いえ……」

 魔法使いに助け船を入れられて安堵の表情で溜息をつく店長。

 あれれ、やっぱり私が渡した肉は良い肉だったみたいだ。やっぱり食材費をケチって私に渡してたのか。

 まぁ自分で狩ってきた獲物で、しかも最初の兎の時にかかった解体費だけしか出費がなかったから元手がただみたいなものだし、私自身は損はしてないけど……。

 一応、苦労して手に入れたものなので、追加賃金をそれとなく請求したことはあるんだけど、これも給料の内だって怒られたんだよ、大変だったのにさ。

 だから余計に狩った獲物を売って手に入れたお金があると知られたらあの店長のことだ、ただ働きさせられる可能性だってあると思うんだ、だから知られないように黙っている方が良いと思う。


「ところでさ、さっきから後ろの黒髪の店員さん一人で働いているみたいだけど、他の店員さん達は働かなくていいのかな?」


 魔法使いの人が私を指差しながらそう言うと、全員の視線が一斉に私に集まった。うわっちょっと怖いわ!


「そ、そうね。みんなボサッとしてないで仕事よ、仕事なさい!」


 店長がパンと手を叩いてみんなを急かすが、とっくの間にお客さんは帰っていて、あらかた後片付けも終わっている。厨房の料理人はもう帰るところだし、手持無沙汰の私は今の今までやらなくてもいい大掃除を黙々としていたのだ。

 後は勇者達のいるテーブルを片付けるだけなのだが……うん、凄い散らかり具合だ。


「店長、後は勇者様のテーブルだけですが……」

「これ、勇者様を急かすことを言うんじゃないよ、エリー!」


 私がつい、残ってる仕事を口にすると店長に怒られてしまった。


「そろそろ、お暇しましょうかシオン」


私の言葉で気を利かせたのか騎士がそう言って勇者を見た。


「ああ? まだいいじゃないか、なぁ店長?」

「ええ、ええ、構いませんとも好きなだけいてくださっても構いませんとも」


 ……ええ~、私もう帰りたいんだけどなぁ。あっ、でも残業代が出るなら別にいいかな。


「はぁ、わたくしは先に代官の屋敷に戻らせてもらいますわ」

「ボクも屋敷に帰るよ」


 僧侶と魔法使いは席を立ち、店から出て行った。


「自分も帰ります。シオン明日からまた山の主の討伐に出るのですから、程々にして戻って来るのですよ」

「わかってら! 次こそは負けねぇからな」

「負けて帰る度に、あれ食わせろ、これ食わせろ言うのですから、いい加減にこの町の人達から愛想を尽かされますよ」

「命を張ってんだから食いたいものくらい食わせろよ!」


 ……本当に町から特定の食材が無くなるのは勇者のせいだったんだね。さっき僧侶も勇者の我儘でとか話してたし。


「次はドラゴンの肉を食いたいとか言い出さないで下さいね」

「ははっ、それはいいな!」


 勇者と騎士がとんでもないことを話しながら大笑いしてた。

 騎士が「なら山の主を我々が倒さねば」と言ってたけど、全くだよ。ドラゴンの肉なんてこんな小さな町でどうにかできる食材ではないしね。

 ご機嫌な勇者を残して騎士は店長に支払いを済まし、先に出た二人に続いて店から出て行った。


 <>


 えっと、これどうなっているのかな?

 勇者が私の目の前で土下座しているのですが……。


「エリー、いえエリーさん、すみませんでした!」


 事の始まりは今を遡ること数時間前のことだった。


 勇者の仲間の方々が代官の屋敷に戻った後、勇者は一人残り店の従業員である私の同僚達とどんちゃん騒ぎを繰り広げていた。閉店時間はとっくに過ぎていてお客さんが入店することはない為、店員が勇者の酌のお相手をしていても問題ないと言えばないのだが……。

 いつまで経っても終わる気配がない。残業代が出るだろうけど、いい加減帰りたくなってきた。

 ちなみに店長に「帰ってもいいですか?」と聞いたところ「誰が後片付けをするんだい!」と怒られてしまった。流石に店長に「貴方が片付ければいいのでは?」とは言えなかったよ。

 周りを見てみると勇者に勧められ酒に潰れた同僚達の姿がちらほらと……。

 その後、大騒ぎはエスカレートしていき、ご近所迷惑のレベルまで増長していった。

 定食屋といっても営業が終わった後の深夜だし、立地場所も民家の近い場所だ。うちは朝までやっている飲み屋さんとは違うしね。

 そうこうしているうちに勇者を接待していた店員といかがわしい事になりそうになり、ここでは嫌だとゴネる女性店員。ここじゃなければいいのか? え、断る口実? ですよねぇ。

 しかし酒癖が悪いなぁ勇者は。

 しつこく店員に言い寄るがNOを突きつける女性店員。彼女はこの店では中々の人気者の店員さんだ、私と違って可愛いからね……ってうるさいわ!

