2・冒険者のエカテリーナ
私は現在、私が暮らしているエスナの町に向かって走る馬車の中にいた。
行商人のシェスさんの馬車に同乗させてもらっているのだ。馬車は楽でいいよね。
シェスさんから譲ってもらった猪肉はとても上質で、しかも綺麗に精肉されているおかげで、町に戻ってから急いで肉屋に解体を頼まなくてもよくなった。時間的にも余裕ができて気も楽だ、急がなくていいのは本当にありがたいなぁ。
「エカテリーナさん、こちらのワイルドボアリーダーも私に売っていただいてよろしかったのですね?」
「ええ、構いませんよ」
私が倒した魔物の猪の中に、毛並みのいい一回り大きな猪がいたのだ。群れのボスだったらしいのだが他の猪と一緒に襲い掛かってきたので全く気付いていなかった。
護衛の二人に「よく倒せたな」と驚かれたけど、正直他の猪と変わらなかったような気がする。実際に言われるまで気が付かなかったし。
肉質は一般のワイルドボアより多少いい程度だが、体内にある魔石が大きく上質で高値が付くとか。私が手に入れても結局はシェスさんのような商人に売ることになるだろうし、魔石の相場なんてわからないから、誠実そうなシェスさんに買い取ってもらう方がいいだろう。私みたいな素人が町で売ったらきっと足元を見られるか、騙されて二束三文で買いたたかれるかもしれないしね。
猪の話はいいとして……。
「あの~シェスさん、こんなに頂いてよかったのですか?」
買い取っていただいたお金は私の予想を遥かに超える金額だった。
いただいたワイルドボアの上位種であるジャイアントボア一匹分の精肉を差し引いても、かなりの額だ。
それだけではない。
私の腰には革のベルトが巻かれ鞘に納まった短剣が装備されていた。
これ絶対に高価でいいやつだと一目でわかる品ですよ?
私の武器として使っていた鉈が壊れてしまい「買いなおさないとなぁ」と独り言を呟いら、それを聞いたシェスさんが「では、これを」と渡された代物だ。
いやいや何で鉈の代わり短剣なのさ? しかもだよ「エカテリーナさんに丁度良いサイズの革鎧もありますのでこちらもどうぞ」とその場で鎧の微調整を手際よく済ませると、それも私にくれたのだ。
「大した物ではありませんからお気になさらずに」
などと言ってはいたが、気にしますよ! それにさっき頂いた高価な服もあるしさ。
「いくら何でもこれじゃあシェスさん赤字なのでは?」
「はっはっはっ、それはないですよ。これでもまだ儲けが出るくらいです。ですので商売とは別にこれを差し上げましょう」
そう言って小さな鞄を手渡してくれた。
「これは?」
「容量は少ないですがマジックバックです」
「はい?」
「これは本当に商売とは関係なく、助けていただいたお礼ですよ」
「だ、駄目ですよ。頂けませんこんな高価な物!」
何言っちゃってんのシェスさんは。いくら私でもこれが一般人には手が出ない程の高額な品だとわかる。
……まさか私からかわれてる?
私の考えが顔に出てたのだろう、シェスさんは困った顔をして話を続けた。
「別にエカテリーナさんをからかったり騙したりしてるわけではないですよ。これは本当に私からの感謝の証です。なにせエカテリーナさんが助けてくれなければ、今頃私達はワイルドボア達の腹の中だったでしょうから」
むむむ、そうなのかなぁ。
こう言ってはなんだけど、もう少し強い護衛を雇った方がよかったのでは? 只の町娘の私より弱い護衛ってどうかと思うよ。いや護衛の二人には悪いから口には出さないけどね。
「いや嬢ちゃん、あんた凄く強いからな」
ありゃ、また顔に出てた? すいません護衛の方々、失礼なことを考えていて。
「そうだぜエカテリーナちゃん、あんた冒険者に登録した方がいいぜ。なぁシェスの旦那」
もう一人の護衛の方もそう言い出した。同意を求められたシェスさんは大きく頷くと私に提案をしてくれた。
「エカテリーナさん、冒険者になれば今回のように獲物を売る場合には手数料こそ取られますが、ほぼ適正価格で買取をしてくれます。勿論、贔屓にしている店や信用できる店があるならそちらでもいいです、ですが冒険者登録をしておいてもデメリットはありませんからね、貴方の強さなら尚お勧めしますよ」
「え~、でも私は只の町娘ですし……」
「「「「いやいやいや」」」」
シェスさんや護衛の二人だけでなくアンジェラちゃんまで首と手を横に振って否定していた。なんなの、その示し合わせたような行動は?
