3・受付嬢と親方と熊のお嬢さん?
私は普段のカジュアルな格好ではない、シェスさんから貰った革鎧に短剣を携えて冒険者ギルドに来ていた。
「あの~すみません」
「ああ、何だ?」
丁度空いていた受付の女性に声をかける。
何故だか隣のカウンターには列ができていた。ははぁ成程ね、隣の受付嬢はかなりの美人さんで対応もにこやかだった。
一方私が声をかけた受付嬢は美人ではあるが、ちょっと態度がよろしくない目つきの怖い女性だ。喧嘩を売っているような言葉使いだし、これだったら隣の受付嬢さんの方に並ぶだろう。そもそも冒険者ギルドの受付嬢がこんな態度でいいのだろうか?
おっと、そんなことより話の続きをしないと。
怖い目付きの受付嬢はいつまでも話の続きをしない私に対して、更に目を細める。まるで殺し屋みたいな目付きだ。
……そんなに睨みつけなくてもいいじゃん、本当に怖いよ!
私は覚悟を決めて頼みたいことを口にした。
「魔物の買取をお願いしたいのと、その中で一番良い魔物を一体解体してその肉を頂きたいのですが」
「ふん、買取と解体か。じゃあ冒険者証を出しな」
私は言われた通りに冒険者証を受付嬢に手渡すと、彼女は私の冒険者証を見てハンっと鼻で笑った。
「仮冒険者か、そんじゃこいつを持って奥の解体作業場に行きな。そこに担当の者がいるからその札を渡して詳しく話をしてやりな」
そう言うとカウンターの上に私の冒険者証と木札を放り投げた。
いや、本当に態度が悪いなぁ、そりゃ誰もここには並ばないよ。一応怖いので、きちんと受付嬢にお礼を言ってから奥の解体作業場に向かった。
ふむふむ、ギルドの奥は作業場になっていたのか。
私は受付嬢の言った通りに作業場に居たいかにも親方みたいなおじさんに声をかけ、買取と解体をお願いしたい旨を話して、受付で貰った木札を差し出した。
彼はその札を見て、私を作業場の中に案内してくれた。
途中、他の作業員に指示を飛ばしていたし、ここの親方で間違いないのだろう。
「嬢ちゃん見ない顔だが新人か?」
「はい、そうです」
作業場はかなり広い、魔物を解体をする場所なので当然か。
作業場にあるテーブルの一つを指さして親方はこう告げた。
「じゃあ獲物をこのテーブルの上に出しな」
「えっと、大丈夫なんですか、結構大きいですよ?」
「わっははは、心配するこたぁねぇよ、構わないから出しな」
まぁ親方がそう言うのならいいのかな? 見た目に反して凄く丈夫なテーブルなのかもしれないし。
「では」
私はマジックバックから取りあえず一体だけ魔物の熊を取り出し、テーブルの上に置いた。
ズドン!
熊の下敷きになって無残に潰れたテーブル……。
えええっ! これって私のせい? でも出せって言ったの親方だよね!