 一人でボケて一人突っ込みを入れる寂しい私。だって暇なんだもの。

 尚も絡んでくる勇者に女性店員は抵抗して彼を軽く押したのだが、酔ってるせいもあって、よろけて壁に頭をぶつけた。結構いい音がしたな、ざまぁである。

 あっ、事もあろうに怒った勇者が魔法を唱え始めた。

 ぶつけた頭の痛みを和らげる回復魔法ではなく、攻撃魔法の方だ。物騒な詠唱を聞けばそのくらいはわかる。

 ああ、もうこれだから酔っぱらいは!

 店長とフロアマネージャーは揃って代官の屋敷まで、勇者の仲間を呼びに飛び出して行った。その際に店長は私に向かって「エリー、勇者様の仲間を連れて来るまであんたが何とかしな!」と、無茶振りをされてしまったのだ。

 相変わらず私に無茶を言う店長だ。

 ともかく勇者の呪文を止めないといけない。

 私は酒と怒りで顔を赤くした少年勇者の下顎をおもむろに掴み、上顎に叩きつけた。

 フン、こんな酔っぱらい舌を噛んでも知ったことか。

 さっき勇者が上級ポーションを自慢げに見せびらかしていて、それがそのままテーブルに置いてあるし、いざとなったらそれをぶちかけてやればいいだろう。


「こ、こにょ野郎ぅ、何をしにゃがる!」


 ププッ、勇者の口調がおかしくなっている。

 呪文を唱えてたし酔いで呂律が回らなくなった訳ではないのだろう、本当に舌でも噛んだのかもしれないな。

 それにしても失礼な勇者である、私は野郎じゃないんだけど?

 勇者は私に向かって凄い顔で睨みつけると、腰に差していた立派な装飾の施された剣の柄に手をかける。

 ええっ、今度は剣を抜くの?

 躾がなってないなぁ、少年といえどお酒が飲める年なんだからしっかりしてほしいものだ。それ以前に勇者なんだから人様に恥ずかしくないように振舞わないといけないと思うのよ、私は。

 剣を半分程抜いたところで剣を持つ勇者の手をパシンッ叩くと手から剣が離れ、引き抜いた勢いで剣は鞘から抜けて床にカランと落ちた。

 あ~あ、勇者が町娘の私に手を叩かれたからって武器を落としちゃ駄目でしょ。

 あっ、今は冒険者もやってるけど、本業は定食屋の給仕だし町娘でいいよね。


「なっ、こ、このぉ!」


 今度は拳を握り私に殴りかかってきた。

 酔っているせいか全然キレがない。彼は攻撃を続けているうちに足をもつれさせ、明後日の方向に拳を振り抜いた。


「キャッ!」


 さっきまで言い寄ってた女性店員を殴ってしまった勇者。

 元々わざとではないにしろ、彼女が突き飛ばしたせいで勇者が怒って女性店員に攻撃を仕掛けたのだ。偶然とはいえ目的を果たすとは流石は勇者である。感心できることではないけどね。


「そ、そんな所にいる奴が悪い、ブヘッ!」


 つい勇者の頬を平手で叩いてしまった。

 いくら酔っていても女子を殴るのはいただけないからね。


「こ、このぉアマ!」


 今度は私のことを女として認識してくれたようだ。だけど言葉使いがよろしくない。私は今ほど叩いた勇者の反対側の頬を叩く。


「ホゲッ!」


 私に再度叩かれて変な声を上げる勇者。

 目に怒りを宿し私を睨みつけている。そういう目は魔物とかに向けてほしい。間違っても守るべき人間に向けないでほしいものだ。第一、勇者が酔っ払って暴れたのがいけないんでしょ。


「お、俺は勇者だぞ、こんな事をして、フゲハッ!」


 まだ反省してないようなので、今度は頭を殴りつけてあげた。


「勇者の俺を殴って、ただで済むと、ハギャン!」


 うん、まだ反省が足りないようである。

 酔いが覚めてきてるとはいえ、只の店員に殴られるほどお酒を飲んでは駄目でしょ。

 それに勇者なんだからこれからもお酒を飲む機会も沢山あるだろう、今のうちに矯正しておかないと王侯貴族の前で粗相をしたら大変だよ。

 私は勇者が反抗できなくなるまで殴り続けた、勿論グーで。

 そして気付けば勇者が地べたに這いつくばり、土下座していたのである。

 勇者の酔いは完全に覚めたようである。しかしこの状況は何かマズい気が……。

 そう思った矢先、勇者の仲間を連れた店長が店に飛び込んで来たのだ。


「な、何やってんだいエリー!」


 店長の怒号が店内に響き渡った。

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