「普通の町娘は、ワイルドボア百匹以上倒すことなんてできないからな」
「特にワイルドボアリーダーがいる群れになんか遭遇なんてしたら、高レベルの冒険者パーティでないと対応できないぞ」
そう話す二人の護衛さん、聞けばこの方たちも冒険者登録をされているとか。今はシェスさんのところで正式に専属護衛として雇われていて、現在は冒険者稼業は休業中らしい。
顔は強面だが、そんな真面目な二人が嘘をつく理由もない。でもまぁ話半分くらいに聞いておこう。今の世の中、冒険者で食べていけるほど甘くはないと思うんだよね。
しかし私に気遣ってそう言ってくれてるのだから、話を合わせておこう。冒険者になるかどうかは町にある冒険者ギルドに行ってみてから決めてもいいし。
「私のことはともかくとして、冒険者の登録はした方がいいかもしれませんね。実は前回も兎の肉が必要で魔獣の兎を狩ったのですが、今回と同様に群れに遭遇してしまいました。その時は倒した兎を大量に放置をせざるを得なかったんですよ。シェスさんに頂いたこのマジックバックがあれば兎を収納して冒険者ギルドで売れば無駄にならずに済みますし」
「嬢ちゃんあんた……」
「はい?」
「二回目なのかよ!」
「あはははは……」
定食屋の店長に市場で売り切れている食材を調達するように命令された時は、今回のように魔物を狩って何とかすることもたまにはあった。でも今回や前回のように百匹以上の群れと遭遇することは今までなかったな。これも多分さっきシェスさんとアンジェラちゃんが話してた勇者様が山の主を討伐しに来たことが原因なのかもしれないね。
「そろそろお姉様の町に着きますよ」
馬車の前方を指さしアンジェラちゃんが私達に話しかける。私の住む町であって私の町ではないからね。
シェスさん達一行は今回私から手に入れたワイルドボアを売り払い、予定通りに新たな商品を仕入れた後、今度は冒険者ギルドで信用ある護衛を雇うそうだ。今回の逃げ出した護衛達は急に出発が決まったために信用していた知人の進めるまま、しっかりとした確認を取らずに雇い入れてしまい今回のような事態になったらしい。シェスさんはその知人とは縁を切るとか、商人は信用が第一だからね、当然である。
ちなみに最後まで残ってシェスさん達を守った護衛の二人は引き続き護衛として雇われるそうだ、しかも賃金アップのおまけ付き。命をかけてまで任務を遂行してくれるなんて今時稀有な人達だしね、そういう人間は中々得られないでしょうからね。
シェスさん曰く「いい勉強になりました。但しチップは自分たちの命だったですがね」と、笑っていたがそれシャレにならないからね? アンジェラちゃんも「全くです」と笑って同意してるけど、肝が据わっていると言うかなんと言うか笑いごとでないことわかってる?
