1.復活の悪役令嬢
デビュー作は3巻で打ち切りを食らい、その後1本も企画が通らない売れないラノベ作家の卍谷鋼牙は新宿歌舞伎町にある闇の地下闘技場で賭け試合に出場することで、生活費を稼いでいた。
そんな卍谷に降って湧いた新たなチャンスは、人気スマホゲームのノベライゼーションだった。あまりにも短すぎる納期に、彼をのぞいて打診を受けたラノベ作家すべてが断ったのだ。
賭け試合のことも寝食も忘れて卍谷は書いた。渾身のノベライズを1週間で書き終え、1週間ぶりの入浴のために銭湯へ向かっている最中に、彼は暗殺者の凶弾に倒れた。
〆切を守るために賭け試合を放棄したことで、副業なのに地下闘技場無敗の伝説を築き上げていた卍谷に巨額の金を賭けていたヤクザ組織が大損を被り、そのために刺客を送り込んだのだ。裏切り者には死を、と。
血液を、体温を失い、かすみゆく意識の中で卍谷は祈った。新刊が売れますように、と。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
雷光が闇夜を引き裂き、7000万ジゴワットの電流が頭部に刺さった電極から令嬢の肉体に流れ込み、波濤となって全身を駆け巡る。
石壁に鉄環と鎖で固定された身の丈2mはあろうかという美丈夫の肉体が増幅された生命電流によって水揚げ直後のカジキマグロのように勢いよく跳ね上がり、踊り狂った。
「おほほほほほほ!! よくってよ!! 蘇生実験は成功ですわ!!」
狂気の令嬢サイエンティストの哄笑が、古城地下の秘密研究室に響き渡る。
痺れと倦怠感と、それでも肉体の深奥から湧き上がってくる得体の知れないエネルギーに震えながら、卍谷は覚醒した。
拘束された卍谷の眼前で、腕組み反り返り傲慢スタイルで高笑いをあげている白衣に眼鏡の不健康そうな美少女の名はヴィクトリア・フランケンシュタイン。
彼が誰にも見せずに書き溜めていたバイオレンスアクション超大作『FULL METAL 令嬢』に登場する狂気の令嬢サイエンティストだ。主人公の貧乏令嬢アンネリーゼを人身売買で買い取り、実験体として改造を施した張本人である。
初期の実験体で、洗脳が不完全であったアンネリーゼは過去の記憶を取り戻し、極悪非道なヴィクトリアに対して反旗を翻し、自由と平和のために戦うというのが物語の骨子である。
装甲令嬢アンネリーゼは改造令嬢である。彼女を改造したヴィクトリア・フランケンシュタインは世界制覇を企む悪の令嬢サイエンティストである。
装甲令嬢は自由のために、次々と襲い来る人造令嬢と戦うのだ!
シチュエーションから言って間違いない、これはアンネリーゼのライバルキャラで、令嬢悪鬼の異名をとる改造令嬢クラリス・キンスキィの誕生シーンだ。
クラリスは、花や小動物、子供を愛する心優しき伯爵令嬢だが、拳で板金鎧を叩き割り、猛牛を素手で絞め殺す身長2mの美少女という設定だ。
ある時、友人であり、王の姪でもあるヴィクトリアが大使に任命されて、隣国へと赴いた。やはり名門貴族の令嬢として使節団に加わっていたクラリスが、道中でヴィクトリアを狙って襲ってきた刺客の頭を素手で握りつぶすという事件が発生する。
この事件に尾ひれがつき、彼女を知らない人々からは悪鬼のように恐れられるようになったのである。いわく、刺客の首をねじ切り、頭蓋を割って脳漿を啜っただの、美少年をなで斬りにして、その血で満たしたバスタブに入浴するだのと噂されている。
ヴィクトリアは自らの命を救った恩人にして親友の伯爵令嬢クラリスに対して、道ならぬ恋情を抱くようになった。
クラリスに対して恋情というより、怨念とでも呼ぶべき執着を抱くヴィクトリアは、婚約者のいるクラリスに毒を盛って殺害し、その屍体を改造して、自分に忠誠を誓う番犬、変わらぬ愛を捧げる恋人として、洗脳を施した上で蘇生させたのである。
虫も殺せぬほど臆病で、気は優しくて力持ちを地でいくクラリスは、ヴィクトリアの毒牙にかかったことによって、装甲令嬢アンネリーゼを殺すために襲撃を繰り返すのである。
クラリス・キンスキィは、フィクションにおける、いわゆる悪役令嬢の運命を背負った悲しき美少女なのである。
「ごらんなさい、クラリス! あなたの美しい姿を。わたくしの改造は完璧ですわ!!」
ヴィクトリアはクラリスの前に姿見を置いた。
そこに映っているのは、こめかみから電極のボルトが飛び出し、猫背気味で怯えた表情を浮かべる成長しすぎた美少女だった。下着も含めて衣服は一切身に着けておらず、青白い屍色の肌がむき出しになっている。乳房こそ人並み以上にあるが、肉体は骨と筋ばかり目立ち、カカシのようだ。
「クラリス、貴女はいつも自分の身長を気にしていたわね。でも、もうそんなこと気にする必要はないのよ。貴女は令嬢強度7000万ジゴワットを備えた史上最強の改造令嬢となったのだから。口さがない宮廷の雀たちなど、物理的にクシャポイしてやればいいのですわ!」
「貴女がこれから悩むのは、どうやってわたくしを愛するか、そのことについてだけ。ああ、クラリス! 貴女が好きよ。愛していますわ!!」
ヴィクトリアは愛らしい唇を花の蕾のようにすぼませてクラリスにキスを迫ったが、身長差がありすぎて口づけは胸元にしか届かなかった。
「うう、届かないですわ……でも、これはこれで……」
「はあ……はあ……ぺろぺろ……お母さま……」
諦めてクラリスの乳房を吸い始めたヴィクトリア。親友の少女を殺して、その屍体の乳房を舐め回す、そういう女である。正真正銘の変態だ。
変態のぶっ飛んだ行動に気圧されていたクラリスだったが、拘束を解こうと身をよじらせた。
身体をヴィクトリアの唾液まみれにされる前に脱出しなければ。こんなナメクジの交尾みたいな気持ち悪いことにいつまでも付き合ってられるか!とクラリスに宿った卍谷は思っていた。
まさか自分の書いたバイオレンス小説に登場する悪役令嬢に転生してしまうなんて!
卍谷鋼牙34歳異常独身男性、一生の不覚であった。
>>>『FULL METAL 悪役令嬢』次回予告
ガチレズ狂気令嬢の魔手がクラリスを襲う。
卍谷は童貞より先に処女を失ってしまうのか。
巨人の拘束が解かれる時、天が崩れ、地が慟哭する。
電極ボルトは火花を散らし、イオン臭が鼻をつく。
ソドムとゴモラを滅ぼした神の雷が令嬢の破壊衝動とリンクし、
屍と転生者が手をたずさえて死をまき散らす。
次回「令嬢悪鬼、舞う」
来週もクラリスと地獄に付き合ってもらう。