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冷めたコーヒーのエッセンス

 チャイムが鳴り、3時限目の授業が終わりを告げる。

 私が教科書をまとめて教室を出て廊下を歩いていると、4時限目の鐘が追いかけるように鳴り出した。

 腕の時計を見てみると、2時40分ちょうど。

 ここから歩いていくと、3時には着くかな。


 途中すれ違う学友と挨拶を交わし、広い大学の構内を進んで行くと、片側一面がガラス張りのラウンジに到着する。

 白を基調とした部屋に、淡いクリーム色の机と、色とりどりな椅子が整然と並んでいた。

 一見そのおかげで、明るくて広々とした良いラウンジに思えるが、外に見えるのはコンクリートの殺風景な灰色壁だけだ。

 そのせいもあってか、ここはいつも人気が少ない。

 だが私の友人は、ここがいたくお気に入りのようだった。


「やあ、久しぶりだね一郎くん。しばらく姿を見なかったけど、元気にしていたかい?」


 私は広いラウンジの、一番端のテーブルに陣取る彼に声をかける。


「こんにちは、司くん……あと5分待ってくれ。いま良いところなんだ」


 そう言って彼は顔も上げずに、銀色の小さなノートパソコンを一心不乱に打ち続けている。

 どこか鬼気迫るその表情は、とても私に反論を許しそうになかった。

 彼は季節を問わず、いついかなる場合も紺色の背広に、無地のワインカラーのネクタイをかっちりと締めている。

 以前何故かと尋ねてみたところ、「服装を考える時間が惜しいから、何着も同じ組み合わせの服を用意して、毎日同じ装いにしているんだ」とのこと。

 だがさすがに、今日みたいな蒸し暑い夏の日も同じ服装なのは、少々異様だろう。

 服装自体が変なわけでは無いが、その姿は他人から距離を取られる原因としては十分だと思う。

 成績はとても優秀なのに、見た目に無頓着なところが玉に瑕だね。


「分かった」


 短く返事をし、私は近くの自動販売機にコーヒーを買いに行ったのだった。





「お待たせしたね、司くん。まあ座ってなにか……っと、もう飲んでいるね」


「ああ、お先にコーヒーブレイクを楽しませてもらっているよ」


 私は読んでいた文庫本を閉じ、テーブルの上のすっかり冷めきったコーヒーを口に運んだ。

 5分どころか、30分待っていたことは、あえて口にはしない。

 彼も自動販売機でおかわりのコーヒーを買って席に戻る。

 そして「お疲れさま」と、私のカップに軽く自分のカップを当てた。



「しかし一郎くんは、いつも――そう、凄みのある表情で小説を書くんだね」


 彼が暇を見つけてはパソコンで書いているのは、小説だ。

 ジャンルは様々で、文学作品も書けばエンタメ作品も書くらしい。

 たまに読ませてもらうが、なかなかのレベルだと思う。


「そう見えるかい?」


 不思議そうに彼は、手を頬に当てながら首をひねる。

 執筆している時の百面相を、今度スマホで撮って見せてやろうかと、ふとイタズラ心が芽生えた。


「ああ、鬼気迫るとはまさにキミのことだよ。でも」


 カップに口をつけ、冷え切った最後の一口を啜りきる。


「文字に対する病的なまでの執着心は、見習うべきだと思っているのさ」


 笑いかけると、彼も迫力のある笑みを浮かべた。


「ふふふっ、ああ、最高に楽しいからね。もう病みたいなものだ」


「病、か。言い得て妙だね」


「書いて書いて、時には筆を折っても、また気が付くと書きたくなる。ボクにとっては、風邪みたいなものかも知れないな」


 なにかに憑りつかれたかのように笑う彼は、とてもイキイキとしてみえた。


「風邪か。なら近くにいれば、私にもその病がうつるのかな?」


 茶化すように言うと、彼はうってかわって、至極真面目な顔になる。


「止めておいた方がいい、あまり人に勧められるようなものじゃないからね」


「そうかい」


 でも私は、キミと同じ病なら、かかってみたいと思っているのさ。

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