ともかくエスナの町に着いても冒険者ギルドに行くのはしばらく後だ。まずは店に猪肉を届けないと。冒険者ギルドには次の休みにでも行ってみよう。いつ休みを貰えるかはわからないけどね。
門をくぐり町に到着すると、シェスさん達と別れ私の仕事場である定食屋へ向かうことにする。別れ際にシェスさんから「王都に来る際には是非私の店にお越しください」と紹介状を貰った。
何でかアンジェラちゃんに「必ずですよ、約束ですよお姉様!」と手を握られウルウルした目でそう言われてしまった。私が男だったらコロッと落ちそうな程に可憐だ。畜生、可愛いなぁ、可愛くて羨ましい……。
でもまぁ、シェスさんやアンジェラちゃんそう言われても王都なんかに行く用事なんかないしさ、そもそもそんな休みもお金もないしね……あっ、そういえば今回は猪を買い取ってもらって結構お金あったんだった。でも長期休暇は無理だろう、そんなことをしたらクビになること間違い無しだし。
それを正直に言う訳にはいかないので社交辞令的に「その時はお世話になりますね」と、守れもしない返事を返した。
シェスさん達と別れ暫く見送ってから私も店に移動をすることにした。まだ時間には余裕があるが、いつまでもここで油を売っていてもしかたないしね。
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シェスさんとアンジェラちゃん、護衛の二人…失礼ながら名前を聞き忘れていたよ、ともかくあの四人と別れて数日後、私は冒険者ギルドに来ていた。
あっ、実は既に冒険者の登録は先日終わらせておいたのだ。登録自体は大した手間もかからなかった、と言うか簡単に書類を記入しただけだ。こんな単純でいいの? と思ったが実はカラクリがあった。いやカラクリって程のことではないのだけれど、冒険者は最初に登録を完了するとまず仮冒険者として扱われるのだ。お試し期間みたいなものかな?
ある程度実績を積みギルドから信用を得てから晴れて本冒険者として登録となる。その時にきちんとした書類の記入と簡単な問答形式の質問及び、仮冒険者時の行動を審査し合格して始めて本冒険者として認められ、登録されるのだ。
仮冒険者はある程度依頼などをこなし、冒険者活動をアピールしなければ本冒険者になることはできない。だが私は狩った獲物を売れればいいだけなので仮冒険者でもよく、本冒険者を目指す必要はない。
そんなわけで私が今日冒険者ギルドに赴いたのは狩った魔物を売りに来たのだ。
実はあの日、猪肉を店長に無事に渡したのだが、何日もたたないうちに今度は熊肉を調達して来いと命じられたのだ。
……あれ、おかしいな。私は定食屋で働く店員で、只の給仕なのに何でこんなことをしてるのだろう?
ちょっとだけ抗議を態度にしてみたら店長に「文句があるならクビにするよ!」と、怒鳴られてしまった。ううう、仕方ない雇われている以上店長の指示は絶対だ。
フロアマネージャーや同僚にも「エリーさん、頑張って調達してきてね」と言われ送り出されてしまった。くそぅ他人事だと思って……。相変わらずここではエカテリーナではなくエリーと呼ばれているし、まぁそれは別にいいけどさ。
前回、前々回同様に町中を駆けずり探しまくっても、案の定目的の熊の肉は売り切れで手に入らない。はぁ、やっぱりねぇ。
そういう訳でまたまた森に狩りに行ったわけだ。しかも今度は熊を狩りにである。
「ううう~、何故こんなことになってしまったのか……」
魔物の兎や猪のいる森の浅い所ではなく、結構森の奥まで足を踏み入れないと魔物の熊は見つからなかったよ。
熊といっても魔物の熊だし、私を見つけると速攻で襲ってきた。普通の熊なら運が良ければ襲われないし、熊の方も躊躇しることもあるけど魔物の熊の方は好戦的だからね。
今回は流石に百体以上の集団ではなかった。とは言え二十から三十はいたかな? 取りあえずは全部倒したけど、今回はその獲物を放置せずに済んだ。シェスさんから貰った便利魔道具、マジックバックがあるからだ。
容量が少ないと言ってたけど倒した分は全部入ってしまった。全然少なくないじゃんシェスさん! 私が遠慮すると思ってそう言ったのかな? だとしたら悪いことしたなぁ。
まぁ過ぎたことは仕方ない。ありがたく使わせてもらおう。ともかく熊を解体してもらい熊肉を確保したら残りの熊は売ってしまおう。
そういう訳で私は冒険者ギルドまで来たのである。