「あ、あの~テーブルが……」
「な、な、なんじゃこりゃああああああ!」
作業場にいた親方だけでなく、周りにいた作業員全員が絶叫を上げていた。うるさいなぁもう。
「こいつはキラーベアじゃねぇか! これ嬢ちゃんが倒したのか? いやそれより何処から出した、背中のバックじゃなかったよな」
「えっと、熊を倒したのは私ですし、熊はこっちのマジックバックから出しましたけど」
「マジックバックだと! 嬢ちゃん新人じゃなかったのか? 駆け出しの冒険者がそんな高価な魔道具を? いやそれはどうでもいい、本当に嬢ちゃんがキラーベアを倒したのか、他に仲間は?」
「私一人でですよ。それよりまだあるので出しちゃってもいいですか?」
「あ、ああ。た、確か解体は一番良い魔物一体だけで他は買取だったな。査定をするから空いてる場所に出しな。流石にこれ以上の獲物は出ないと思う……が……げ、げえええええええ!」
作業場の空いたスペースに熊を全部出すと、ほぼ作業場が熊で埋まってしまった。
「グレートベアが十四体」
「キラーベアが八体」
「ハンターベアが五体」
「そ、それから上位種のグレーターグレイベアとグレーターホワイトベアが一体ずつ……だと?」
私の出した魔物の熊を見て、大げさに驚きながら個々に熊を検分している作業員達。親方まで混じってブツブツ呟きながら熊を調べている。
あのさぁ、どうでもいいから早く解体してほしいな。
「嬢ちゃんもあれか、勇者に食わせるために熊を取ってきた口か?」
「勇者ですか? 何のことかわかりませんが私は店長に……いえ、人から命令され、げふんげふん、じゃなくて頼まれて熊肉を持ち帰らないといけないのです」
「つまりは個人依頼の類か。しかしその依頼主は幸運だな。この上位種の肉なら文句の出ようがないはずだ」
ほうほう、では店長から文句や嫌味を言われる心配はなさそうだね、よかったよ。
……いや、そうとも限らないかなぁ。
前回のシェスさんから譲って頂いた上質な魔物の猪肉や、前々回の一番大きくて立派な魔物の兎を解体して手に入れた肉を渡した時は、指定された時間に間に合ったのにもかかわらず「遅かったねエリー何をもたもたしてたんだい!」と文句を言われたしね。
しかも「わかってると思うが、いい加減な肉だったら承知しないからね!」と吐き捨てるように言った後、肉を私から奪うように持ち去ってしまった。
労いの一言もないなんて経営者としてどうかと思うけどな。
「ともかく一番良い熊を解体をして肉を下さい。特急料金がかかるなら、ここにある熊の買取料金から差し引いて下さい。足りますか?」
「解体した熊は肉以外はいらないのか? ならその熊の他部位の素材だけでも足りるが」
「そうですか、なら早速お願いします」
「わかった急ぎだな。大方せっかちな依頼主なんだろう、任せておけ。終わったら声をかけるから待合室で休んでな」
おお、ありがたいな。山中を歩き回って疲れてたんだよね。魔物の熊? 倒してマジックバックに放り込むだけの簡単なお仕事だったよ?
ともかく明日から本職の定食屋の仕事があるから疲れが残らないように休んでいよう、うん。
冒険者ギルドの待合室はただ衝立で仕切られているだけの、ドアもない十人程が座れるくらいのこじんまりとした場所だ。偉い人や役員が使うちゃんとした待合室ではなく、冒険者達が使う形だけの待合室と言った方がいいだろう。
受付の前にある依頼掲示板の少し奥にあり、受付からは丸見えになっている。
ふと、私を対応した受付嬢と目が合った。相変わらず目付きが怖い。
彼女は手を招くように来い来いとジェスチャーをした。
ん、私? どうしたんだろう、何かあったのかな?
私は受付嬢のもとへ向かう。
相変わらず隣のにこやかな美人受付嬢は大人気で凄い列ができていた。さっき見た時より列が長くなっているなぁ。
それを横目に、私を呼んでいた誰も並んでない方の受付嬢に話しかける。
「何か御用ですか?」
「ああ、さっきな言い忘れてたことがあってな」
はて、何だろう?
「仮冒険者の救済処置があるんだ。利用した方がいいだろ、お前弱そうだし」
ほほぅ、救済処置とな。あと弱そうは余計ですよ。
「具体的にはどういうものなのですか?」
「そんなに難しいもんじゃねぇよ。仮冒険者の間はどんな魔物でもある程度の値で買い取って貰えるって制度だ。例え大した額になんねぇショボい魔物でもな」
「つまり、魔物ならなんでもいいと?」
「ああ、仮冒険者の間、生活に困らない程度の支援をするものだ。ありがたいだろ?」
「成程、ありがたい制度ですね」
「だがな、無制限ってわけじゃねぇぜ、上限は一か月三十体までで、期間は二か月間だけだ。本冒険者になるための審査は一か月おきだからな、チャンスは二回きりだが、まぁ真面目に取り組めば落ちるこたぁねぇぜ。あとは悪いことをしないで真面目にやることだな」
本冒険者になる為に頑張っている人を、支援する為の制度というわけだ。本冒険者になれば受けれる依頼が大幅に増えるからね、仕事の幅も広がるというものだ。
実はこの支援制度、どこの冒険者ギルドでもやってるわけではなく、この町の冒険者ギルドがギルドマスターの指示のもと、独自で行っているらしい。
中々良い人みたいだなギルドマスターは、見たことないけど。
しかし態度が悪くて怖い目つきの受付嬢だが、わざわざ私のために説明してくれたのか。案外悪い人ではないみたいだ。
最初に冒険者ギルドに来て仮冒険者の手続きをした時はそんな説明なかったなぁ。
朝、早かったし、当直のおじさんだったから説明を忘れたのだろう。もしくは本冒険者になるつもりなら、自分で情報を集めろってことなのかもしれないね。
暫くすると作業場の方からお呼びがかかった。もう解体が終わったのかな、流石冒険者ギルド、仕事が早い。
「手続きの方はこっちでやっといてやるから安心しな。今回の買取分の代金は明日には用意できるからそれ以降に取りに来い」
受付嬢にそう言われ、彼女に礼を言ってから解体作業所に移動した。
熊肉は上位種のなんとかホワイトベアが美味しいらしく、私は早速その肉をマジックバックの中に収めた。
急いで解体作業をしてくださった親方をはじめ作業員の方々にお礼を言いながら頭を下げる。その際にうっかり心の中で呼んでいた親方という呼び名を口に出してしまい、大笑いされてしまった。
「親方か、ま、違いねぇ。わはははは!」
親方は笑って許してくれた、良い人でよかったよ。普段は作業長と呼ばれているらしい。
私が手に入れた熊肉は親方も問題なしに良い肉だと太鼓判を押してくれたので、きっと店長も納得してくれるだろう。
私は革鎧から普段着に着替えてから職場である定食屋に戻ったのだった。
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魔物の熊を狩った翌日からびっしり一週間、朝から晩まで店の仕事をこなし、ようやく休みがもらえたのでやっと冒険者ギルドに赴くことができる。
あっ、ちなみに解体作業場の親方から上質だと渡された肉は、店長に見せるとすぐさまブン取られ、それを持って何処かへ飛び出していった。
今日まで文句を言ってこないところをみると、及第点はもらえたようである。相変わらず「よくやった」の一言もないのは不満であるけど。
それに反発している訳ではないが、肉の仕入れ金として店から渡されたお金は、私の貯金箱へと収められている。
え~、いいじゃない?
結局、肉は私から買ったみたいなものだよ?
それに仕入れ金も市場で売ってるくらいの予算しか渡してくれなかったし、シェスさんや親方が言う通り上質の肉だったのなら、もう少し上乗せ金があってもいいくらいなんだけどなぁ。無論そんなお金はもらってはいないし。だからいいと思うんだよ。
冒険者ギルドにに到着してギルド内に入ると、強面のベテランや私と同じ新人っぽい冒険者達など沢山の人で賑わっていた。
私の格好は前回熊を売りに来た時と同様に革鎧姿だ、ヒラヒラのワンピースでは浮くからね。
「あの~、すみません……」
「ああ?」
前回と同じに目付きと態度が悪い受付嬢に声をかけたが、私を覚えていないらしく、ぞんざいな態度で対応された。
ううう、私のこと覚えてなかったのなら、隣のにこやかな美人受付嬢に話しかければよかったよ! 相変わらず凄い列だけど。
「ギルドで買い取ってもらった魔物のお金を受け取りに来たのですが」
「ん? ああ、あん時の弱そうな奴か。ちょっと待ってろ」
おや、どうやら思い出してくれたようだ。
受付嬢はめんどくさそうに席から立ち上がり、席の後ろにある奥の部屋に入って行った。
「よう、熊の嬢ちゃんじゃねぇか」
呼ばれたのが自分だとは思わず「誰だよそれ?」と冷やかし気分で何となく振り向くと、解体作業場の親方がニカッと音が聞こえそうなくらい良い笑顔を浮かべながら、手を上げてこちらに歩いてきた。
熊の嬢ちゃんて私のことなの?
「熊のって……お久しぶりです」
「はははっ、すまんすまん、今まであれだけの魔物の熊を狩ってきた奴はいなかったものでな。それで今日はどうしたんだ、また魔物の買い取りか?」
「いえ、先日の熊を買い取ってもらった代金を受け取りに来たんです」
「そうか、かなりの額になるはずだ。期待していいぞ」
「そうなんですか、ありがとうございます。」
「俺が礼を言われるようなことは何もしていないぞ、全部嬢ちゃんの実力だ」
親方は笑顔でバンバンと肩を叩く。ちょっと親方、力入れずぎだってば、もう。
作業場から「作業長!」と親方を呼ぶ声がして、もう一度私の肩を叩いてから親方は奥の作業場に消えて行った。
丁度入れ替わるように受付嬢が席に戻ってきた。
「待たせたな。ほれ代金だ受け取れ」
ジャラッと音をたてて、お金が入っているだろう袋をカウンターの上に乱暴に置いた。あんなに乱暴に置いたら木製のカウンターが傷ついちゃうだろうに、粗暴な受付嬢だなぁ。
「ありがとうございます」
私は受付嬢が失礼な態度でも文句を言わずに、きちんとお礼を言って袋を受け取る。文句を言わないのは逆らったら怖そうってのもあるけど……。
早速中身を確認する私。
おおっ、金貨がザックザク……とはいかなかった。それでも銀貨が結構入っている。定食屋の一か月分の給金以上はある。
……ん? あれ、これ、おかしくない?
親方はかなりの額になるから期待してろって言ってたはずだけど、私の聞き間違いだった? いや、確かに大金は大金だよ?
あっ、そうかわかった。
仮冒険者にしたらかなりの額になるって意味だったのか。
そりゃそうか。冒険者を始めたばかりの仮冒険者で、定食屋が本職の只の町娘である私が倒せるような魔物だよ? あの熊の魔物達は見た目に反して、普通の冒険者からしてみたら大した魔物ではなかったのだろう。
実は金貨の山なんかを期待してた私って馬鹿だなぁ。そんなわけがないのにさ、ああ、恥ずかしい。
「二十九体分だ。頑張ったのはいいが仮冒険者支援の上限まで今月は後一匹だ。それ以後は魔物の適正価格でしか買取できねぇから気をつけろ」
「わかりました」
「買取だけじゃなく、稼ぎは悪いが新人でもこなせる依頼があるからそっちもやれよ。そうしねぇと本冒険者になんて、いつまで経ってもなれねぇぞ」
「はい、ありがとうございます」
元気よく返事をしたものの本冒険者になる気はなかったんだよね、買取できればいいだけだし。でも受付嬢の口ぶりからしてあの熊の魔物は支援金額より低いってことだよね。
だとしたら支援期間が切れる二か月後には、買い取った魔物に上乗せされる支援金が加えらないから、受け取り額が下がることは間違いない。支援金以上の魔物を狩ってこれればいいのだけれど、只の町娘の私には無理な話だろう。
まぁ売値の安い魔物しか狩れなくて買い取り額が下がっても、本職の定食屋の給仕の仕事があるんだし別に構わないか。要は狩った魔物を無駄にせずに売れればいいんだし。支援金以下でもお金なるならいいだろう。
ちょっとしたお小遣い稼ぎだと思えばいいのだ、うん。